留萌麗
「彼女欲しーーーー!!」
昼休み、教室の隅、窓際の最後列の席で、一人の男子生徒が叫んだ。同じく最後列の私は、構わず小説を読み続けた。小説は何処に居ても、読む者を同じ世界へ連れて行ってくれる、魔法の書。
音威子府神威、私、留萌麗と同じく新聞部の部員。元気だけが取り柄の彼が、なぜデスクワークがメインの新聞部に入部したのか、その心理は理解しかねる。なお、新聞部の一年生は、私と音威子府くんの二人のみ。
私が新聞部に入部した理由は、物書きが好きだから。小説を執筆できる文芸部に入部しなかったのは、自分を知られたくないから。自分に自信がないから。その点、新聞部は最低限、事実を伝達できれば事が済む。
◇◇◇
土曜日、私は顧問の依頼により『第63回さっぽろ雪まつり』の取材へ向かった。全国的にも有名なこの祭典の今年の来場者数は200万人を超える見込みで、大盛況といえるだろう。
今回の取材だが、先輩方は私用により来られないので、私と音威子府くんの二人で敢行する。
困ったなぁ、これじゃまるで、デートじゃない。
私は物心ついた頃から人見知りが激しく、同じクラス、同じ部活のため、学校で接触する時間が最も長い音威子府くんでさえも未だに馴染めていない。名所の一つであるTV塔に10時に待ち合わせだが、有事に備え、一時間前の9時に到着。音威子府くんの姿はまだない。
30分後、焦げ茶色のダウンジャケットに青いジーンズと少し底の厚い茶色いスニーカーを履いている少年を見つけた。音威子府くんだ。周囲を見渡しながらニヤニヤしたり、そう思えば不機嫌そうな顔になったりと、忙しい。彼はキョロキョロしているうちに私と目が合うと、焦った顔でこちらへ向かってきた。
「わりぃ、待たせちまった!」
「いいえ、私も来たばかりなので」
あぁ、もう! 私って、なんでこう感情が篭ってないような言い方しか出来ないの?
「そんなこと言って、本当は30分くらい待ってたりして…?」
図星。
「いいえ、本当に来たばかりなので」
だからもう! なんなの私! 凄く感じ悪い!
「そうか、じゃあ、取材始めるか」
「はい」
……。
取材開始から5分経過。会話がない。気まずい。私のせいだ。
「ひろえば街が好きになる運動にご協力お願いしま~す」
緑色のビニルジャケットを羽織ったJT、つまり日本たばこ産業のブースのスタッフが、ゴミ拾い用の緑色のビニル袋を配布している。音威子府くんがそれを受け取ったので、私も受け取った。
子供っぽくて女の子にモテたくていつも騒いでいる音威子府くんがゴミ拾いだなんて、正直とても意外だ。
私たちはゴミ拾いをしながら取材を続けたが、相変わらず沈黙のまま。早く取材を終わらせて早く帰ろう。お互いのために。
「今日は晴れ間があっていい天気だな」
音威子府くんが気を遣ってか、私に話しかけてくれた。
「そうね」
だからなんで無愛想なの私!? もうイヤ! 自分に嫌気が差す。
それから少し歩いて、音威子府くんが通路のサイドにある出店に寄ってたこ焼きを買った。
「ほら、半分ずつ食べようぜ」
「あ、うん、ありがとう」
一つしかない爪楊枝を二人で交互に使い、たこ焼きを半分いただいた。
ゴミ拾いをしたり、たこ焼きを分けてくれたり、音威子府くんって、実はいい人なのかも。私はなんとなくそう思い始めた。音威子府くんはその後もコロッケや焼き鳥をご馳走してくれた。
「白い甘酒いかがですか~」
出店のお姉さんが首にプラカードを掛けて宣伝している。白い甘酒? 逆に白くない甘酒ってどんなの?
「甘酒でも飲むか」
「あ、うん、今度は私がご馳走する」
「いや、いいって」
「でも…」
「いいから!」
財布を開けようとしたら押し切られた。またご馳走になってしまった。
飲食スペースのベンチに腰掛けて甘酒をいただく。
「留萌さんは雪まつり毎年来るの?」
「ううん、私、去年の三月まで旭川に住んでて、札幌の雪まつりは今年が初めて」
甘酒の力なのか、声のトーンが上がって自然な会話が出来る。
「そうなんだ、留萌さん、旭川に住んでたのか。旭川といえば、動物園だよな」
「うん、そうなの! 動物さんたちみんな、すごく可愛いの!」
あれ? 私、笑顔になってる? ありのままの自分で会話できてる!
私、いま、すごく楽しい!
「そうだ、動物とか水族館の生き物がいっぱいの雪像あったよな。あれ見に行こうぜ!」
「うん!」
あぁ、こんなに楽しいの、いつ以来だろう?
私たちは甘酒を飲み終えて、目当ての雪像まで移動した。
10メートルくらいあるその雪像は完成度が非常に高く、手前に、左からとても大きなセイウチ、カメ、アザラシ、イルカ。奥の上段の中央にクジラ、それと、あちらこちらにブリかマグロのような中くらいの魚たち、他にも判別できない小さな生き物たちがたくさん居て、凄く賑やか。これを造った人たちも凄い。
「あぁ、すごくかわいい!」
それから私たちは和気あいあいと会話を弾ませて、あっという間に夕方になった。気温は氷点下7度。冷え込んできた。
「そろそろ帰るか」
「そうだね、じゃあ、ちょっとここで待ってて」
言い残し、私はとある出店へ向かい、数分後に戻った。
「はい、これ! 今日はありがとう! とっても楽しかった! 三日早いし、お値段は安いけど、バレンタインのつもりです」
言いながら私は、ミルクチョコレートの上に更にカラフルなチョコレートがトッピングされたオーソドックスなチョコバナナ。喜んでくれるかな?
「うわ! マジで!? 超嬉しい!! サンキュー!!」
トクン。喜ぶ音威子府くんを見て、今まで感じたことのない胸の痛みがあった。
恋の町、さっぽろ。もしかして、これが、そうなのですか?
ということでお送りしました特別企画。いかがだったでしょうか。この物語は2月12日、「第63回さっぽろ雪まつり」に行った翌日の日曜日に函館のホテルにて執筆開始。神奈川、湘南に帰って編集し、完成しました。ネタが浮かばなくて投稿出来ないと思ったのですが、できて良かったです。つたない文章ですが、感想等いただけるとありがたいです。