ゲメーシッヒ 3
「すいません、お客さん。もう到着しましたよ」
深い睡魔の中から誘い出されるような感覚とともにセバスは目を開けた。目の前の知らない男がこちらを覗き込むようにして立っていた。
「えっ、あっ・・・はい」
格好からして間違いなく車掌だろう。セバスが反射的にそう答えると、車掌はにっこりと笑って個室を出ていった。
「ええっと、街に着いたのか・・・・・・」
セバスは立ち上がり、状況を見まわした。
向かいの席ではクオンが眠っていた。
「うわー!うわー!うわー!うぎゃああああああ!!」
セバスは叫び声を上げた。それによってクオンは飛び起きる。
「なんだ!?ついに隣国、クモノヴァルスが攻めてきたのか!?」
寝ぼけていた。顔をあげてセバスを見ると、こちらを指差したまま口を大きく開けていた。
「な、な、な・・・・・・」
「どうしたセバス?・・・・・・む、もう到着したか。早く荷物をまとめろ」
「なんでクフォンが僕の向かいで寝てるんだよっ!!」
セバスの額から汗がだらだらとあふれ出した。とりあえず服の乱れがないことを確認する。何故かクオンのジャケットが足元に落ちただけだったので、クオンに気付かれないように安堵の息を漏らした。
「なんで寝ているかと聞かれれば、応えて見せよう。夢の中で美女が私を待っているからだ」
「ついに病気の域だよこの人!!」
ジャケットを投げつける。相変わらず白いそれをクオンが掴んで腕を通した。
「そんなんじゃない!どうして僕が寝ているのに出ていかないのか、という話をしているんだ!」
クオンは両掌を上に向け、首を振りながらふーっと息を吐いた。
「ぬかしおるぞ、この少年」
高飛車にセバスを指差し、クオンは言う。
「少女だ!」
「ぬかしおるぞ、この処女!」
「聞き間違えるな!殺すぞ!!」
「世界最強の紳士たるこの私が鍵の閉まっていない個室に眠っているセバスを残したまま退散できるわけもないだろう」
「・・・それはそうだけどさ」
つまり、セバスの不覚ということだろう。しかし昨日は一睡もしていないのだから仕方ない。セバスの睡眠欲は普通に普通だ。
紳士云々については突っ込まない。めんどくさいから。
「だから私はひとしきりセバスの赤子の様な寝顔を堪能した後、やることがないので寝たのだ」
「気持ち悪い!よだれを拭くしぐさをするなっ!」
「すいません、急いでくれませんか」
「あっ、ごめんなさい車掌さん!」
セバスは慌てて片付けを開始する。どうやらセバスとクオンが最後の乗客らしい。
「ふう、やれやれ。セバスはもっと他人の迷惑というものを考えた方がいいな。世界はお前を中心に回ってなどいないぞ?」
「・・・・・・」
クオンを視察した揚句、親兄弟親類縁者に至るまで破滅に導いてやりたかったが、車掌の手前それはできなかったので予定を繰り越し、今は荷物をまとめることに専念するセバスだった。