第4話 海洋都市『ツェルベン』
次の日の朝は、自分でも驚くほど目覚めのいい朝だった。
「昨日、松坂牛のステーキ食べたからかなぁ」
冷蔵庫にせっかく入っているのだから食べなければもったいないとおいてあった松坂牛をステーキにして食べたのだった。
「おいしかったなぁ」
思わず、その味を再現してしまう。庶民には一生食べることのできない味だと思えるほどにおいしかった。
とそこで、呼び鈴が鳴る。キッチンについている防犯用の応答子機を見てみると、優一――生徒会長だということが判明したので、これからは生徒会長と呼ぶことにする――がカメラに向かって手を振っていた。
『迎えに来たよ』
ニコニコしながらのたまった生徒会長を見て、深くため息を吐いた。この人は、本当に何者なんだろう。
「わかりました。今行きますから待っていてください」
朝食をとることすら許されず登校初日を迎えることになった。僕はこう見えても三度の飯が酸素よりも好きなのに……。
急いでおいてあった制服に袖を通す。サイズまでぴったりだ。着終わると、急ぎ足でエレベーターに乗り、生徒会長のところに向かう。
「おはようございます、今日は早いですね生徒会長」
朝食をとることができなかった僕は恨みがましくいう。すると生徒会長が苦笑した。
「おはよう、ごめんね朝早く。君に渡したいものが会ったんだ」
「渡したいもの?」
少し、興味を持ってしまった。……たぶんろくでもないものだろうけど。
「これだよ」
そういって手渡されたものを眺めてみる。釣竿を入れるような布に包まれているが、とりあえずいいものではなさそうだ。
あけるのが怖かったので、会長に聞いてみる。
「なんですか? これ」
「まぁまぁ、あけてみてよ」
会長は心底楽しそうに笑っている。これをあけるのは、これからの僕の平凡な人生を粉々に砕きそうな気がするほどやばい物のような気がする、ではなくやばい物だろう。
だが、警戒心と好奇心がせめぎあっていたが、結局好奇心に負けて開封してしまった。
中から出てきたのは一振りの片手用両刃剣だった。僕は中身の内容を記憶から光の速さで消し、あたりを見渡す。
さ~て、粗大ごみを捨てる場所はどこかな~?
「ちょっと待った、捨てちゃだめだよ?」
あんたは超能力者か!? 内心で盛大に突っ込む。
「もちろんそうだけど? どうかしたのかい?」
絶句してしまった。内心まで読まれるとは考えたこともなかったからだ。
会長は楽しそうにコロコロと笑っている。僕は今苦虫を噛み潰したような顔になっているだろう。
「……ひとつ言わせてもらいますが、こんなモン持ち歩いていたら、笑顔で警察に補導され有罪判決確定ですけどこれをどうしろと?」
「補導なんかされないよ」
「は?」
どういう意味ですか? という問いを含んだ僕の言葉に、会長は楽しそうに笑う。その笑顔は、空っぽだった。
背筋に冷たい戦慄が走る。
「ここは『東京都第24区』だ。ここは日本であって日本ではない」
「おっしゃっている意味がわかりませんが」
自分の中の警報機がすさまじい音量で鳴り響いている。この先は危険だ。人間が、一般人が足を踏み入れていい領域ではない。
「君は、昨日車でどれくらいの時間移動したかわかるかい?」
「30分くらいじゃ…………」
そこで、さっき会長が言った言葉がよみがえる。僕が超能力者かと内心で問うた時、彼は『もちろんそうだ』と答えたのだ。もし仮説が正しければ僕は日本にすらいない可能性が……。いや、そんなはずがあるわけ…………。
「君の考えていることは正解だ。ここの場所は正確には車で2時間移動した後、船で東京湾から5時間ほど移動した、日本領海の最東端だ」
「そんなの、気がつかないわけが……」
否定しようとしたが、即座にさえぎられる。
「君もわかってたんだろ?精神支配系の能力者なら、素人の時間感覚くらい簡単にごまかすことができるってね」
「やはりあなたは、精神支配系の能力者だったんです?」
僕の声は、老人のように枯れていた。現状を受け入れることができない。
「惜しいな、君の推理はそこを間違えている。僕の能力は『分析眼』。固有名称がついている『特殊系』だ」
会長の説明は続く。僕は地面が消失し、底なし沼に引きずり込まれていくような感覚に襲われていた。
「精神支配系の能力者はそこにいるじゃないか」
そういって会長は僕の右隣を指差した。はじかれたようにそちらを見ると、そこには見たことのない少女が立っていた。
「自己紹介はしときなよ」
「北上 雫です。よろしく」
僕は、恐怖のあまり会長への敬意すら忘れてしまっていた。呆然と言葉を紡ぐ。
「あなたたちは、化物だ……」
「そして、君もその仲間だよ」
いまだに、自分の状況が信じられなかった。僕は、どうすればいいのだろうか?
「まぁ、とりあえずこの『対悪竜武装』。通称『竜装』と呼ばれているこの武器は受け取っておきなよ。きっと役に立つはずだ」
差し出された剣を、恐怖を押さえつけるための防衛反応のせいか受け取っていた。あたりまえだと思っていた世界は偽者だった。
今回はちょっとシリアスな展開にしてみました。まぁ、海洋都市『ツェルベン』が見つかっていない理由とかは、次回に書きます。
あと、できればご感想とアドバイスを!!