ワクチン・キス
駅前近くの公園に来ると、レイジは明那をベンチに座らせる。
公園に着くころには、レイジに注入された毒は中和されていた。
しかし、明那の息は荒い。
顔色が悪く、風邪を引いたような症状に似ていた。
「なんか熱っぽくて、身体がダルい……ヤバいかも」
レイジは明那の額に手を当てながら、エレメントを利用し、身体を走査する。
明那の体温分布に異常があった。
レイジの掌が淡い光を放つ。
レイジは体毛や表皮をナノセンサーへ変化させていた。
「ちょっと手に息吐いてみて」
レイジは明那に指示を出した。
「……レイジ君に感染っちゃうよ」
「いいから」
採取した呼吸から検出される化学物質を元に、レイジはマージの記憶媒体であるDNAメモリファイルを検索する。脳内にストックされたデータと照合し、ナノマシンの解析に入る。
レイジに注入されたものと同じだった。
後は、明那の中に存在するナノマシンを作り変えるだけだった。
ウィザードの修行がこんな形で役に立つとは、教授に感謝したかった。
「明那の中のナノの組成を変えるぞ」
明那は「うん」と頷く。
顔色は益々悪くなっている。
「……ダメだわ。変換ファイルを受け付けない」
朧が言った。
「……マジかよ」
「マージが休眠状態になってるせいだわ。プロテクトが働いているみたい」
「……エレメントの組み換えは?」
「ちょっと待って」
朧は目を閉じ、試みる。
「……こっちもダメみたい。エレメントでは組成できないわ」
エレメントを再自己組織化しても、生み出せるタイプのナノマシンではなかった。
「方法がないわけじゃないけど」
朧が言った。
「どう……するの……?」
明那が息も絶え絶えに尋ねてきた。
「レイジの中で生成して、後は粘膜同士による接触感染を行なう――」
「それって――」
明那は反射的に唇を手で押さえた。
「やらしい……」
明那はレイジを睨む。
「ちょっと待て……!」
レイジは朧を見た。
「……仕方ないでしょ。この際」
「仕方ないって……!?」
「生成はすでに終了しているわ。あとは二人しだいよ」
ニヤニヤしながら、朧は楽しそうに二人をけし掛ける。
「……いいよ」
明那は渋々舌を動かし、唇を唾液で湿らせる。
そのしぐさにレイジはドキリとした。
「いいのか……?」
レイジは尋ねた。
「……背に腹は変えられないでしょ」
明那は唇を突き出した。
さすがのレイジもすぐには行動に移れなかった。
「あ、ひょっとしてビビってる?」
「う、うるさい」
レイジも唇を湿らせると、明那に顔を寄せる。
触れ合う直前で、一瞬止まったが、唇が重なる。
レイジの唇に触れた瞬間、今度は明那の方から口を押し付けてきた。
「……OKよ。お疲れ様」
朧の言葉にレイジと明那は離れると、互いに大きく息を吐いた。
「あっ」と明那は突然声を上げた。
「……どうした?」
「……しまった。まあ、いいか」
明那は残念そうな声を上げる。
「――ファーストキスだった」
レイジは、頭を不意に殴れたような感じだった。
「……あーあ、男として責任とらなきゃねえ」
朧の言葉に、レイジは苦虫をつぶしたような顔になる。
「……知らねえよ。大体、ナノマシン入りのキスなんて、キスのうちに入んねえよ」
ぶっきらぼうに言うレイジの言葉に、朧も明那もギョッとなる。あまりにデリカシーを欠いた発言だった。
「……サイテー!!」
と明那、
「……コイツ、ホントモテない……!!」
と朧の言葉に、レイジは押し黙っていた。