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第一話 The Night Stalker

 港の表街の喧騒から少し離れた、月光が影を落とす寂れた裏路地。

 そこを風のような速さで走り行く三つの影があった。

 そのうちのひとつは、他の二つの影よりもずっと前方を走っており、時折、後ろを振り返っては、狂ったように四肢を動かしていた。

 しかも、それの体躯はおおよそ人間と呼べるものではなく、まるで人間を風船のように膨らませたような形をしており、もとは手だったのだろう前足は、まさに犬や猫のようなそれで、その先端には、鋭利なナイフを思わせるような長い爪が生えている。そして、その腰元には、人間にあるまじき尻尾が生えており、すっかり獣じみた体に合わせるようにその顔立ちも、野生の本能を剥き出したような醜悪なものとなっていた。

 その異形は<心喰>。悪しき者によって心奪われた破戒者だった。

 この街……セイラスソングをねぐらにしていたこの<心喰>は、今夜も、いつものように、夜中に出歩く者を捕まえ、食欲を満たそうと夜の街へと繰り出したところを、今、後ろを走る、この二人組に見つかり、追いかけられているのだった。

 裏路地の暗さゆえに追跡者の顔は見えないが、その影から推測される背の高さからすれば、率先して<心喰>を追う長身の方は、大振りな銃を提げており、それに従事するように走っている小さいもう一人は、長い棒の両端に三日月形の刃をつけた、長柄双刀を構えていた。

 二人はいづれも軍服を思わせるような濃紺のコートを身に纏っており、その心臓に近い左胸には、魔方陣と蝶の模様を組み合わせた<黒蝶の使徒>の紋章が月の光を浴びて荘厳な輝きを放っていた。

 振り返る度に、彼らの身に付けているものが月光に輝くのが目に刺さるが、いつしか、<心喰>の口元

には、笑みが浮かんでいた。

 今、その目の前には、遠いながらも倉庫街が見えている。そこまで逃げ切れば、ろくにこの街の地形も知らなそうなこの二人をまいて逃げることは可能だろう、と、そうふんでいた。

 そう思考する間にも、倉庫街はだんだん近づいてくる。

|(もうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだ……)

 その思いのみが意識を埋め尽くした。

 まるで獲物を前にしたような悦びと、自らの恐怖の根源たるこの追跡者から逃れることができるという安堵が体を駆け巡り、四肢に力が満ち満ちてゆくようだった。

|(あぁ……もうすぐだ。もうすぐで逃げられる……)

 逸る気持ちを抑え、最後に、愛すべきこの愚かな追跡者の姿を目に焼き付けておこうと、後ろを振り返った<心食>の目に、何故か、例の長身なほうの姿は映らなかった。

 だがしかし、もはや倉庫街まで数メートル。追跡者が何人いようが関係などない。

|(もうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだもうすぐだ……)

 すでに逸る気持ちの箍は外れ、<心喰>の思考はもうまともではなくなっていた。

 今までよりももっともっと速く四肢を動かし、嬉々として倉庫街へと踊り込もうとした、その瞬間、


不意に足が止まった。


|(……なぜだ?どうして足が?何で……?)

 あまりに突然のことだったために理解が遅れたのだが、気づけば、<心喰>の左前足の関節が粉砕されていた。

 あらためて前を見てみれば、倉庫街の入り口にあたる場所に、いつの間にか、長身な方だと思われる青年が、刃物のような鋭い眼光をたたえた眼で<心喰>を睨んでいる。しかも、その手に構えられた銃の黒々とした闇の潜む銃口からは、まだ、青白い硝煙が立ち上っていた。

 そして、背後から迫り来る気配にハッとして<心喰>が振り返ったが、時すでに遅く、走りこんできたもう一人の追跡者であろう少女が振りかぶった長柄双刀により、右の前足を奪われる。

「グ……グォォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

|(お……おのれぇぇえええええええええええええっ!!!!!)

 怒りに身を任せ、<心喰>は後ろ足で立ち上がり、雄たけびをあげた。

 すると、長柄双刀を構えていた少女はビクッと体を震わせ、怯んだ様子を見せたが、銃の青年は、全くもって微動だにせず、ただただ無情に、機械的に銃口を<心喰>に向けると、まるで<心喰>が恐れ戦き、必死に足掻く様を楽しむかのように、ゆっくりと撃鉄をあげ、そして、


                                  ……ズガンッ。


 小さな、しかし計り知れぬほどの冷酷さを湛えた銃声が夜空に響いた。

 <心喰>はゆっくりと沈むように倒れ、その体が、夜気によって冷え切った地面と触れ合う前に、黒い霧となって霧散した。

 そして、静寂の訪れた港の倉庫街の前にて、祈りが捧げられる。

「過ちを犯せし魂よ。今、レイスの腕に抱かれ、女神の元へ参られよ。心新たに地上を離れ、己の持てるすべての力とすべての知恵を以て尽くされよ。我等が<黒の女神>のために」

 厳かな口調で祈りの言葉を唱えると、青年、リュウ・ランベルクは銃を地面に置き、黙祷を捧げた。

 もちろん、その隣では、少女、ユウキ・クシャトリアがそれに倣って黙祷を捧げる。

 響く海鳴りのほかに音のないひと時。だが、それを破ったのはユウキの呟きだった。

「これで一件落着ですね、師匠」

 その言葉にリュウは、あぁ、と応えると、閉じていた瞼を開いてユウキを見た。先ほどとは違って、その眼に刃物のような眼光は無く、少しだけ冷ややかな、しかし、それであって魅力的な、そんな眼になっていた。

 空を見れば、そろそろ夜中かと思われるほどに月が高い。

 リュウは疲れているであろう、愛弟子の肩を軽く叩くと、

「明日も魔物を探す。僕は用事があるからまだ街に出るが、もう遅いから、お前は先に宿に帰って眠るといい。宿は昨夜と同じところだが、もちろん一人で帰れるね?」

そう聞くと、ユウキは顔を真っ赤にして、

「あ、あたりまえですっ!師匠、もういい加減ボクを……」

「子供扱いしないでください、か?そろそろ聞き飽きたぞ、その言葉」

 リュウがいつものように、揚げ足をとってからかってやると、ユウキは、もうっ、と膨れっ面をして武器を拾い上げると、そのまま歩き去ってしまった。

  精一杯、怒っていることを表すように、わざと肩を怒らせながら遠ざかっていく背中を見つめながら、我ながら少しやりすぎたか……とリュウは人知れず苦笑した。

 ユウキがリュウの弟子となったのは、たった3年前。当時はほんの5歳違いの師弟関係とのことで、彼らの所属する<黒蝶騎士>の中で随分と注目を浴びたものだが、3年の月日が経つ間に、いつしか普通のこととなっていた。

 だが、そんな今でも、リュウはユウキを、弟子というよりも、妹のように見ている節があるために、少し過保護になり過ぎたり、子ども扱いをしてしまって、反発されるのが日常だ。

 しかし、ユウキはまだ未熟ではあるが、<黒蝶騎士>としての素質は十分にあるし、リュウはリュウで<黒蝶騎士>の中でもトップクラスの実力者で、<黒蝶騎士>を統率する権限を持っている元帥の候補にも名を連ねているために、このコンビは<黒蝶騎士>において、元帥の次に強いとされていた。

 リュウは、ユウキが帰って行くのを見届けると、地面に置いたままだった銃を拾い上げた。

 その銃は、既存のものよりも少し大振りで、機能美に溢れるフォルムでありながら、煌く銀で装飾された美しい銃だ。

 リュウは銃に口を寄せ、優しく、Return、と囁くと、銃は光の粒子となって消えた。

 この、リュウの銃や、ユウキの長柄双刀など、<黒蝶騎士>の持つ武器は、一般に、魂と心から生まれ出る武器、<Soulheart><ソウラート>と呼ばれ、魂の波動と心の力を糧として生まれる、限られた者にしか持つことの出来ない特別な武器で、<心喰>などの魔物を倒すのにもっとも効果的な武器だった。

「さて、仕事は早く済ませるにかぎる」

 そう独り言を呟き、街の方へと足を向けたその瞬間、

「あなた、随分とヴァムに似てきたわね。リュウ」

突然後ろからかけられた声に、リュウは足を止めた。

 相手が誰なのかは大体予想がついている。

「いったいこんな夜に何の御用です?ミセス・レイ」

 背中越しに尋ねると、倉庫の暗がりから物音一つ立てずに一人の女性が現れた。

 ミセス・レイと呼ばれたその女性は、リュウとは長い付き合いで、リュウの師にあたる、ヴァムことヴァンヘイム・ヴォルデシアという、今や元帥の座にまで上りつめた男の命で動いている。

 彼女が<黒蝶騎士>かどうかは定かではないが、明らかに只者ではないことは経験上よくわかっていた

「ちょっとこっちに用事があって来て見たら、ちょうどあなた達が任務をこなしてたから、ついでに見学してたのよ。それに、ヴァムからあなた宛に伝言を預かってきたから、伝えておこうと思って、」

と、レイがそう言葉を切った瞬間、突然殺気立ったように空気が張り詰めた。

 もちろんリュウには、それはレイが意図して行ったと知っているため、さして驚きもしなかったが、もしも今ここにユウキがいれば、間違いなく震えだしていただろう。

 そして、しばらくの沈黙が場を支配した後、

「……で、本題とは?」

 痺れを切らしたリュウが尋ねると、レイは苦笑して、

「ほんとうにせっかちなのは変わら無いんだから……」

とぼやいた。しかし、またすぐに真剣な表情になると、

「北で巨大な<魔力反応>が観測されたわ」

そう切り出した。

 それはごく短い音の羅列にすぎないが、この若い<黒蝶騎士>を凍りつかせるには、過度なほどの一言だった。

「つまり、それは……」

 やっと搾り出すように言ったリュウの言葉にレイが続ける。

「そう、ついに<白蛾の魔女>が動きだしたわ」

 ここに語られる<白蛾の魔女>とは、この世界なら大人から子供まで、皆が知っている御伽噺にも語られる存在だった。年中氷に覆われた不毛な土地に城を構え、そこから人の世の、<黒の女神>の目の届かない部分を見守る、守護者的な存在であったが、ちょうど17年前に、世界に対しての攻撃を開始することを宣言した、【黒白戦争への宣戦布告】を行い、その後の動向は知られていなかった。

 だが、その<白蛾の魔女>の住む北で、巨大な<魔力反応>が見られたということは、彼女の宣言した、【黒白戦争】が近いことを如実に表している。

「それに最近は、新手の魔物も出てるみたいで、報告だけでも20件近く挙がっているわ。それに、そろそろ本部から召集命令が来るから、国外には出ないことよ。まぁ、弟子の教育はよく出来ているから現状維持。一応ヴァムには良い報告をしておくわ」

 そう言って、くるりと背を向けると、じゃあね、と一言言い残してレイは姿を消した。

 リュウはその様子を見ながら、やっぱりあの人はあの人だ、と思いながら、また改めて街の方へ足を向けた。

 そうして、港街・セイラスソングの夜は更けていく。



「……?」

 微かな物音が聞こえた気がして、ユウキは本を読む手を止めた。

 ページをめくる音以外に音の無かった部屋は、すっかり静まり返っているし、机の上のランプは、相変わらずジリジリと芯を焦がして蜂蜜色の光を部屋の中に投げかけている。

 この部屋には時計が無いため時間はわからないが、明日のことを考えれば、もう寝たほうがいいだろうか。

 ユウキはパタリと本を閉じた。

 読んでいたのは、物語。<白蛾の魔女>を題材にしたもので、少し悲しい恋愛物語だ。

 どうやらリュウの用事はまだ終わらないらしく、帰ってくる様子はない。

(師匠は何処に行ってるんだろう……)

 あの物語にもあった、魔女が一人で恋人を待つ気持ちってこんな感じだったんだろうなぁ、と想像してみたが、そういえば、ボクと師匠はそんな関係じゃないや、と思い出してクスクスと笑った。

 でも、寂しいことには変わりがないわけで……、笑いが止んでから、ユウキはふぅ、とため息を一つついてソファに体を沈めた。

 シックな部屋の雰囲気にぴったりな、その革張りのソファは、見た目に反してふかふかで、知らないうちに眠気を誘う。

(師匠が帰って来るのを待つつもりだったのに、なんだか眠いな……。でも、ベッドに行かなきゃ……でも、眠……。明日ってどうするんだっけ……やっぱり、眠い。でも……zzz)

 だんだん眠気に支配されていく頭で必死に考え事をしようとするが、うまくいかず、気づけばユウキは眠りの国に旅立っていた。


ご一読賜り、まことにありがとうございます。

まだまだ未熟者ですが、頑張っていきますので、応援よろしくおねがいします


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