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メモリーシティへ


 レイジと朧は接続の準備を行っていた。

 仮想空間へ結節点の形成するため、エレメントのゲートウェイを構築していた。

 さらに電子トラップと対追跡システム用防御を展開する。

 いつもより念入りに組み上げていた。

 明那は椅子に座り、レイジと朧の様子を見守っている。バイザー型の外付け型の仮想現実デバイスを装着している。

 曼荼羅か魔方陣のような構築図が部屋の床に浮かび上がり、周辺のエレメントが励起し、発光している。

「用意はいい?」

 朧の言葉に、レイジと明那はうなずく。

「わたしもオフィリアをつれてすぐそっちにアップするから」

 明那とレイジが床に横たわると、中心に一本の鍵が現れた。

 情報避難地へのアクセスキーだった。

「いくわ――」

 朧がそう言うと、アクセスキーが発光した。

 アクセスキーが解凍され、プログラムが実行されたと同時に、レイジと明那の意識は、瞬時に仮想現実へ転送された。 

 出現した場所は空港か駅のような場所だった。

 世界の目の前に広がるの情報避難地は、大都会そのものだった。

 ゲートで厳しい入国審査のようなチェックとアヴァターにいくつかのアプリをプラグインした後に、ようやく通過できた。

 ステーションの外は近代的なタワービル郡が立ち並び、ネオンにも見た電子の光が駆け巡っている。

 硝子か水晶を素材に作られたような尖塔郡の壁面を脈打つように、さまざまな情報が電子の光となって疾走している。

 東京やニューヨークのようなメガロポリスそのものが仮想空間内に収まっている。

 一端にそそり立つ、超巨大な塔を、レイジは下から見上げていた。

 環境建築を模した超高層ビル群の塔は天まで伸びていた。

 ビル郡の周りを自走型立体高速道路が血管のように取り巻いている。

 空は現実の都市空間のように、ビルの隙間からわずかしか見えない。

 煌びやかな理想郷ユートピア――SFで描くような世界が広がっていた。

 レイジと明那二人の前を人々が行きかう。

 マージやエージェントのような人工生命体であることは、動きや振る舞いから分かる。

 しかしその服装スタイルは、遥か昔に流行したような服装ばかりだった。

 ナノテク製法で生み出されたファストファッションとは違い、時代を感じさせるものの優雅さと気品さに満ちている。

 レイジと明那の方がどこか安っぽく、完全に浮いていた。

「……すごいな」

 これほどの規模の広さを持つ仮想空間は、レイジも初めてだった。

「……うん」

 明那も言葉を失っていた。

「レコーディングでニューヨークにいったことあるけど、それ以上だわ。第一ニューヨークにはあんな塔なかったもの」

 過去と現在、そして未来の建築物が一つの都市に混在しているかのようだった。

 道路を走る車もかつて名車と呼ばれたような過去の高級車がほとんどである。

 レイジと明那の近くにプログラムが転送されてきた。

 朧とオフィリアだった。

「……ここがうわさの情報避難地か。もう、セレブリティの街って感じね」

 周囲を見ながら、朧は感想を述べた。

「相手の指定先はどこだっけ?」

「メモリーシティのメイン通り沿いのナイトクラブ、『キネトロスコープ』」

 明那は答えた。

「……一気に移動して、さっさと要件を済ませましょう。その後で許されるならば、この街を見物しましょ」

 朧の言葉に、レイジと明那、オフィリアは頷くと、アプリを起動した。

 メモリーシティ内へ入国した際、レイジと明那の仮想身体アヴァターにはさまざまなアプリがプラグインされていた。

 メモリーシティの地図や移動手段、言語翻訳機能を行なう為のプログラムだった。

 ウェブページをネットサーフィンするように、レイジ達一行は目的地に瞬間的に移動していた。

 座標や店名などを指定すれば、アヴァターそのものを転送ことが可能な一方で、車両交通機関が再現されている。

 電車や車など時代を彩ったさまざまな乗り物が仮想空間で再現され、運転を楽しむことができた。

 まるで情報という形で、この仮想空間に保存されているようだ。

 巨大都市の過去、あるいは未来の姿をそのまま仮想空間に収めているかのようだった。

 ナイトクラブは都市の中心部である商業地区に建っている巨大塔群の一つの上層階に存在した。

 目的のビルに到着すると、四人はそのままビルへ入り、エレベーターに乗った。

 ナイトクラブがあるフロアでエレベーターを降り、店に到着すると、中に入った。

 ナイトクラブ『キネロトスコープ』は、高級感あふれる内装に、テーブル席がいくつも並んだ、広い空間の店だった。

 店内は客は一人だった。

 スタッフの姿すら見えず、窓際の一番いい席に座る客は、レイジ達の姿を見ると、立ち上がる。

 白のスーツに、金髪の美女だった。

「あの人か?」

 レイジは明那に尋ねる。

「……多分」

 レイジ達は美女に近づいていく。

「ようこそ、データヘイブン『メモリーシティ』へ――」

 美女はレイジ達にそう言った。

「わたしはデータヘイブン代理人の一人『H』、みんなはミスHと呼んでいるわ」

 <H氏>と名乗る美女は挨拶した。

エイチ……? イニシャルか……?」

 レイジの言葉にHは否定も肯定もせず微笑む。

「本名は名乗れないってこと……?」

 朧の問いに、「人でない私が名前なんてどうでもいいのよ」とHは言う。

「……こんな仮想空間見たことありません」

 明那はH氏に素直に感想を漏らした。

 H氏は微笑む。

「メモリーシティはは人類の総データ化を目的に建設された超巨大サーバー……それを改装したものよ。会員制の仮想高級リゾートにして、ネット内に作られた独立国家……古きよき時代を再現した世界……でも、ただのウェブサイトではないわ。国家も、民族も、人種も、そして遺伝子にも縛られない者たちが集う有志達のコミュニティ。決して検閲されることのない世界。そして、わたしも歴史の残像の一部――」

「残像……?」

 明那の言葉に答えるように、H氏は窓の外を見る。

 窓には巨大な都市と摩天楼の様子が垣間見えた。

 レイジも窓を見る。

 高層ビルの上層階から見る景観そのものだった。

 高所恐怖症ではないが、その再現率に思わず頭がくらくらした。

「このビルの一つ一つが巨大なデータ群塔……膨大なデータを納めたものなの。わたし自身、顔はハリウッド黄金期の女優のものなのよ。データヘイブンの住人はその持てあまる財力により、過去の女優や俳優の肖像データなどを法的手続きを踏んだ上で、入手しているの」

 Hの言葉に、レイジはHの顔を確認した。

 たしかに、エージェントのような完璧な人工的美ではない。

 どこか特徴的な部分が目立つ、人間的な自然の美だった。

 データがすべての世界だからこそ、本物を保存したものが、より価値を帯びる。

 ここに来るまで見たもの全てがそれを物語っていた。 

「……無駄話が多すぎたわね。商談に移りましょう」

 H氏の言葉に、皆一様に席に座る。

「データの提供がそちらの希望ね」

「はい」

 明那が返事をすると、H氏はオフィリアに目を向ける。

「あなたがナノテックス社の機密情報、AAAレベルのデータね」

「そうです」

 今度はオフィリアが答えた。

 Hはオフィリアと明那を交互に見る。

「このデータが存在しないと、あなたのマージは機能しないんじゃなくて……?」

 Hは明那に尋ねた。

「大丈夫です」

「いくらで買い取って欲しいのかしら……?」

「……お金は要りません。必要なときに、データを提供していただければ」

 ミスHは微笑する。

 明那と交渉するHに対し、レイジはどこかグレイン教授と同じ印象を受けていた。

 プログラムのような不自然さはない。

 優雅で滑らかな、気品すら漂っている。

 レイジと同じアバターなのかシミュレーターなのか判断できなかった。

 鑑定するように、Hはオフィリアを眼踏みするように見ると、オフィリアに手を触れた。

 Hの瞳が微かに揺れる。

 オフィリアおよび内部保存データを走査しているようだ。

「……面白い存在ね。あなたって」

 Hは感想を述べた。

「死んだ人間の残存する記録を元に復元再生したもの……か。ただの論理人格ソフトウェアではなさそうね」

 ミスHは朧に目を向ける。

「あなたも中々興味深いわ」

 ミスHは朧のほうを見る。

「どーも」

 朧は関心がなさそうに言った。

「本当はイモータル・プロジェクトの概要データと経過観察記録だけでよかったんだけど……」

 ミスHの言葉に、レイジと明那は目を丸くした。

「どうしてそれ……?」

 明那の言葉に、ミスHは笑う。

「ここは情報避難地よ。情報の永世中立国……そしてさまざまな情報が売り買いされている場でもあるの。だから、貴重な情報に関してのホットなネタがひっきりなしに舞い込んでくる。そして、われわれもさまざまなプロを抱えている……例えば、情報収集専門のウィザードとかね」

「あんた達が最も欲しがってる情報……ってことか?」

 レイジは皮肉交じりで言うと、Hは苦笑した。

「……否定はしないわ。でも、それを実現するにはいくつものイノベーションとブレークスルーを待たなければならない。一企業がなし得るには技術的にも道徳的にもまだまだ先の話よ。あなたのようにサイボーグおよびトランスヒューマニズムの最先端たるウィザードならば理解できるはずだわ」

 Hの話を聞きながら、レイジは人がどう変容するのか想像した。

 いつしか、自分も肉体を脱ぎ捨て、より精神あるいは魂のような存在と化すのだろうか。

 それははたして進化と呼べるのか。

 単純にネットという世界への引きこもりにしか思えない。

 現に今いる仮想空間も現実を映し出す鏡に過ぎず、今の自分の姿も現実とまったく同じものだ。

 それとも肉体を捨てた時、自分の姿もまるっきり変わるのだろうか。

「……いいでしょう、彼女共々引き取りましょう。彼女に内在するデータは互いに共有……それでいいのね?」

 レイジの思考を止める様に、Hは言った。

「はい」

 オフィリアは頷いた。

「その前にあなた達と話をしたい人がいるそうよ」

 Hがそう言うと、店の奥から男が一人現れた。

 黒いスーツにサングラスをかけた長身の男だった。

 見覚えのある男の姿に、レイジは立ち上がる。

「ブラックシェル……!」

 レイジの言葉に、ブラックシェルはにやりと笑った。

「……データヘイブンはPMCウィザードにとって、活動拠点のひとつだからな」

 サングラスを外しながら、ブラックシェルは言った。 

 黒スーツの姿のブラックシェルは、まるで死後の世界へ誘う死神のようだった。

「……ご免なさい。彼はわたしの客の一人であり、貴重な情報を提供してくれる有能なブローカーでもあるの」

 Hは申し訳なさそうに言った。

 追跡してくるとは思っていたが、提供先の知り合いだったとはまったくの想定外だった。

 レイジはPMCウィザードの顔の広さを垣間見たような気分だった。

 裏の世界アンダーグラウンドは、PMCウィザードにとって本拠地ホームも同じだった。

「お前はアイコニック社……正確にはナノテックス社所有のコンテンツだ。簡単に渡すわけにはいかん」

 ブラックシェルは明那とオフィリアを見ながら言う。

「明らかに違法行為であるにも関わらず……?」

 レイジ達に助け舟を出すようにミスHはブラックシェルに言い放った。

「お互い様だろう。ミスH……」

 ブラックシェルは抗議するようにHを見た。

「知り合いは優遇する……商売の基本だわ。でも、わたしの立場は中立よ」

「……俺からあんたに後でこの情報を売ってやるよ」

 ブラックシェルの言葉に、Hは溜息を吐いた。

「――まず、彼と話をつけなさい。話はそれからよ」

 諦めたようにHが一歩下がると、ブラックシェルが代わりに前に出た。

 余計なトラブルには関わらない主義らしい。

 ブラックシェルのマージ<メルトダウン>がその姿を現す。

「後ろに下がってろ」

 レイジは明那とオフィリアに指示を出す。

 不安そうな顔をしながらも、明那とオフィリアは無言で従う。

 レイジは朧に視線を移すと、朧も身構えていた。 

 同時にレイジの中でインストールされているナノマシンが蠢き、戦闘モードへの設定を変更を行っていく。

「長期戦は不利になるわ。短期決戦に持ち込んで、アポトーシスを叩き込むわよ……!」

 仮想現実は朧の領分と言えた。

「異存はねえ!!」

 朧の戦術プランに、レイジは自分を鼓舞するように大声を上げていた。


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