アプマーシュ 2
「死ね!死ね死ね死ね死ねセクハラおやじ!!ああ、もう!むしろこの世のセクハラおやじというセクハラおやじが死ね!クフォンの分まで死ね!熱湯窯の中に自ら飛び込め!!」
大声で怒りをあらわにしながら、顔を怒りで赤く染めながら、セバスは大股で廊下を歩く。別にどこへ行こうというわけでもなく、狭い列車の中なのでどこへ行けるというわけでもなく、ただ男と距離をとるためだけに歩いている。
そして、この少年。実は少年ではない。もちろん年が30歳を越えているとかそういう事ではない。ちゃんと外見にそぐう実年齢をしている。何が少年ではないかと言うと、セバスティーナという名のれっきとした女性だという事だ。つまり、少年でも男の娘でもなく、れっきとした少女なのである。
「なんで、なんで僕ばっかりこんな目に。あんなの押しつけられて一緒に仕事なんてムリに決まってるのに。だいたい・・・・・・ぶっ!」
前も見ずに歩いていたので、何かにぶつかってしまったらしい。一歩下がって顔を上げると、妙齢の女性が振り返っていた。
「ごめんなさい・・・・・・」
カールが掛かった金髪のロングヘア。大きな碧眼。真っ白なドレスがどう考えても場所にそぐわない。この列車は貴賓車などは付いていないごくごく普通の列車だ。女性は驚いた顔でセバスを見降ろしていた。どうやらセバスがぶつかったのは女性の背中らしい。女性は突然セバスの両頬を掌で包むように挟み、顔を近づけてきた。
「あ、あなた・・・。まさか私のヴァティムスファ?」
「はあ?」
意味がわからない。
「ううん。違うのね・・・。じゃあ、私のヴァティムスファ知らない?」
知るか~~~!セバスは心の中だけで叫んだ。
(そもそもヴァティムスファってなにっ!?そもそもそれって人なの!?)
「えっ・・・と、全然知らないですけど」
「そっか・・・」
女性はセバスから手を離すと、悩ましげな顔をした。
「どこに行ったのかしら、私のヴァティムスファ」
「えっと、ヴァティムスファっていうのはあなたの甥っ子か何かですか?」
ここで姪っ子、と言わないあたり、セバスも自分が世間からどう見られているか分かっている。少年っぽい服装といい、それはもはや諦めと言ってもいいレベルだ。
女性を見ると、ものすごく驚いた顔をしていた。
「あははははははっ!!」
と思ったら突然笑い出した。
(何この人・・・。僕?僕がおかしいの!?)
碧眼の端に涙まで浮かべた女性は指で涙をぬぐった。
「おかしなこと言うのね、あなた。ヴァティムスファはヴァティムスファでしょ?強いて言うならそうね・・・ケンベルベスかしら」
(あっ、この人電波だ・・・)
「そ、そうですか。すいません、お力になれなくて。では僕はこれで」
そう言って踵を返し、とにかく女性から逃げようとしたセバスの手首を女性が掴んだ。
「ねえねえ、いっしょに私のヴァティムスファを探してくれないかしら?」
セバスは絶望した。
「1人よりも2人の方が見つかりやすいじゃない。ね?ね?いいでしょ?」
女性は早口でまくしたてる。
「私のヴァティムスファは暗がりを好むの。噛みついたりしないから安心して。でも歌を歌ったらだめよ。私のヴァティムスファはソの音が嫌いだから。話しかけるときもソの音が出ないように気をつけてね」
(うわー!うわー!うわー!うわー!!)
セバスはその場にしゃがみこんで頭を抱えた。
(わかんない!全っ然わかんない!なにそれ!?ヴァティムスファ?強いて言うならケンベルベスで、暗がりが好きで、噛みついたりしなくて、ソの音が嫌い!?)
「えっと、ようするにあなたのペットですか?」
そう言った瞬間、女性の顔から笑みが消えた。いや、笑みだけではない。ありとあらゆる感情が消え去った。
「ちょっとあなた!保護者の所に案内なさい!!許せないわ。あろうことか私のヴァティムスファがペットですって!!」
「もうやだ、助けてボス・・・」
そうつぶやいたセバスの手首を女性が掴んだ。今度はさっきのように優しくない。爪が食い込むんじゃないかというほどの握り方だった。
そしてセバスは女性に引っ張られるまま、さっき通った道を戻って行くのだった。