アプマーシュ 1
「・・・我が名はキルケホップ。キルケホップ=L=ダンケシュタインⅢ世。我が王家に伝わる伝説の秘宝『クトゥルーの眼』を取り返さんがため、この列車に乗っている。我が運命は波乱に満ちているが、我は確信す。必ずやこの任務を遂行し、王として世を統べる存在となることを―――」
男は一人、熱弁している。長身に金髪で、フレームのない眼鏡をかけている。格好は、あろうことか白スーツである。
個室のドアが開き、少年が1人入って来た。こちらは対照的に小柄で黒髪。若さの象徴であるみずみずしい肌をしていた。
「この少年は我が従者、ナ=ントカ。我に命をささげ、旅をともにするもの。自らの命を厭わず、我に献身する様は、さながら産まれてから共にいる踵の様だ。そして・・・」
「うざい!!」
熱弁していた男の側頭部に分厚い旅行記が叩きこまれた。
「だおおおおおおお!!」
男はそのままうずくまり、涙目でもう一人を見上げた。
「なにをするのだ、我が従者!主に謀反を起こすというのか!!」
「もう一発、いっとく?」
男は軽く舌打ちをすると、硬い座席に腰を下ろした。王族が座るようなふかふかのシートではなく、あくまで木製の、申し訳程度にクッションが置かれたものである。
少年は男の向かいに座り、旅行記をパラパラと眺めていた。牛革の表紙に羊皮紙で綴られたその本は、少年が持つにはやや大き過ぎると言ってよかった。
「で、クフォン。今のは何?何の影響?」
少年は旅行記を閉じると、いまだに側頭部を抑えている男を見た。
「クフォン?・・・ああ、我をかばって銃弾に倒れた我が従者ナンバー2の事か。ふっ、馬鹿な男だ。我に銃弾など効くはずもないとわかっていながら。しかしそれでも庇わずにいられないというのが余のカリスマ性の一端を垣間見せるな」
「一人称統一しようよ・・・・・・」
「思えば奴とは長い付き合いだった・・・。始まりは・・・・・・」
「うっざ!!」
立ち上がり、熱弁を再開した男の脛を少年が蹴る。男は再び座席に座り、右手で側頭部を、左手で脛を抑えた。
「ちょいちょいちょいちょい!!痛いんですけど!さっきからめちゃくちゃ人間の骨が露出している部分ばっかり執拗に攻めてくるんですけどこの子!!」
ついに男のキャラが崩れた瞬間だった。
列車が揺れる。男の身体は左に、少年の身体は右に少し傾いた。
「で、それで?一体何がしたかったの、クフォン?」
「クオンでいいと言っているだろう。クフォンなどという名前であったら自己紹介の度に10回は噛むぞ」
「いや、自己紹介で10回も自分の名前を言わないでしょ」
「えっとねぇ、クフォンの趣味はねぇ・・・みたいな感じで」
「幼少期か!」
少年はけだるそうな目で窓の外を見た。黒煙のフィルターの向こうには荒れた大地が広がっている。
「クフォっ・・・の好きな食べ物はジンジャーだ」
「くどい上に噛んだ上に好きな食べ物がマニアックだっ!」
「ふむ・・・。なかなか鋭い突っ込みだ。それでこそ我が弟子」
「誰が弟子だ!」
少年が再び旅行記を構えた。男は両手をあげて降参の意を示す。
「さっきからはぐらかされてばっかりで全然質問に答えてもらっていないんですけど」
男は上げていた手を今度は鷹揚に広げた。
「まあ、そう焦るな若人よ。お前もあと20年したらわかる。人生において最も大切なのは質問をすることでも質問に答えることでもなく、質問をはぐらかす時間なのだとな」
「あと20年したら余裕で僕の方が年上だけどね。ていうかそんな意味のワカラン理論を分かりたくはこれっぽっちもないんですけど」
それを受けて男は金髪をかき上げる。
「さっきから一挙一動がイライラする対象でしかない!」
「ふう、若いなセバスよ」
「うっぜ~~~~!!」
ついに少年もキャラ崩壊をきたした。まあ、この男を前にしてのこの苛立ちは当然だともいえる。
「なんでボスはこんな男と僕に組ませたんだよ」
少年は再び窓の外を見る。今は列車がまっすぐ進んでいるため、黒煙のベールはない。ただひたすらに荒野が広がるだけである。雲ひとつない空はこの土地にとって呪うべき災厄でしかない。
「ボス?ば、ばかな・・・。あの男はとうの昔に死んだはず・・・」
「あっ、言ってやろ」
少年は意趣返しにと、男の失言を責め立てた。が、効かない。
「な、なーに。も、もも問題はなななないさ・・・」
と思いきやがっつり効いていた。執拗なほどに男は汗をかいていた。
「それで、結局冒頭部の頭のおかしい言動は何だったの?」
「夢で見た」
「さいですか・・・・・・」
男は足を組み眼鏡をずらして少年を見た。眼鏡はだてではなく、男は普通に近眼なので、少年の姿は輪郭しか見えなくなった。つまり、その行動に意味はない。
「若きセバスよ、先ほどからその分厚い本をめくっているが、そこには何が書かれているのかな?」
少年は牛革の表紙を大事そうに抱えた。
「秘密・・・」
「ふむ、そう言われてしまっては見ざるを得ないな。どれ、貸してみろ」
「なんでだよ!ダメだって言ってるじゃんか!」
男が伸ばした手を少年が強く払った。
「ばかめ・・・。ツンデレという言葉を知らんのか。いいか、『好き』という言葉は相手が自分を好きだという事を表している。しかし、『好きじゃない』という言葉もまた相手が自分を好きだという事を表しているのだ」
「なにそのポジティブシンカーに都合のいい世界!?」
少年は旅行記を抱きしめたまま男に背を向けた。
「ふふふ。私にはわかるぞ。嫌がっているが、それは実は見てほしいのだろう?」
「そんなわけないだろ!おのれは覗きされる女性が実は覗きされたがっていると思うのか!?」
「思うぞ」
「まじかよっ!!」
「さあ、恥ずかしがることはないぞ、セバス。全てをこのクオンにゆだねればよいのだ」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い~~~!!」
男の細い指が少年の肉付きの薄い肩を掴んだ。
「ひゃう!・・・やめろ、やめろ~~!!まずそのソフトタッチをやめろ!背中に指を這わせるな!くすぐったい、くすぐったいから!!助けてボス~~!!」
少年はじたばたした。
「甘いなセバス」
その隙に男は少年から旅行記を奪い取った。少年は頬を赤く染め、涙目で男を睨む。男はそんなことはまったく意に介さず、眼鏡をかけ直すと、分厚い表紙を開いた。
「む、これは・・・?」
「死ねええええええ!!」
少年は瞬時に地面を蹴り、跳び上がると、男の顔にローリングソバットをかました。2人の身長差を考えると、それはあり得ないくらいの跳躍だった。
「ぐおっ」
男は横向きに倒れ、壁に手をつくことで、なんとか転倒を防いだ。しかしその隙に旅行記は奪われ、少年は個室のドアをスライドさせると、一目散に逃げ出して行った。
「ふう、やれやれ・・・。初心な生娘でもあるまいに」
男は襟を正すと座席に深く腰掛ける。目を閉じてしばらく思案する。
「あ」
何かを思い出したようだ。
「そうか・・・。セバスは初心な生娘であったか・・・」