カーキ・グー
紅龍は燃料電池駆動型のミニバンを止め、道路に横付けしていた。
すでに紅龍はレイジの自宅近くまで訪れていた。
紅龍がレイジの追跡に放った無人機からの情報だった。
NBC兵器使用下でも活動できる対電子妨害対策型追跡機で、レイジのECM攻撃に対し、とっさに生み出し、追跡させた。
相手の索敵能力を逃れるために、あえて自立行動モードで追跡させた為、発見が遅れた。
GPS位置情報や周囲の画像データなどを受信し、それを元にレイジの自宅近くまで車で駆けつけていた。
取り逃がしたウィザードの居場所は掴んでいた。
自宅には生意気にも電子トラップが施されていた。
無人機はそのまま自宅を監視していて、絶えず情報が紅龍へ入ってきていた。
数分前には、トラップを解除し、中に入っていくウィザードの姿が映像で送信されてきたばかりだった。
紅龍は助手席のグローブボックスからフィルム袋に包まれた長方形の物体を手に取った。
フィルム袋を破ると、カーキ色の粘土のようなものが出てきた。
カーキ・グー――軍用ナノ粘土である。
先日の嗅覚センサーを搭載したクレイマトンの素材である。
一般には出回っておらず、ナノテク兵器を自己組織化により生み出すことができる。
紅龍は、軍用ナノテク素材を助手席のシートに置く。
紅龍はマージを起動させると、思考制御によるBMI機能とエレメントを媒介に、データリンクし、ナノ粘土に組成ファイルを送信した。
粘土は自己組織化を起こし、変化を起こしていく。
ウィザードが複製師といわれる所以である。
ウィザードの犯罪行為に、違法複製製造がある。
ナノ粘土に代表される自己組織化素材やレプリケータなどの偽造技術を用いて、製造元に無断で複製し、本物と称し、コピー商品として売買する。
もちろんオリジナル商品はオリジナル保護のため、さまざま偽造防止技術を盛り込み、著作権保護やコピー対策を行っているが、イタチゴッコの状態だった。
コピーに価値が無いのは、いつの時代も変わらなかった。
紅龍は仲間内から造形師の異名を持つウィザードだった。
紅龍がレイジの追跡に放った無人機も同じ素材でできたナノテク集合体だった。
カーキ・グーは軍事規格のため、戦闘能力に優れてて、さまざまな自己組織化兵器を実装させることができる。実際の戦場でも使用されているものだった。
粘土に発光ダイオードのような電子の光が宿ると、粘土から一匹の羽虫が飛びあがった。
蜂であった。
羽はもちろん複眼、表皮の毛まで完全に再現された自己組織化機械であった。
紅龍は車の窓を開ける。
蜂は次から次と粘土から誕生し、車の外へ飛び立っていった。