アプマーシュ 8
「お嬢様・・・・・・」
そこにはエリザの姿があった。怒りや困惑といった者はなく、笑顔でヴァティムスファだけを見つめている。
セバスはさりげなくクオンの陰に隠れ、エリザと向かい合わないようにした。先ほどのトラウマはいまだ記憶に新しい。
「ありがとう、私のヴァティムスファを見つけてくれたのね。さあ、私にちょうだい」
老人は固まっている。セバスは隠れている。だからエリザの笑顔に答えたのはクオンの微笑だけだった。
「我は確信す!我は天寿を全うしたのだと。ゆえに我は思うのだ。我の余生は次なる戦士を育むためにあるのだと。我は死なない。全てが終わった後でも生き続ける。だからこそ、我はその人生に意味を求めなくてはならない!」
突然クオンが叫び出した。セバスはついにクオンの頭がいっちゃったのかと頭を振った。
「そ、そのセリフは。終章でのヴァティムスファの最後のセリフ・・・!」
エリザは半歩下がった。クオンはエリザにバイオリンを差し出した。
「あなたのヴァティムスファからはそんな声が聞こえてきた気がするのだよ、私は」
「・・・そうなのかしら。私はずっと彼に戦っていてほしいのだけれど」
エリザは首をかしげる。クオンはその胸にバイオリンを押しつけた。エリザは黙って自分のヴァティムスファを見下ろした。
「そうなのかな。・・・ねえ、爺や、そうなのかな?」
女性の関心がようやく自分のヴァティムスファ以外に向いた。しかし老人は答えることができなかった。エリザはその老人からケースを取ると、バイオリンをしまった。
「わかったわ。私には声が聞こえないけど―――バイオリンの声が聞こえるとかさっきから何言ってるかさっぱりわからないけど、彼は疲れてるみたいだから休んでもらうことにするわ」
バイオリンケースを大事そうに胸に抱え、エリザは去っていった。老人も後を追う。扉は閉められ、そこにはクオンとセバスだけが残った。
「えっと、さ・・・こんなところにいると風邪ひくよ」
と、今しがた配慮から言ったセリフに対して「いや、意味わからない」と言われたクオンに優しく言ってみた。
「ふう、ツンデレか」
「そのポジティブマジうぜえ!」
クオンは襟を正し、眼鏡を中指で上げると、髪をかき上げた。軽く一回転をして、扉を開けた。
「帰るぞ、セニョリータ」
「お前もう帰れ!」
ストレスの溜まり過ぎでもう心の中に潤いは残っていない気がする。セバスは扉を後ろ手で締めながらそう思った。




