ゲメーシッヒ 4
駅に人影は少ない。今列車に乗っていた乗客は全て出ていってしまっているし、次に列車が出るのは5日後だ。
「とりあえず泊まるところを探すか。・・・いや、違った。セバスちゃん。オジサンとホテルいこっかぁ?」
「偶然にも通行人が通りかかって通報されてしまえ」
険の込めた言葉を投げかけ、セバスは駅を出た。どうやらまだ機嫌は治らないらしい。こんなすぐに治るわけがないのだが。
「宿に当てはあるの?」
「ない。私だってこの街に来るのは初めてだ。だが、まあ見つからなくてもなんとかなるだろう。抱き合って温め合えば寒い夜でも乗りきれるものだぞ」
「・・・・・・っ!!」
おぞけが走った。そして気がつくとセバスの前には脛を抑えてうずくまるクオンの姿があった。どうやら無意識のうちに攻撃していたらしい。
「いや、してる!現在進行形でお前は私を蹴っているぞ!」
どうやら無意識のうちに連撃していたらしい。
「それは無意識ではない。・・・まったく、場を和ませようという私の優しさをお前はいつも踏みにじるのだから」
「和ませようとか考えるな!そんな暇がったら今すぐ消えろ!」
「オーケイ。任せろ、セバス。私は立派な透明人間になってみせる」
「それだけはやめろっ!!」
クオンを透明人間にするくらいなら殺人鬼を透明人間にする方が些かましというものだ。
クオンは立ちあがり、スーツの襟を正した。とりあえず駅の出口へと足を進めた。
「まあ、これだけの街だ。泊まる所などいくらでもある。ほら、あの3時間休憩で4000円の所なんてどうだ?」
「前々から気になってたんだけどさ、どうしてあんな割高な所に泊まる人がいるのさ?」
「・・・・・・あー」
セバスはピュアな少女のようだ。
「そ、それはだな。リッチな気分に、なりたいんじゃないのかな」
なんとなく優しい嘘をついてしまう。クオンにとってこれは初めての試みと言えた。
「我々は経費が出ているとはいえ裕福というわけでもない。少し安っぽい所になるが我慢するんだぞ」
「別にいいよ。クフォンと別々の部屋なら」
「ふざけるな!」
「お前がふざけんな!!」
セバスはクオンの胸倉を掴む。・・・掴もうとしたが身長差により、腹倉しかつかめなかった。
「いや、肉!腹の肉を掴んでいるぞ!」
痛そうにそう叫んだクオンにセバスはにやりと笑いかけた。
「ぷ、腹に贅肉がある。おっさんだな」
「ほう・・・。セバスはおっさんの腹を触ったことがあるのか。経験豊富でよいことだな」
「ちっ、違う!ただの知識だっ!」
「ほう・・・。セバスはおっさんの腹には贅肉があることを知っているのか。いや、調べた事があるのか?そうかそうか、そこまでしておっさんの事が知りたかったか」
「あああああああっ!!一度でいいからこいつの半ベソが見てみたい!!」
セバスは怒鳴ったが、彼女のその短気さを鑑みる限り、それはなかなか実現しそうにない。
駅を出てもあまり人の姿は見受けられなかった。ちらほらと歩く人がいるが、少なくともクオン達のように大きな荷物を持った人はいない。理由は間違いなく治安だろう。駅近くには旅人を狙った強盗やスリが多い。もう少し郊外まで歩けば人はいるだろうが、そこでもやはり大きな荷物を持っているのは危険以外の何物でもない。
「2部屋取れなかったら別の宿にしようというかそうしよう、ぜひそうしよう・・・ってクフォン?」
目を放している隙にどこかへ行ってしまったらしい。
「おっほん。ご婦人よ、今夜止まる所がなくて困っている旅人なのだが、あなたの家を間借りできないだろうか」
女性を口説いていた。
「お前はイノシシと間違えられて誤射されろ!」
セバスは背後から膝に蹴りを入れた。クオンの膝がかくんと折れた。
「うわああ!膝が、膝が骨折したー!」
「ただの関節だ!それともそこに可動部がないとでも言うのか!?」
「おっと、失礼。私の背後に何やら小動物がいるようだが、心配ない。人違いだ。どうだろう?あなたの部屋を貸していただけないだろうか」
「おかしいおかしいおかしいおかしい!なんでそんなそこはかとなく犯罪臭を漂わせるのさ!」
「大丈夫だ何も起きない。仮に何かが起きたとしても私はこう言うだろう。『それでも私はやってない』」
「カバーのついてない扇風機に指突っ込めよ、このド変態!」
女性はクオンとセバスを交互にじろじろ見て、足早に去って行った。その背中を見ながらクオンがため息をつく。
「どうしてお前はいつもいつも私の結婚を邪魔しようとするのだ」
「結婚?結婚までこじつけるつもりだったの?」
「まあ、3日で離婚するがな」
「ただの間借りする最低な男じゃん、それ!」
セバスは1つ溜息をついて荷物を転がしながら道を行く。石畳に幾度となくキャスターが引っ掛かるのでスピードは遅く、すぐにクオンが追い付いてきた。
「ついてくるな!お前といると全然話が進まない!」
「ばかめ。セバスがいく全ての所に私が先回りしていてやる。一周してセバスがストーカー、みたいになればいい」
「じゃあ僕はその行動を逐一読んで別の場所に言ってやる。クフォンは僕が来ないまま野垂れ死ぬまで待ち続ければいいんだ」
「いや、私はすぐ飽きる」
「ただの悪ふざけかっ!」
セバスの足はどんどん速くなっていく。いつの間にか駅前通りを抜け、中心街へと足を踏み入れていた。