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マージ攻略

 レイジは神経活動が構築する迷宮に迷い込んだかのような錯覚にとらわれていた。

 マージへのハッキング経験は、レイジも初めてだった。

 プログラムで視覚で認識できるよう翻訳し、分かりやすく認識させている。

 体外離脱体験型の精神アップロードを行い、さらに瞑想寺院と連結して能力を拡張させた上で、侵入行為を行っていた。 

 レイジと朧が見ているのは、マージを中心とした明那の胎内で形成されているナノマシンネットワークだった。

 リアルタイムで心拍数や血圧はもちろんのこと肝臓や血中糖分、酸素量、さらにシナプス伝達物質や脳内分泌液に至るまで体調管理や監視を行い、代謝系ナノの情報を絶えず交換している。

 特にマージ部およびニューラルネットワークが巨大で、現在も成長を続けている。

 レイジと朧はマージのアクセスポートを経由して、マージ中枢部へ進んだ。

 中枢部には生体認証を行なう為のインターフェイス用ゲートウェイが形成されていた。

 ゲートウェイにはオフィリアが浮遊していた。 

 マージの論理人格である。

「ここから先がマージを基幹とする最重要機密サーバーセクタです」

「――予想通り、氷壁アイス・ウォールね」

 朧の言葉に、レイジは頷く。 

 氷壁――ウィザード隠語スラングで、侵入迎撃型電子防壁(Intrusion Countermeasure Electronic Wall)の事を指す。 

 朧の言葉通り、ゲートウェイには防壁のみならず、不正アクセス撃退用の防衛システムが展開していた。 

 仮想体験型幻覚を齎す電子トラップや神経攻撃により死に至らしめる電子的兵器、インターフェイス用ナノマシンを破壊する戦術プログラムなど最新鋭の攻撃システムが実戦配備された難攻不落の要塞そのものだった。 

 無数の防衛プログラムは防壁と共に一つのモザイク画のような巨大な一つの複合防壁と化している。

「手強そ……。今のわたしでも、攻略できるかしら……?」

 朧は苦笑いする。

「――オフィリアのマージは情報処理を行う情報処理ブロックと、侵食改変作業を行う成長管理ブロック、そして違法アクセスを防ぐセキュリティ・ブロックの三重構造になっています。おかしな真似を行えば、セキュリティ・ブロックが直ちに起動し、追尾撃退します」

 オフィリアはレイジと朧に説明レクチャーする。

「……これ以上の出助けはできません。あとはよろしくお願いしたします」

「任しといて」

 朧がそう言うと、オフィリアは一礼して、姿を消した。

 防衛システムが情報ウインドウとして出現し、幾重にも展開している。

 文字通り、いくつもの生体認証をクリアした上で、その区画に入り、サーバーにアクセスしなければならない。

 一つ一つの生体認証が解読が不可能なほど強固かつ複雑で、さらに厳重な警備システムが設置され、本来であれば接続すらかなわないマージのサーバーに侵入を試みようとしている。

 防衛ブロックの無数の目を、レイジは意識せずに入られなかった。

「……穴と成りそうなのは、コード照合用の仮想インターフェイスのみか。インターフェイスはセキュリティ・ブロックに直結。アクセスコードはキーファイル方式。構造は単純、ゆえに強固……さすがAAA……。セキュリティ・ブロックを掌握して、情報処理ブロックに入るしかないわね」

 朧の分析に、「だな」とレイジは同意する。

 接触するだけで拒絶されていた朧は、瞑想寺院との連結により、情報処理能力を高めたオーバースペック状態である。

 当然、朧のマスターであるレイジも同様だった。

「さあ、では悪い魔法使いに掛けられたお姫様の呪いを解くわよ。見習い魔法使い君」

 朧はレイジに言った。

「無駄口叩いてないで、さっさと始めろ」

「はいはい」

 朧はインターフェイスに手で触れた。

 ウィザード――別名ナノ・ハッカーと呼ばれる所以である。

 世界全土が仮想現実と電子ネットワークに覆われ、ナノテク技術が普遍化した時代、エレメントに管理されたサイバーネーション・シティで、ハッキング技術を持って己の願望を満たそうとするナノテクの申し子達であった。

 本来、ウィザードはマージを駆使し、ナノマシンをハッキングし、自らの支配下に置く。

 無論、コンピュータネットワーク網を自在に渡り歩く事など造作もない。

 脳内ネットおよびマージも、電子ネットワークもウィザードから見れば大差はなかった。

 窓口インターフェイスはきわめて狭く、警備は厳重である。監視は常時行われ、さらに無数に存在し、おかしな真似をすれば直ちに追跡システムが起動し、狼藉ものを撃退する。

「……ものは試しだ。予測される解除コードを入力」

 レイジが命令する。

「了解」

 朧が予想解除コードを入力すると、危険表示を表す黄色と黒の縞模様に囲まれた警告コーションマークが激しく瞬く。

「セキュリティ・ブロックがわたしたちを感知したわ。防壁展開を開始」

 朧の言う通り、防衛システムが迎撃体制に入った。

「……コードブレイクは無理と判断……プログラム的アプローチが最適と判断……活動中のナノマシンをハッキング、強制結線により、防衛ブロックへ接続……接続成功後、擬似神経ネットワークを形成、全感覚を投入」

 レイジは意識が拡張したような感覚を味わった。

 明那――オフィリア――レイジ――そして朧、全てがつながり、ネットワークとして一体化した。

「手始めにセキュリティ・ブロックを掌握するぞ」

「了解。侵食ウイルス型偽装分割ファイルを注入開始。防壁構造の組み換え作業に移行、インターフェイスに裏口バックドアを強制設置します」

 朧の言葉にいつものような軽妙さが消えていた。

 情動活動すら計算処理に回し、ハッキング作業に全てを注いでいる。

「……失敗エラー

 朧のガイダンスに、レイジは舌打ちする。

「……再試行リトライ……失敗……再試行……失敗……再試行……失敗……再試行、……失敗……再試行……失敗……再試行……失敗……再試行」

 強制介入用のオーダーを、何度も打ち込む。

 繋がっては、すぐに断たれる。

 終わりの見えない作業が永遠と繰り返される。

「――作業開始」

 朧は短く告げた。

 到達不可能と思われていた行為が、ようやく実を結んだ。

 介入が成功すると、朧は直ぐ様、複合防壁のプログラムの書き換え作業を行う。

 防壁が作り変えられ、モザイク画が別のパターンを描く。

 中を守る外壁に、勝手に裏口を作るようなものだった。

 形成している情報ウインドウは、ウィザードスキルの<魔法の鍵>であった。

「防壁構造改変率三〇パーセント突破」

 朧の声と共に、防壁プログラムは塗り替えられていく。

「プログラム侵食率二五パーセントまで低下……侵食停止。侵食作業再試行」

「……くっそ」

 遅々として進まない作業に、レイジは苛立つ。

 神経に圧迫感が襲い、脳が重くなる。

 データの負荷に、意識を見失い、埋没しそうになる。

「……失敗、再試行」

 舌打ちするレイジをよそに、朧は再び失敗と再試行を繰り返す。

「侵食率二〇パーセントまでクリア、別ルートから同時作業展開。侵食率低下に伴い、即座に対応」

 レイジはセキュリティ・システムの次の活動を感知した。

 拡張した脳そのものが、危険なプログラム群が活動する息遣いのようなものを検知していた。

 自らに危険が迫っていることを、レイジは直感した。

「……追撃プログラムだ! 神経レベルで対応!!」

 レイジの指示が飛ぶ。

「了解。DNAメモリー内に迂回ルートを形成、破壊プログラムを投入――」

 レイジは脳内の血流や神経伝達が逆流するような感覚を味わった。

「……追撃プログラムは神経攻撃型と幻覚型電子トラップの二種類と判明。神経攻撃を優先的に削除デリートします。破壊プログラムおよび、神経単位で防火壁ファイヤーウォールを展開」

 神経攻撃型はニューロブレーカーと同様の殺人プログラムである。文字通り脳や神経系に作用して、脳溢血や心停止、呼吸不全を引き起こす。

 対応を謝れば死に至る。レイジは緊張した。

 神経単位でシューティングゲームを行なうような気分だった。

 破壊プログラムが神経攻撃型を検出しては、次々と駆除していく。

「全ての神経攻撃型の駆逐作業を終了。電子トラップ型の対応に移行します――」

 ガイダンス通り、破壊プログラムは神経攻撃型を一掃すると、攻撃目標を電子トラップ型へ移す。

 しかし、電子トラップ型は破壊プログラムを交わしていった。 

 レイジは神経攻撃型が囮であり、電子トラップ型が本命であるということを悟った。

「防壁を突破されました……ファイルの強制介入を確認……対応間に合いません」

 電子トラップ型が引き起こす事態に、レイジは否応無く呑み込まれていった。

「……ファイルが実行されました」

 朧の報告を最後に、レイジの意識は消失ホワイトアウトした。

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