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決戦前夜


「貴方とこうして現実世界で話をするなんて思わなかった」

 明那がベットルームでオフィリアと向き合っていた。 

 オフィリアは諦観に満ちた静かな佇まいでベットに座っている。

「――そうね」

 オフィリアは微笑しながら、外の景色に眼を移す。 

 新宿パークハイアットのスイートルームからは、塔のような新宿の環境建築タワービル郡が見える。仮象体スクリーン広告がビル周囲を取り巻き、彩っている。

 東京都再構築化計画の中心区画たる新宿は今なおも開発が行われ、変貌し続けている。

「もう身体は大丈夫なの……?」

 オフィリアは明那に尋ねた。

 オフィリア自身、明那との完全に分離されているため、身体内をモニターすることはできない。

 オフィリアは論理人格のソフトウェアとして独立し、マージ本体に保存されている全データを体内に所持した存在であった。

 明那内に巣食ってたマージは全て撤去され、さらに自滅機能により、マージの本体ウェットウェアも分子レベルでアンインストールが終了している。

 現在オフィリアは、朧のDNAメモリーに仮想マージ用のフォルダを作成し、プログラムを走らせていた。

 論理人格ソフトウェアは特殊機能ほど演算能力を食わない為、実行が可能だった。

「マージも分離できたから、もう頭も痛くないし、平気」

 明那を苦しめていたイモータルプロジェクトの関連データは手元にはない。

 情報保持の為、瞑想寺院のアーカイバに格納されている。

 受け入れ先相手と接触の際、ダウンロードし、渡すつもりだった。

「データからアイコニック社の犯罪行為としても立件出来るだろうって……法的闘争に持ち込んでも十分勝てるって」

「……二人のお陰ね」

「そうね」

「御礼をしなきゃ」

「うん」

 オフィリアは立ち上がるとパーラールームの方に向った。

 明那も後に続く

 レイジも朧も情報避難地へ向う為の準備を進めていた。

 マージの解体作業が完全に終了し、瞑想寺院から現実世界へ帰ると、すぐには情報避難地へは出向かなかった。

 ブラックシェルも情報避難地へ来る以上、対抗策無くしては、あまりに無謀だった。

 パーラールームの方では、仮象体スクリーンの情報ウインドがいくつも展開している。

 その一つに、アイコニック社の本社ビル内部の映像があった。

 レイジはブラックシェルとアイコニック社の動きを探る為、監視活動も行なっていた。

 ホームセンターで売られている市販のクレイマトンを購入し、「モスキート」と呼ばれる盗聴用の自己組織化機械を製作すると、本社ビルの内部に侵入させた。

 アイコニック社内の動きは慌しかった。

 ブラックシェルは行方をくらまし、支社長が突然体調を崩し、緊急入院していた。

 「蚊」を監視システムに取り付かせ、監視記録を洗ったが、ブラックシェルの姿が映った画像や動画データの類はまったく残されていなかった。

 朧もあるプログラムをダウンロード作業を行なっていた。

 死者の魂を自らの身体に降ろす巫女のように目を閉じ、立っている。

「ダウンロード終了……と」

 業務を終えると、朧は目を開き、息を吐く。

「何を落としていたの……?」

 明那が朧に尋ねてきた。

 体調はかなり戻ったようだ。

「<アポトーシス>っていうウイルス型IT兵器型よ。対ブラックシェル用の……ね。瞑想寺院で厳重に管理されているんだけど、教授の許可をもらって持ち出したの」

「あいつに勝てる……?」

 明那は不安げに朧に尋ねた。

「……正直勝率は低いけど、<オフィリア>の機能だけを取り出した編集海賊版もあるし、まあ大丈夫よ」

 安心させるように微笑む朧とは対照的に、明那は笑わなかった。

「そっちはどう?」

 朧はレイジの方を向き、尋ねた。

「……駄目だな」

 レイジは言った。

 アップグレードモジュールのコードブレイク作業を行なっていた。

 ジャンクDNAや自らの脳内状態のサンプルを元に試みたが、適わなかった。

「……やっぱり脳内状態の複製じゃ駄目か」

「ああ」

「メルトダウンの精神攻撃対応型の光学防御を組み上げたほうが現実的ね」

「……マインドハックはBMIを通し、マージをハッキングしてくる。基本俺らの戦闘はBMIでエレメントと同期した上で行なわれるから、完全に接続を断てば、今度はエレメントのハッキングができなくなる。仮想現実での戦闘も考慮するならば、防壁に電子トラップを組み込んだほうが、より効果的じゃないか……?」

氷壁アイスウォールを構築するの……? 時間が掛かるし、演算能力パワー食いそう……。あまり実戦的じゃないな……向こうは戦闘のプロだもの」

 朧の鋭い指摘に、レイジもそれ以上何も言えなくなった。

「一息入れましょ。焦ってもしょうがないし……」

「……ああ」

 諦めきれないようにレイジは言った。

「オフィリアが二人にお礼を言いたいって」

 明那が言った。

「本当にありがとう……二人のお陰でわたしも彼女も救われたわ」

 オフィリアは頭を下げる。

「……そんなことより、この際聞いておくがイモータル・プロジェクトってなんなんだ……?」

 レイジはオフィリアに尋ねた。

「わたしも聞きたい」

 明那も食いついてきた。

 オフィリアの顔が少し曇る。

「プロテクトが解除されているから、もう話せるのよね……?」

 明那はオフィリアに確認した。

「……ええ」

 オフィリアは憂いたように言った。

「精神転送技術……アイニック社の親会社であるナノテックス社が進める有限生命体モータルから無限生命体イモータルになる為の研究のことです。精神活動を肉体から完全に分離し、取り出す技術で、情報体インフォモーフとしての複写コピーではなく、あくまでマインドをコンピューター上あるいは別の身体に移動シフトさせる――」

「……?」

 オフィリアの説明に、レイジも明那の顔にもクエスチョンマークが浮かんでいる。

「どういうことだ……?」

 レイジが朧に尋ねた。

「教授にはあんまり話すなって言われてんだけど……ようは意識の完全アップロード化よ」

 朧もどこか憂鬱そうに言った。

「アップロード……? 仮想現実と違うのか?」

 レイジの質問に、朧は首を振る。

「精神活動をネットに一時的に没入させる体外離脱体験の類じゃない。ナノテクによるリインカーネーション……っていう言い方が正しいのかしら。身体活動から精神活動のみを完全に分離して解き放つ為の研究の一環――」

 朧は情報ウインドウを展開した。

 脳の模式図だった。

 ナノマシンが脳を侵食し、作り変えていく様が映し出される。

「ナノテクにより脳を徐々に従来の有機物から人工物へ置換していくのが一般的な方法よ。記録のバイパス処置行っていたのも、おそらくこの為でしょ」

 ウインドウを見せながら、朧は言った。

「……知らなかった。肉体から完全に、ってそんなこと可能なの?」

 明那の問いに、朧は肩をすくめる。

「……昔から研究されているけど、成功したなんて聞いたこと無いわ。脳を人工物に変えると、精神活動が変容して人格崩壊する……その前にショック死かな? 不老不死を求める金持ちの道楽よ……。アンチエイジングってほら、年喰ったババアがハマるやつ? 明那っちはそのテストベッドでしょ」

「……不老不死」

 レイジは言葉を口にしていた。

「ナノテクで先天的疾患は回避できるようになったけど、完全じゃないでしょ……? 医療メーカーとの法外な契約や定期的なメンテナンス費は掛かるし、老化は依然避けられない……仮に身体が不死身になっても、今度は脳内の容量が問題になってくる。絶えず入出力される情報や経験が許容量を超え、脳を圧迫するから」

「……だろうな」

「実現できれば、仮想現実内での恒久的活動や他者への身体へ自分の意識を移し変えることもできるようになるしょうね。古い身体を捨てて新しい身体へ、ってことも夢じゃない……法的整備や宗教的問題も絡んでくるから、おおぴらにはできないんでしょうけど……。ナノテックス社の資本の源は案外にそういう連中に支えられているのかも……」

 不老不死と医療ビジネスの闇に、レイジも明那も言葉を失っている。

 四人の沈黙を破るように、部屋に一つの仮象体が出現する。

 グレイン教授だった。

「スイートルームの居心地はどうかね……?」

 グレイン教授はレイジに尋ねてきた。

「ありがとうございます。何から何まで――」

 レイジの言葉に、教授の苦笑とも取れる笑い声がもれる。

「今回の件は、君の騎士道精神に免じ、不問としよう」

「わたしもお礼を言わせてください」

 明那も頭を下げる。

「私にはやることがある。……これ以上の手助けはできん。油断はするな」

「はい」

 レイジは返事をした。

「データヘイブンではブラックシェルが待ち構えているだろう。苦戦は必至……手ごわい相手だ」

「……分かっています」

 教授の言葉を、レイジ自身一番身に染みていた。

 実際に戦い、敗北している。

 ブラックシェルの動向が分からない以上手の打ちようがない。

 向こうもこちらの動きを探っているのだけは間違いない。

 見えざる敵に、内心不安が募っていた。

「……本来であれば、圧縮構造体を瞑想寺院の情報処理能力で暗号解除し、解析するべきだろうが時間が無い。ノンコーディング領域であるジャンクDNAそのものを解読することと同義……暗号構造はコーディング領域であるゲノム解析以上の手間と時間を要する」

 教授そう言いながら、朧を見る。

「それに無用なバージョンアップはマージである彼女に不具合を起こす危険性もある。あまり得策では無いな」

「……そうね。調整も必要だし」

 朧も予測がついているようだった。

「今まであえて尋ねなかった。父上が自ら命を絶ったこと、君にとっては許し難いかね……?」

 教授の問いに、レイジは少し考えると、「いいえ」と答えた。

「そうか」

 レイジの答えに、教授は納得したように言った。

「人の弱さを受け入れて、人は他者に優しくできる。君の成長をうれしく思う――」

 そう言い残すと教授の姿はスイートルームから消え去った。

「……何者なの、グレイン教授って?」

 明那の問いに「さあ」とレイジは肩をすくめる。

 ホテルの支払いは電子マネーで支払い済みだった。

 教授名義で、スイス銀行経由で支払われているが、それ以上はレイジにも分らなかった。

「俺もよく知らないんだ。オヤジの古い友人だって……。データヘイブンに行くには、それなりのセキュリティがしっかりした所でないと、ってことでこの部屋をリザーブしてくれたんだけど……。シミュレーターなのか、それともどっかに本物がいるのか……基本、世捨て人だから、あんまり世の中のことに関心ねーんだよな」

「……じゃあ、わたし達も今日はもう寝るから」

 朧がそう言うと、オフィリアも頷いた。

「明那ちゃんにへんな事しちゃ駄目よ」

「……うっさい。さっさと寝ろ」

 レイジがそう言うと、朧は笑う。

 二人の仮象体が部屋から消えると、レイジと明那の二人だけになった。

「……明日行くのよね」

 明那が尋ねてきた。

「ああ」

 答えながら、レイジは窓の外を見ていた。 

「わたしも行くからね。受け渡しはわたしを指定してるし、見届けたいの。ダメ……?」

 明那は伺うようにレイジに言った。

「……別に反対しねえよ。ダメっつっても着いてくるんだろ……? どうせ」

 レイジの言葉に、明那はふふッと笑う。

 レイジはすでに諦めていた。

「……親父が自殺したんだ」

「えっ?」

「前に聞いてただろ? ウィザードになった理由を……さ」

「……どうして自殺したの?」

「ナノテックス社に根も葉もない風評被害流されて、追い込まれて……さ。実は俺もあの会社には恨みはあるんだ」

「……そう」

 明那はそれ以上言わなかった。

「勝手に死にやがって……何度そう思ったことか――。でも、どうでも良くなった。許してはいない……そんなできた子供じゃない。でも、きっと事情があったんだ。そう思うことにしている」

「……親が弱いと大変だよね。お互い」

 明那の言葉に、レイジは曖昧に笑った。 

「教授や朧に会えたのは親父のおかげみたいなもんだし、祐樹やリサみたいな友達ツレなんだか、そうじゃないだか分からないような奴らに囲まれてるし、まあ退屈はしないけどね」

「……わたしは含まれないの?」

 明那はさびしそうに尋ねた。

「もう友達みたいなもんだろ?」

「……えっ、わたしはそう思ってないけど」

 明那の冗談に、レイジはムッとした。 

「……嘘。キスもしたしね」

 戸惑うレイジを尻目に、明那は突然ベットルームに駆け込んだ。

 レイジは「あっ!?」と声を上げる。

「レイジ君はゲストルームで我慢してね……一度スイートの豪華ベットで寝てみたかったの」

 ドアを半開きにした状態で、明那は顔を覗かせ、舌を出しながら言った。

「……ズリいぞ!」

「……だって襲われたら困るもの、キス奪われている身としては」

「だから不可抗力だろうが……!」

 レイジは必死に抗議した。

「おやすみなさい」

 そう言うと、明那はドアを閉めた。

「……ったく女って!!」

 レイジは歯噛みしながら、悔しそうに言った。


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