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ゲメーシッヒ 1

「よし、今決めたぞ。今日の私の口癖は『それでも私は、やってない』だ」

「痴漢をする予定でもあるの?」

「なにを言うか。むしろ痴漢をしない予定というのが意味がわからない」

「いや、クフォンがいままでちゃんと生きてこられた意味がわからない」

もう今日中に死のうよ、とセバスは言った。場所は食堂車。クオンはトーストにマーガリンを、セバスはジャムを塗って頬張っている。セバスの目の下にはしっかりとしたクマが刻み込まれていた。

「やれやれ、セバスよ。テンションが低いな。街に着くから浮かれてしまって昨夜は眠れなかったのか?まったく、仕事なのだからいい加減にしろ」

「お前にだけは言われたくない!だいたい僕が眠れなかったのはクフォンがいたせいだ!」

「やれやれ、私も罪だな。そばにいると意識させてしまうというのだから。だが安心しろ。お前を迎え入れる準備はいつでもできている」

「僕は今夜中にクフォンを抹殺する準備を仕上げておくよ」

きっと睨みながらジャムトーストを頬張った。周囲には誰もいない。街へ着けばおいしい料理が食べられるのだからわざわざここで食べようなどというもの好きは2人だけの様だ。

「大体何か起こっても大丈夫だ。私はこういうからな、『それでも私は、やってない』」

「朝起きたら蠅になってカメレオンにでも食われろ」

「ふむ、カメレオンか。あの色彩を自在に変えられる能力はぜひ仕事に生かしたい」

「へえ、ちゃんと仕事する気あったんだ。張り込み、とか?」

「ああ、風呂のな」

「少しでもクフォンを信じた数秒前の僕を張り倒したい!もう僕の視界から消えろよ。僕の情操教育に悪すぎる」

「だが性教育にはうってつけだ」

「朝っぱらから何回も言わせるな、死ね!」

ジャムを軽く掬ってスプーンをふるった。今日も変わらないクオンの白スーツにダメージを与えようという魂胆だ。

「ぬるい」

ナプキンに阻まれた。

「私のスーツ005、通称『エバー』に穢れをつけるならばもっと腕を磨くことだな。ふわっはっはっは!」

セバスは屈辱に肩を震わせた。しかしこれ以上貴重なジャムを無駄にするわけにもいかないのでここは大人なセバスがこらえるしかない。

「む、なかなかうまいな、これは」

顔を上げるとクオンがナプキンをなめていた。長身で金髪で眼鏡の傍から見ると紳士であるクオンのその姿はなかなか異様だった。

「どうした、なめたかったのか?ほら」

「うわっ、近付けるなっ!」

そのナプキンに付着しているのはもはやジャムではなくクオンの唾液である。忌避すべき対象以外の何物でもなかった。というわけでセバスは椅子ごと身を引いた。

「なにするんだよ、殺す気か!?」

「いや、死にはしないだろう。私の唾液は一種のフェロモンさえ分泌されているのではないかと昨今の研究者の間では話題沸騰の代物だぞ」

「その頭のおかしな研究者たちを僕の前に連れてこい!全員正座させて説教する」

「あれは・・・そう、夢の話だったか。では私と寝れば共有できるかもしれないな」

「できるかっ!」

「できないな。残念だ。セバスの胸筋がどこまで成長したかチェックしてやろうと思ったのに」

おぞけが走った。

「ん?どうした?例の胸の前で両掌を力強く合わせるトレーニングは胸筋を鍛えるものだろう?」

「え・・・?見てたの・・・・・・?」

胸の前で両腕を力強く合わせる体操。世にも名高いバストアップ体操なのだが。

「う、嘘だ!あのときは誰もいないことをちゃんと確認して・・・。待って!待って待って待って待って!・・・いやいやいや、そんなはずはないんだ。僕はちゃんと確認したんだ」

セバスは混乱している。

「まあ、トレーニングは悪いことではあるまい。かく言う私もセバスには負けられないと日夜胸筋を鍛えているぞ」

クオンはよくわからないフォローをした後、意味のないバストアップ体操を披露した。その動作はセバスを追いこむ結果以外に何も生まないことなど知る由もない。

「そうだ。そんなはずはないんだ。そっかぁ、これは夢かぁ」

ものすごく安心した笑顔とともにセバスは壊れた。見られたのがよほどショックだったらしい。

「あー、あー、あー・・・うわあー!!」

やっぱり立ち直れないらしい。セバスはふらふらと立ちあがった。

「どうしたセバス?その行動理由を逐一私に報告しろ」

「なんで僕はクフォンにプライベートの全てを握られているのさ。寝る。寝てくる。不貞寝する。鍵かけるから入ってこれないよ。着いたら起こして」

「ふむ、その疲れた様子・・・。2日目か。まあ、だとすれば男である私に辛さを共有できるわけではないのだから許そう。鉄分を多くとれよ」

セバスはふらふらと歩き、クオンの背後で首筋に一発手刀を決めた後、食堂車を後にした。

クオンは首筋から来る頭痛にしばらくさいなまれた後、顔をあげて紅茶を口に含んだ。

「ふむ、若いな。まあ、若いのはよいことだ」

クオンはちらと窓の外を見た。もうすぐ街に着くというのに荒れ果てた大地は変わらない。植物も鳥も獣もおらず、ただ乾いた大地と武骨な岩だけが延々と続いていた。

「これが人のカルマ、か・・・」

クオンはいつになくまじめに呟いた。セバスが聞いていたら雪でも降り出すんじゃないかと心配するのかもしれない。

「よーし、街に着いたら・・・『それでも私は、やってない』を10回は言うぞ」

元に戻った。どうやらクオンには2秒以上まじめでいるのは不可能らしい。

「さて、と・・・」

クオンはおもむろに立ち上がった。大きく伸びをすると天井に手が届きそうだ。もちろんさすがに届くことはないけれど。

「夜這いならぬ朝這いをかけるとするか」

最低なセリフを1人ごち、クオンは食堂車を後にした。



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