アプマーシュ 6
「間違ってる。こんなのってないよ。僕は何にも悪いことしてないのにどうしていつも僕ばっかりこんな目に会うんだよ」
場所は列車の最後尾。続く線路が作られた場所はやはり荒れた大地だし、左右から現れる新たな景色もやはり荒れた大地である。時刻は間もなく夕暮れ。少し肌寒い中、セバスは膝を抱えてうずくまっていた。
「ボスに言いつけてやる。馬鹿クフォン馬鹿クフォン馬鹿クフォン馬鹿クフォっ・・・ン」
噛んだ。
「はあ・・・・・・」
額をそろえた膝に載せる。それだけで少し温かくなった気がした。
「エリザベート=エヴァンズといいクフォンといいなんであんな頭のネジぶっ飛んだ人ばっかりなんだよ・・・」
セバスはエリザベート=エヴァンズを知っていた。この列車に乗っていることも知っていたし、列車でぶつかった彼女がそうであることも気づいていた。だが、今はひたすらに知らなければよかったと思っている。現実はセバスにとってあまりにも残酷すぎた。芸術家には変人が多いというのは定説であるが、それにしてもやり過ぎである。ちなみにクオンは変人であるが芸術家ではない。
「ああもうどうしよ。会社にはまだまだ全然帰れそうにないし、これ以上あそこにいると人格崩壊しそうだし」
喉が痛い。頭も痛い。早くホテルでシャワーを浴びたいし、家に帰ってゴロゴロしたい。しかし前者はともかく後者は相当先の話になりそうだ。
「これって左遷なのかなあ」
膝を抱えたままだるまのようにコロンと横になった。目じりにたまっていた涙が重力に従って流れていく。
「わあー、こんなところに女の子が倒れているよー。どーしたのかなー?」
頭上で甲高い声がする。
「きっとお腹がすいて倒れているんだよー。そうだ、ぼくたちのパーティに招待しようよ」
「そうしようそうしよう」
「ぼくたちが用意したごちそうをいっぱい食べてもらおうよ」
「そうしようそうしよう」
「ぼくたちのパーティでいっぱい楽しんでもらおよ」
「そうしようそうしよう」
「ぼくたちのパーティで腹踊りでもかましてもらおう」
「そうしようそうし・・・」
「うっさい!」
セバスは顔をあげて怒鳴った。
「わあー、きれいな子だね」
甲高い声はまだまだ続く。
「ハァ、ハァ、た、食べちゃいたいな」
野太くなった。
「エロ親父かおのれは!」
セバスの後ろに立つクオンの両手にはチーターと天使の人形が装着されていた。チーターの開けられた口がセバスの頭に襲いかかった。もぐもぐしている。
「その行動に一体どんな意味がある」
横になり、頭を噛まれたまま無表情で言った。
「うーんとねー。天使さんが食べたいって言ったからちょっと味見してみたんだ」
甲高い声に戻った。
「天使の方なのっ!?」
まさかの犯人であった。やはり世界は王道通りにはいかないらしい。
セバスは体を起こし、体育寝から体育座りになった。さりげなく目元をぬぐう。
「何しに来たのさ」
クオンは人形を外してポケットにしまう。
「私は常に何もしない。強いて言うなら呼吸と血液循環と消化と排便とせいよくしょ・・・」
「うぜえ上にセクハラかこの野郎!」
クオンの脛めがけて裏拳をヒットさせる。クオンは悶えて座り込んだ。
「では聞くがセバス。お前は呼吸と血液循環をしないのか?」
「するよ」
「消化と排便は?」
「・・・・・・す、するよ」
「では性欲処理は?」
「だからセクハラかって!!」
今度は逆側からもう一本の脛をつぶしにかかる。
「ぐおおおおおおっ!いつもいつも言うが必要なまでに私の骨を破壊しにかかるな!」
クオンは胸ポケットからメモ帳と万年筆を取り出した。
「ふむふむ、若きセバスはまだ性欲処理をしていない、と」
「屑がぁ!」
「ん?なんだ、間違っているのか?・・・そうかそうか、しているか」
「生きたまま鷲にはらわた引きずり出されろ!」
「こんなところにいつまでもいると風邪をひくぞ。それとも私に看病しろというフリか、これは?」
「たとえお前が最上の名医だったとしても僕は自分の生殺与奪をお前に握らせたりはしない!」
「ふむ、それは結構な心がけだな。風邪は引くな」
セバスの頭からクオンの白スーツがかけられた。
「くさい」
投げた。
「ありえないぞそれは!」
軽く舌打ちをしてクオンは再びスーツをはおった。立ち上がり、大きく伸びをする。
「なんとなく概要がつかめたぞ。ヴァティムスファ消失事件のな」
「最初から彼女の妄想だったってオチでしょ?小説の登場人物が現実に存在しているわけないじゃないか」
事件というのなら今回の被害者はセバス一人だ。
「いやいやそれがそうではないのだ。彼女はずっと『私のヴァティムスファ』と言っていただろう?」
「言ってたね、そういえば」
「つまりだ、彼女の所有する物、あるいは彼女と関連がある人間であると推測できるな」
「まあ、僕は最初そう思ったよ。ペットですか?って聞いたらめちゃくちゃ怒られたけど」
あれは発狂といっていいレベルだった。思い出したくもない。
「でも暗がりを好んで噛みついたりしなくてソの音が嫌いって意味がわかんないよそんなの」
「青いな、セバスよ。もっと大事なことを言っていただろう」
セバスはむっとして、しかし記憶の糸を巡らせた。しかしわからない。
「『明日とっても困る』と言ってただろう。彼女には明日何がある」
「明日って・・・ああ、なるほど!」
「そう、生理だ」
「なわけあるかぁ!お前はエロトークとシモネタなら何でもいけるローティーンズか!」
セバスの裏拳をジャンプでかわした。クオンもやられてばかりではない。
「・・・・・・明日は街に着いて、彼女のリサイタルがあるね」
「そう。つまり、探していたのは仕事のパートナーだというわけさ」
「バイオリンに名前つけちゃったのか。うわあ・・・」
「だが、ここで気になる点が二つほどある。暗がりを好むのは当然だ、木製楽器は日光に弱いからな。噛みつくことはもちろんない。だが、ソのフラットが嫌いというのがわからない。そしてもう一つ、それほどまでに大切にしているバイオリンを失くしたりするだろうか」




