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彼岸の海

 I.C.E Wall          ……Rewriting 61%


 Electronic trap file    ……system scanning 243789 file


 Waring ! <BASE/Status> …… in the Simulated reality hallucination




 夜明け間近の海岸だった。

 レイジは砂場の波打ち際に立っている。

 長い長い浜辺だった。

 所々岩礁がつきだし、夜明けが近いのか、青緑の海は目も開けられないほど黄金色に輝き、眩しかった。

 もしかしたら、沖縄の海かもしれない、とレイジは思った。

 明那は沖縄出身である。

 先ほどのコンサート会場同様、明那の記憶に基づき、この世界が構築されているのは間違いない。

 レイジの近くにもう一人立っていた。

 オフィリアだった。

 オフィリアは白い布のようなものを全身に纏っている。

 死者が埋葬の際に巻かれる屍衣シュラウドのようにも見える。

 オフィリアはいつしか歌を口ずさんでいた。

 インタラクティブボイスなのかどうかは分らない。

 鼻歌にも似た歌は、先ほど聞いた疾走感溢れるものではなく、静かで穏やかな音楽だった。

「――この歌は魂の導者(サイコポンプ)音楽ミュージックなの」

 オフィリアは歌をやめると、レイジを見ながら言った。

「……サイコポンプ・ミュージック?」

「死者の魂を死の国に導く為の歌よ――」

「……俺を殺すって言いたいのか?」

 レイジの問いに答えず、オフィリアは視線を海に向ける。

「きれいだと思わない……? ウィザード――」

 レイジも目の前に広がる海を見る。

 魂を揺さぶられるような景色だった。

 空気中に細菌と共に極微作業機械エレメントの群れが飛びまわり、環境建築型超高層ビルが林立した窒息するようなナノテク都市環境に住む都会っ子のレイジにしてみれば、明那の記憶により生み出された世界と知りつつも、美しい海は新鮮で、どこか懐かしかった。

 レイジは本物を見てみたい衝動に駆られた。

「……海は言い伝えでは、生命の全ての起源であり、魂が還る場所とされているわ。わたしもあなたもいつか戻る所なのよ」

 オフィリアは言った。

「……明那の記憶を基に勝手に複製した偽物フェイクだろ?」

 レイジはわざと冷めた事を言った。

 レイジなりのささやかな抵抗だった。

「――そう、この海は情報の海でもある。生命や遺伝子の情報のみならず、脳に混在するデータ……人の記憶や思いといった精神活動に至るまで余さず全てありとあらゆるものが情報化され、大量に溶けあった記録の羊水……まるで、アミノ酸や有機化合物で満たされた原初の生命のスープのようなもの」

「…………」

「イモータル・プロジェクト……人類が思い描いてきた永遠の夢……有限生命体モータルたる人間が無限生命体イモータルへなる方法……。イモータル・プロジェクトにより、細胞一片に至るまで全てのデータ化され、その相互作用が解き明かされた時、人類は別の存在へ生まれ変わる。不死とともに、肉体のくびきを解かれ、より高度で、より自由な形態を獲得する――」

 オフィリアはレイジに再び視線を向ける。

「……んなもんにはなりたくないな」

 レイジの言葉に、オフィリアは冷たい眼で見る。

「ウィザードならば理解できるはずよ……ナノテクにより身体的能力の向上を目指す者達ならば――」

「……答えは同じだ。さっさと俺を元の世界へ返せ」 

「そう――」

 オフィリアの表情が険しくなると、全身から波動が放たれた。

 インタラクティブボイスだった。

 オフィリアは直接的な攻撃をレイジに向けて仕掛けてきた。

 バイオリズムの出力レベルによっては、強力な精神支配マインドコントロールを施すこともできる。

 レイジが敗北したブラックシェルを、オフィリアはこの機能で打ち負かしている。

 マージおよびイモータル・プロジェクトの最終防衛システムは、オフィリア自身だった。

 レイジは光学防壁を展開し、インタラクティブボイスを防いだ。

 インタラクティブボイスは光学障壁の激しく揺さぶり、食い破ろうとする。

 レイジは必死に耐える。

 暴風雨が起こす強風と豪雨に対し、ビニール傘一本で耐えるようなものであった。

 光学障壁が機能障害を起こし、消失すると、レイジは吹き飛ばされた。

 とっさに光学剣を実行出現させ、構えながら抵抗の意を見せるレイジに、オフィリアが嘲るように微笑する。

 インタラクティブボイスを放とうとした時、オフィリアの動きが止まった。

 人形のように身体の動きから、顔の表情筋に至るまで硬直していた。

 まるで無数の業務をこなし切れなくなったプログラムのようにフリーズした状態だった。

 いつしか朧がレイジの隣に佇んでいた。

「……朧!」

 レイジは言った。

「――改変作業率は現在70パーセントを突破……電子トラップの偽装潜伏ファイルの検出を完了。削除と同時に追跡プログラムを逆流リバースし、仮想世界から離脱ジャックアウトします」

 朧は無表情で事実だけを無機質に告げる。

 オフィリアは再起動したが、すぐに遅延現象とノイズを起こすと、画素ピクセル格子グリットへ量子分解した。

 レイジの周りの仮想世界も急速に崩壊し、記憶の光景が消去した時、レイジ自身も別の世界へ転送シフトする。

 転送先は、氷壁の前だった。

「――改変作業率百パーセントを突破。裏口バックドアの設置を開始」

 朧の報告と同時に、レイジの脳内の神経への負荷が急激に無くなり、頭が軽くなった。

 無数の情報ウインドウが折り重なるように展開し、氷壁を覆っていく。

 細胞全てが別のものに入れ替わるように、氷壁の構造がまったく別のものに作り変えられていく。

 氷壁の前に、ひときわ大きなウインドウが出現した。

 裏口プログラムである<魔法の錠前(ウィザード・ロック)>だった。

「――侵入口設置完了。セキュリティブロックを一時凍結。このまま情報処理ブロックの管理セクタへ踏み込みます」

「よっしゃ!!」

 朧の報告にレイジは咆え、<魔法の錠前>用の暗号鍵を目の前に出現させると、ウインドウへ身体ごと飛び込んでいた。

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