仮想現実での戦闘
レイジと明那は郵便配達人の店を出ていた。
「用も済んだし、現実世界へ帰還するぜ」
「うん。向こう戻ったら、ラーメンでも食べにいこか? 美味しいつけ麺屋があるんだって」
レイジは明那をじっと見る。
「何?」
「……いや、不思議だなあと思って。男並みにバクバク食うくせに、よく太んねーな。ダイエットナノでもいれてんの?」
レイジの言葉に、明那は信じられないというような顔をする。
「……レイジ君、ホント問題発言多いよ。だから彼女できないんだよ……!」
「カンケーねーだろ!! 朧みたい口聞きやがって……! 大体誰のために……」
いつしかレイジと明那は囲まれていた。
仮想現実型RPGに登場する傭兵か旅人風の男達で、フード付きのマントに武具を纏い、腰には剣を提げている。
しかし、男達の顔は一様に表情がなく、感情を読み取ることはできない。
男達の視線は明那にまっすぐに注がれている。
レイジは男達の正体がすぐに分った。
「な、何……?」
明那はおびえたように言う。
「……多分、追跡型エージェントだ」
レイジは言った。
「アイコニック社がわたしを追って……?」
「……ああ。ウェブサイトにも網を張っていたんだろ」
「逃げよう、レイジ君」
明那の提言に、レイジは首を振る。
できなかった。
このまま逃げれば、場所を知られる恐れもある。
この場で処理しなくてはならない。
「大丈夫だ。朧がいなくたって、あの程度なら――」
男達は剣を抜いた。
レイジは脳内に形成している記憶媒体であるDNAメモリから光学剣の実行を読込み、光学剣を作り上げる。
光学剣の設定を現実世界から仮想現実へ、さらに切断モードからプログラム消去モードに、変更すると、レイジは光学剣を振るった。
光の筋がエージェントに走る。切断消去による攻撃だった。
しかし、エージェントはシールドを展開し、光学剣を防ぐ。
「……戦闘型か」
レイジは舌打ちした。
戦闘型エージェント――仮想現実内を徘徊巡回するソフトウェア・エージェントである。
違法プログラムを排除する自律行動型プログラムで、その技術はクレイマトンの制御ソフトウェアにも利用されている。
やはり戦闘能力に優れたタイプのようだ。
「光学剣の単独攻撃じゃ、効果なしか……!」
剣を構えながら、レイジは一旦後退する。
「別のソフトを読込するか――」
一体のエージェントの刀身が微かに光を放つと、エージェントはレイジに振り下ろす。
レイジは光学剣で受け止める。
レイジの光学剣が変色を起こし始めていた。
「こいつら……!?」
エージェントの攻撃には光学剣を破壊するプログラムが組み込まれていた。
アンチプログラムを搭載した戦闘エージェントのようで、機能の立ち上がりは格段に早く、威力も高い。
オペレーターによる操縦型ではなく、常時自律行動している。
戦闘型であるということは学習機能も有していると予想できた。
長期戦になれば、レイジが不利になっていくのは目に見えていた。
レイジは光学剣を近接戦闘から長距離範囲攻撃へ設定を変える。光学剣は有効範囲の設定を変更することにより、飛び道具としても使用できた。
別のプログラムを光学剣にインポートしながら、レイジは距離をとると、光学剣をエージェントに放った。
光の矢と化した光学剣を、エージェントが展開する防御シールドが再び遮る。
しかし、光学剣は砕け散ることなく、そのまま防御シールドに付着すると、変色させていく。
レイジが光学剣に組み込んだのはウイルスだった。感染すると、機能不全を起こし、ソフトウエアの活動を停止させるサイバー兵器である。
某国の産業インフラを破壊し、世間を騒がしたウイルスがオリジナルだが、レイジが使用したものは拡大機能を取り除き、感染力を弱めたカスタムバージョンである。
エージェントは灰色に染まり、石像のように硬直していた。
「もういっちょ!!」
再びウイルス混入型光学剣を出現させると、レイジは残りのエージェントへ放った。
ウイルスは、エージェントに感染し、犯していく。
エージェントのみならずシールドごと汚染崩壊させ、動かなくなった。
レイジは明那の方を向く。
「……さすが、ウィザード」
「……急ぐぞ」
「うん」
頷く明那をレイジは抱き寄せると、仮想空間から消え去った。