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仮想空間 『廃品広場』


 明那は仮想現実データヴァース廃品広場ジャンクヤード』内を歩いていた。 ジャンクヤードは無料の仮想空間サーバーで、サーバーエージェントがネット内を自動巡回し、ネット内の情報を集めている。

 新鮮度とスピードが命の情報は、すぐ腐敗しゴミと化す。

 そんなゴミやガラクタ同然のジャンク情報が集まる空間が、このジャンクヤードだった。

 空間内は広大で、前世紀のオーディオやスピーカー、冷蔵庫に、ブラウン管のテレビなど、アンティークの家電製品を模した巨大なオブジェがビルのように並び、飾られている。

 無数の情報はファイル化され、保存されている。

 オフィリア関連の情報を中心に確認していた。

 データヴァースでも幕張の出来事は、騒ぎになっている。

 情報ファイル群の中に、付随データが着いているものがあった。オフィリアがイメージキャラクターを勤めるCMの動画データだった。

 一般に配布されているもので、無数にコピーされ拡散しているものだった。

 コピーといえば聞こえはいいが、用はデータの盗用である。

 すでに先日発売されたハイパーアルバムのデータも流出していた。

 関係者としては決して愉快なものではない。

 明那はファイルを再生する。

『肌に光のアクセント――』

 ナレーションが流れる。

『もう畏れない――。輝く光のバリア。進化したナノテクコーティングが肌に保湿と美白を取り戻す』

 動画再生が続く。明那には何の感慨も浮かばなかった。

『もっと強く、もっと自由に。ファンデーション誕生、コンプレックス・コート』

 オフィリアの顔がアップになる。

『ずっと輝くために――』

 キャラクターと共に企業ロゴと商品名が重なる。

 失踪する前に収録したCMだった。

 明那が逃亡生活に入り、一週間が経っていた。

 現在渋谷に身を潜め、安宿を転々とし、仮想現実へ来訪していた。

 ジャンクヤードのような情報サイトや仮想SNSなどを渡り歩き、必要な情報を集めていた。

 マージを共生実装していたが、使用できなかった。

 マージの中にある追跡監視機能を作動させないため、マージの活動を完全に停止していた。論理人格の自閉休眠モードである。もし再起動させれば、追跡機能はロックされ、簡単には見つからないはずだった。

 明那のアバターはオフィリアであった。

 オフィリアのアバターは仮想現実ではポピュラーだった。仮想世界では芸能人アーティストのアバターは極めてありふれている。

 事実、タレントのアバターは肖像権利用料を払えば、誰でも使用できる重要な収入源である。

 まさかオリジナルがその姿で仮想空間に存在しているなど、誰も思わないだろう。

 仮想現実へのアクセスは、脳内のマージではない。

 ヘッドギア型外部デバイスを用いたアクセスである。

 ホテルに備え付けられている接続ターミナルのポートを利用し、匿名化アノニマイズを行い、接続していた。

 ジャンクヤードの来訪者たちは、アイコンか動物を擬人化したようなアバターだった。

 いわば廃品回収し、再利用する廃品利用者である。

 明那が今探しているのは『情報避難地データ・ヘイブン』への情報だった。

 情報避難地――税金避難地タックス・ヘイブンよろしく、漏洩した機密情報の保護先として名高い仮想リゾート空間であり、機密情報が売買されている取引場でもある。

 メイン・サーバーは軌道衛生上に存在するという噂で、セキュティ強度は世界最高度を誇る、難攻不落の仮想空間とされ、国家ですら簡単には手が出せない。

 目的地である情報避難地への情報は、ある程度掴んでいた。

「……オフィリアのデータか。いらないならくれよ」

 明那は声を掛けられた。

 男でありながら、女の姿だった。

 アバターは、人気のグラビアアイドルだった。

 明那と違い、おそらく肖像データを違法に入手したものだろう。

「……誰かウィザードを知らない……?」

 明那は無駄だと思いつつも利用者に尋ねていた。

「……ああん? ウィザードだって? 犯罪でもするつもりなの……? 違法複製? 不法ハッキング? それともテロ……?」

「……そういうんじゃなくて」

 明那はウンザリしていた。同じやり取りを何回も行っている。

「……データの取り出しと移送を頼みたいの」

「どこに?」

「情報避難地……とか?」

「そりゃ無理だ。電脳横丁だったらいるかもな」

「……やっぱり」

 明那は溜息を吐いた。

 これも同じ答えだった。その電脳横丁こそが、明那の目的地も一つでもあった。

「ウィザードが集う仮想都市空間らしいけど、ウィザードでないと中には入れない。一般人はとても無理だね。電脳横丁には情報避難地への受付窓口もあるらしいが……」

「どこにあるの?」

「秋葉原にアクセスポイントがあるらしいが、行き方は分からないな。直接行けば分かるんじゃないか?」

 これもすでに知っている情報である。

 ここはジャンク情報しかない。

 廃品利用者との会話を打ち切り、別の仮想世界へ転送しようとした時、明那の前に、オフィリアがもう一体現れていた。

 オフィリアのオリジナルである論理人格ソフトウェアそのものだった。

「大丈夫なの……?」

 明那は周囲に目を配りながら、オフィリアに尋ねた。

 二人の様子を怪しむものはいない。

『……ええ、ここに存在するエージェントを借りたの。わたしたちの会話までは、彼らには聞こえない。あなたへの負担も無いはずよ』

「…………」

『あなたこそ身体のほうは……? メンタルバランスも著しく乱れている。インタラクティブ・ボイスの使用は、わたしの浸食作用を拡大させる』

「今のところは。薬で何とか抑えているけど……」

『後悔している……?』

 オフィリア・オリジナルの言葉に、明那は首を振る。

 明那の答えに嘘はなかった。

 もう偽りの人生は懲り懲りだった。

『そう』

 オフィリアは静かに言った。 

『あなたはわたし、わたしはあなた。そして、あたしもあなたも偽物。……本物ではない。一部の人間を満足させるための、おもちゃに過ぎない』

 オフィリアのアバターにノイズが走る。

『……タイムリミットだわ。これ以上はマージが完全にアクティブ状態になる」

 そういい残すと、オフィリアは消えた。

 明那に幻痛にも似た感覚が、頭をよぎった。

「あまり時間はない……か」

 そう呟くと明那の情報ウインドウを出現させていた。

 プロフだった。

 電子名刺ともいえるプロフには高校生くらいの男子の画像が自己紹介情報と共に記載されている。

 現実の世界でも情報を求め、街を歩いているときに、偶然知り合った人間から入手したものだった。

「……望み薄だけど、当たってみるか」

 明那は溜息を吐きながら、そう言った。

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