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アプマーシュ 3

「おお、どもったか、セバスよ」

「ど、どもってない!もどったんだ!」

どもった。

「あなたね。この子の保護者は!」

セバスを押しのけて。女性は個室に入り、男の胸倉を掴んだ。

「おっと。これはどういう事だ、セバス?私の魅力にまた一人やられてしまったという事かな?」

「んなわけないでしょ」

「あなた、名前は?」

女性は男の胸倉を掴んだまま問いかける。それに対して男は不敵に笑みを返した。

「紳士として名乗るのはやぶさかではないが、しかし、あなたも淑女ならばそれなりのたしなみというのがあるのではないのかな?よく言うだろう?人にものを尋ねるときはまず自分から、とな」

それを受けて女性は男から手を放した。

「私の名前はキルケホップ=L=ダンケシュタインⅢ世だ」

「先に名乗るのかよっ!そして自己紹介で嘘をつくな!」

男は立ち上がり、襟を正した。改めて背が高いことがうかがえる。

「現世での仮の名はクテっ・・・シフォンだ」

「自分の名前噛んだっ!!」

セバスは突っ込みを忘れない。もはや彼女はそれぐらいでしか2人についていけないからだ。

「言いづらいのでクオンでいい」

「私はエメルトニアン=F=シーターよ。現世での仮の名はエリザベート。エリザでいいわ」

「前半いるのっ!?」

エリザはクオンを睨んだままで、大してクオンはほほ笑んだままだ。

「そして、エリザよ。我が愚妹が何かしでかしてしまったのかな?」

「妹じゃない!そして初対面なのになれなれしい!」

「我が愚弟が何かしでかしてしまったのかな?」

「弟じゃない!」

「我が弟子が何かしでかしてしまったのかな?」

「ああもうめんどくせえんだよお前はよぉ!!」

セバスは拳を握りしめ、壁を殴った。エリザの手前、クオンを殴ることはできなかったので、精神の均衡を保つための救済措置だったが、ただひたすらにこぶしが痛かった。

「そう!あなた一体どういう教育をしているの!?あろうことかこの子、私のヴァティムスファをペットなんじゃないかって言ってのよ!!」

(いや、さすがにわかるわけないよね・・・)

そう思ったセバスとは裏腹にクオンはもう一度笑った。

「なるほどなるほど、それは失礼なことをした」

「えっ?クフォン、ヴァティムスファって何かわかるの!?」

「当然だろう、常識だ。あえて言うならケンベルベスだろう?」

「僕かっ?この場でおかしいのは僕なのかっ!?」

「そしてあなたはなぜヴァティベルベスの話を?」

「違うじゃん!!」

「へえ、合わせ技ね。さすがにその発想はなかったわ。やるわね、あなた」

「なんで!?なんでなんでなんでなんでっ!?」

セバスはその場で地団駄を踏む。

「納得できないこと山の如しなんですけどっ!!」

「エリザどの、といったかな?さあ、掛けたまえ。よろしければ話を聞こうじゃないか」

地団駄を踏むセバスを無視してクオンは席を勧める。エリザは言われるがままにクオンの向かいに座り、クオンも座った。

「あなたなら、私のヴァティムスファを見つけてくれるかしら」

深刻な表情でそう言った女性に対してクオンは右足を高く掲げ、左足に乗せて、足を組んだ。

「馬鹿を言ってはいけない、ご婦人よ」

「二人称統一しようよ・・・」

「あなたのヴァ・・・ヴァ、ヴァヴァ」

「ヴァティムスファ」

セバスがぼそっと言った。

「ヴァティムスファはだな・・・」

「忘れてんじゃん・・・・・・」

もはや二人ともセバスの突っ込みに反応すらしなかった。セバスは唇を強くかみしめる。

「あなたのヴァティムスファはあなたに見つけてもらいたがっているに決まっている。私が見つけたところで仕方がないだろう」

「そう・・・確かにそうね」

エリザはポン、と手を打った。

「そういうことなら仕方がないわ。1人で探すことにする。じゃあ何かアドバイスをちょうだい」

それを受けて、クオンは眼鏡を取ると、目を細めて女性を見た。

「ふむ・・・、嫌いなものは何かね?」

「ソの音よ。強いて言うならソのフラット」

「そうか。ではむしろソのフラットを出し続ければいいのではないか?そうすれば怒って出てくるかもしれないだろう」

「ああ、なるほど!」

エリザは顔の前で両手を合わせると、笑顔で立ち上がった。

「ありがとう、そうしてみるわね」

扉に向けて歩き始めたエリザに、セバスは無言で道を譲った。そのセバスの鼻先にエリザが指をつきつけた。

「二度と私のヴァティムスファを馬鹿にしないでね。今度やったら許さないんだから」

「はい、すいません・・・」

わけもわからずとにかく謝っておく。エリザはソのフラットを口ずさみながら個室を後にした。

「はあ、疲れた・・・」

セバスはぐったりとした表情で座席に深く座り込んだ。さっきまではここにはもう戻るもんかとまで考えていたはずなのに、今ではもうエリザに二度と会いたくないので、ここから出ていきたくないとさえ考えている。

「時にセバスよ。1つ聞いてもいいだろうか?」

「なにさ」

クオンは絡めていた両の指を解除すると、思案するように右手で口元をさすった。

「ヴァティムスファって・・・・・・・・・・・・何だ?」

「知らんのかい!!」

全力のセバスの声は列車の音にかき消される。

窓の外に続く荒野。目的地には当分着きそうにない。



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