収納魔法から始まる恋物語
収納魔法って知ってるかい?
そう、異次元空間に色んなものをしまっておけるという、とても便利な魔法さ。
俺は勇者カーク・ガミテ。
魔物たちとの戦いでレベルが上がり、とうとうその収納魔法を使えるようになった。
異次元空間とはいえ食べ物は痛んでいくから、しまったまま忘れないよう気をつけないとな。
「オヅ・ケカタ!」
夜。小さな街の安宿の一室で、一人ベッドに腰掛け収納魔法を唱える。
すると空中に手のひらより少し大きいサイズの丸い円が現れた。
円の中は真っ暗で、中の様子はうかがえない。
この円を通せる物しか入らないため、大きいものはしまえないのだ。
「なんか入れるモンないかなぁ……」
元々それほど荷物はないし、補給は街でできる。
武器を入れておいて、戦いの際にここから出したらちょっと格好いいかなと思ったけど、一瞬の隙が命取りとなる戦闘においてそんなパフォーマンスを見せる余裕はない。
「よっ」
穴の中に手を入れてみる。中は少しひんやりとしていて、保管庫としては申し分ない環境だ。
取り出したいものを思い浮かべると手に吸い付くように収納物がつかめるのだが、今は中に何も入れていない。
そのはずなのに……俺の指先に、少し冷たくやわらかいものが触れる。
「ぬぉっ!?」
予想だにしない感触に驚き、慌てて穴から手を引っ込める。
今のは一体……?
触れた部分を見てみるが、異常はないし何もついていない。
よし……ちょっと怖いけどもう一度確認してみよう。
「……ほっ」
ふたたび穴に手を突っ込む。
しばらく中で手を動かしていると、ふたたび何かが指先に触れた。
今度は手を引かずに、その何かを軽く握ってみる。
すると、その柔らかい何かも俺の手を握り返してきた。
間違いない。この何かは、誰かの手だ。
そういえば聞いたことがある。
収納魔法は稀に、他の術者と空間を共有してしまう事があると。
なんてこった……せっかく覚えた便利魔法なのに、今後は見知らぬ誰かと共同で使わないといけないのか。これじゃあんなモノやこんなモノを入れられないじゃないか……ガッカリだぜ。
とりあえず相手に敵意はなさそうなので、ゆっくりと穴から手を引き抜く。
さて、どうしたものか。
下手に何か入れようものなら相手に盗まれてしまうかもしれないし、同じような物を入れたら取り違えてしまうかもしれない。
うーん……非常に使いづらい。
「あ、そうだ」
俺は便箋とペンを持っている。
どこかの街で商人に『いつか大切な人が出来た時に、きっと必要になりますよ』と言われ、勢いで買わされたものだ。
「フッ……大切な人、か」
俺は今、遠い目をしているのだろう。
残念ながら現在、俺に恋人的な人はいない。
現在というか、生まれてから現在に至るまで、と言うべきか。
俺は勇者の力を持っていたせいか、やたらと強くどんな相手にも負けた事がない。
たまにやりすぎてしまい、俺が魔王なんじゃないかと噂されたくらいだ。
好きだった女の子が俺を見るなりその丸い瞳を恐怖に染めて逃げていく姿、想像できるかい?
それがトラウマになって、女性に声をかけることもできなくなっちまったのさ、俺は。
まあ、今はそんな事はいい。とにかくこれで手紙を書いてみよう。
相手が何者なのか、興味あるしな。
「えー……初めまして。先ほどは驚かせてしまいごめんなさい……と」
十分後。
「よし、こんなもんか」
とりあえず謝罪と、今後どうするか相談するような内容を書いてみた。
我ながら下手な字だ。……バカだと思われるかな。いや、実際頭は良くないけどさ。
ま、いっか。
ふたたび収納魔法を出し、穴に手紙を突っ込む。
そのまましばらくふりふりしてみたが、相手が手紙を取ることはなかった。
うーん、どうやら相手は魔法を閉じてしまったらしい。
仕方がないので手紙を中に残し、手を引っ込める。
「ふぁ……。寝るか」
頭を使ったせいか眠気が襲ってきたのでベッドに倒れ込み、俺はそのまま眠りについた。
♢ ♢ ♢ ♢
翌朝。窓から差し込む朝日を浴びながら身支度を終え、いざ出発というところで思い出す。
そういえばあの手紙、どうなったかな。
俺は収納魔法を唱え、手を突っ込み、手紙を頭に思い浮かべる。
すると、手の中に紙のようなものが現れた。
なんだ……昨日のままかとその手紙を取り出すと、なんと。それは俺が昨日入れた色気のない茶色い封筒ではなく、おしゃれな雰囲気の真っ赤な封筒だった。
「マジか……返事がきちまった」
怖いような嬉しいような。
はやる気持ちをおさえ、封を開けると中から曇天の夜空より真っ黒な便箋が出てきた。
広げてみると、そこには白い文字でこう書いてあった。
『お手紙ありがとうございます。こちらこそ、驚かせてしまいごめんなさい。収納魔法が、他の方と繋がってしまうなんて私も驚いています。事情はわかりましたので、カークさんはこちらの空間を自由にお使い下さい。私は極力使用を控えるようにします。カークさんの入れた物を盗ったりはしないので、どうかご安心下さい。それでは』
俺とは違う整った字。それに文字からにじみ出す上品な雰囲気。
もしかして、この手紙を書いたのは女性か?
しかし、収納魔法なんてそう簡単に使えるものじゃないはずなんだけど、一体どういう人なんだろう?
……まあいっか。当面はしまう物もないし、この件はとりあえず置いといてさっさと伝説の防具集めに行こう。
でもその前に、簡単な返事を書いておいたほうがいいかな。
でも、話は終わってる感じだし迷惑になるか。
いや、やっぱりわざわざ返事をくれたお礼はしておくべきだろう。
というわけで俺は、サラサラと返事をしたため、郵便ポスト……ではなく収納魔法に投函するのであった。
♢ ♢ ♢ ♢
あれから数か月が経ち――俺とあの人の文通は続いていた。
最初はあたり触りのないやりとりが続いたが、俺が包み隠さず色んな事を書き綴ると、向こうも日常の出来事なんかを書いてくれるようになった。
ただ、名前とか住んでる場所はいまだに謎のままで、聞かれたくないという雰囲気が文の端々からにじみ出ていたので気にしないことにした。
おっと、もちろん年齢も聞いてないぜ。
子供の頃近所に住んでいたお姉さんに歳を聞いたら、女性に年齢を聞くなと怒られた事があるからな。
謎多き女性なのだが、どうも彼女は人を従える立場のようで、気苦労が多いらしい。
部下が言う事を聞かずに勝手なことばかりしたり、急にいなくなったりする、とやんわりと嘆いていた。
どこにでもそういうはみ出し者はいるもんだよな。俺もそうなんだけど。
本当は旅の始めには仲間がいたのだが、俺が強すぎて『お前ひとりでよくね?』と言い残し全員去って行った。
慣れたもんだけど、やはりずっと一人というのは寂しいもんだ。
女の子じゃなくてもいいから、苦楽を共にできる仲間が側にいてくれたら……と何度思ったことか。
と、そんな事を手紙に書いたら彼女は、自分で良ければこれからも話し相手になる、と言ってくれた。
正直に言う。俺はどこかミステリアスで、包み込むような優しさを持った彼女に心惹かれ始めている。
いや、もう……惚れている、と言っていいだろう。
相手の顔も知らないのにおかしいかい?
でも、俺はたとえ彼女が魔物だとしても……いつか直接会いに行って、孤独をなぐさめ、旅を楽しいものに変えてくれた感謝を伝えたいと思っている。できれば愛の告白も。
いつになるかまだわからないけど、魔王討伐を終えたらその時に……きっと。
♢ ♢ ♢ ♢
さらに一年後。
伝説の装備に身をかため、俺はついに魔王城の前へとやってきた。
夜でもないのに城の上空は黒雲がたちこめており、ときおり雷鳴が響いてくる。
俺の気分は今最高に昂っていた。
昨日、魔王との決戦を彼女に伝え、討伐を終えることができたら俺と会って欲しい、と伝えた。
そしたらなんと。了解を得る事ができたのだ。
この戦い、なんとしても負けるわけにはいかない。ま、誰にも負ける気がしないけどな。
勢い込んで突入した魔王城だったが、巨大な門の前にも城の中にも魔物の姿はなかった。
罠を警戒しつつ奥へと進んで行くと、結局何事もなくすんなりと最奥の玉座の間についてしまった。
薄暗くだだっ広い部屋の奥の玉座に、誰かが座っている。
美しい銀髪に宝石のような赤い瞳。そして漆黒のドレスに身を包み、じっとこちらを見据えている。
……知らなかった。魔王って女だったのか。
「おま……」
「とうとうここまでたど……あ、ごめんなさい。……お先にどうぞ」
「え、あ、あー、じゃあ失礼して。お、お前が魔王か」
敵と話すタイミングが被った上に譲られてしまう。
魔王なのにどこか優しそうな、透き通った声をしている。
その声は、俺の中でイメージしていたあの人の声に近いものだった。
「そう……私こそが魔王。魔王、エスカ・ジーヘン。とうとうここまでたどり着いたのですね、勇者……カークさ……カークよ」
「俺の名を知っているとは光栄だな。それにしてもまさか魔王が女だったとは。ところで、城の中に魔物が一匹もいないのはどういうことだ?」
「勇者が来る、と伝えたら皆……逃げて行きました」
「ありゃま」
自分たちのボスを守ろうとするやつが一人もいないとは情けない。
四天王を名乗る連中を一撃で倒してきたせいかな。
にしても、まるで俺が来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。
まあいい、さっさと仕事を終わらせよう。そして……。
「悪いが、手加減はしてやれないぜ」
言いながら、背中の聖剣を抜く。
「遠慮はいりません。さあ……はじめましょう」
ゆっくりと玉座から腰をあげた魔王の右手に、漆黒の剣が現れる。
さすがは魔王といったところか。見た目は華奢なのに、これまで会ったどの魔物よりも強い力を感じる。
「……いくぜ!」
二人同時に地を蹴り、広間の真ん中で互いの刃をぶつけ合う。
けたたましい金属音が周囲に響き渡った。
♢ ♢ ♢ ♢
広間の中央で、仰向けに倒れた魔王に俺が上から剣を突き付けている。
俺が強すぎたのか。それとも魔王が弱いのか。
終始魔王の動きにキレがなく、大した手ごたえを感じることのないまま決着はついた。
「……終わり、だな」
「……」
抵抗をするそぶりもなく、魔王は諦めたような表情で目を閉じている。
「なあ、あんた……手ぇ抜いてなかったか? 言いたかないが、ちょっと弱すぎるぜ」
「……これが私の全力です。さあ、とどめを……刺してください」
閉じられた魔王の目から涙がこぼれる。
本当にこのままとどめを刺してしまってもいいのだろうか。
この状況をあの人に手紙で伝えたら、どんな返事が返ってくるだろう。
しばらく考えてみたが、結局俺は背中の鞘に剣を収めることにした。
「無抵抗の相手は斬れないぜ」
「……魔王討伐が、あなたの使命なのでしょう。後悔することになりますよ」
「別に放っておいても、あんたならいつでも倒せるしな」
「まあ……ひどい言い方をしますね」
すねるように魔王が形の良い唇を尖らせる。……不覚にもかわいい、と思ってしまった。
「ま、そういう事だから俺は帰るぜ。ほら」
魔王に手を差し伸べる。
……この場合、あの人は俺に会ってくれるのだろうか?
「……ありがとう」
差し伸べた手を、魔王がつかむ。
「え……。こ、この感じは……」
「……」
少し冷たく、やわらかなその感触。
収納魔法であの人とつながった時の記憶が蘇る。
「あ、あ、あんた……いや、あなたは、まさか……そんなまさか……」
動揺する俺を前に、魔王が少し照れ臭そうにうつむき、つぶやいた。
「バレて……しまいましたね……。そうです、私があなたとずっと文通をしていた……」
「どっひゃーー!!」
今度は俺が床に尻もちをつく。
まさか文通相手が魔王だったなんて。
まさか宿敵に心を奪われていたなんて。
まじまじと魔王を見つめると、気まずそうに視線をそらす。
「ごめんなさい。言い出せなくて……」
「当然……俺の事、知ってた……んですよね」
「はい……」
そりゃそうだ。俺は自分が勇者であることを始め、今日という決戦の日までこの人に伝えていたのだ。
戦いに身が入っていなかったのは、そのせいだったのか?
くそ、どうして気づかなかったんだ。
「いやー、はは……。えーっと、どうしましょうかね……」
ずっと会いたかった人が目の前にいる。
でもその人は魔王で、勇者の宿敵で……あーもうめんどくさい、考えるのはやめやめ。
バカな俺らしく、当初の予定通りやればいいんだ。元々相手の正体が誰だろうとこうするつもりだったんだし。
「えーっと……エスカ、さん」
「は、はい」
お互い座ったまま、身を正す。
「……あなたと手紙のやりとりを続けるうちに俺……あなたの事が好きになってしまいました。よ、よかったら……お、お、俺と……つ、つつ、つ……付き合って下さい!!」
首を痛めそうな勢いで頭を下げる。
エスカさんは今どんな表情をしているのだろう。怖くて頭を上げられない。
そもそも、まずはお礼を言うつもりだったのに全部吹き飛んでしまった。
しばらくそのままでいると、エスカさんのしぼりだすような声が聞こえてくる。
「……嬉しい、です。私もあなたから届く手紙をいつも楽しみにしていました。けれど……お付き合いすることは……できません」
はい、フラれた。
嬉しい、と言われた時点でOKかと思ってしまった自分が恥ずかしい。
「なぜ……でしょうか?」
「勇者と魔王の交際など……世間は許してはくれないでしょう」
そりゃそうだ。勇者と魔王が手をつないで街なんて歩いてたら、俺は人類の裏切者として牢屋にぶち込まれてしまうだろう。最悪処刑だってあり得る。
しかし十九歳にして未だに女性との交際経験のない俺。そんな事でこの気持ちは止まらないのだ。
「エスカさんの気持ちが知りたいです。その……俺のこと、どう思っているか、というか」
そう尋ねると、エスカさんはかすかに頬を朱に染める。
「……お慕い、しています」
心の中でガッツポーズをする。顔がニヤけそうになるがまだ我慢だ。
「それなら、何の問題もないはずです。俺、例え世界中の人間を敵に回してもあなたを守りますから。……まあ、エスカさんより強いやつなんて、そうはいないと思いますけど」
「……」
「ただ、一人厄介な爺さんがいましてね。魔王の存在を感知できるらしくて、その爺さんに言われて俺は魔王討伐の旅に出たんです」
このまま魔王を倒した、なんて報告しても『まだ気配は消えておらぬ。やり直しじゃ』とか言われそうだ。
「前魔王……私の父が倒れてから百年後。つまり、今から二年程前に、突然私の中の魔王の力が目覚めました。恐らくどこにいても、私の存在はその方に知られてしまうことでしょう」
前魔王が倒れたのが百年前。そいつの娘ということはエスカさんは今、少なくとも……。
……年齢聞かないでよかった。
「うーん、困ったな。なんか、魔王の気配を消す手段でもあればいいんですけど」
「あ……それでしたら……」
エスカさんが立ちあがり、虚空に手をかざす。
「オヅ・ケカタ」
呪文を唱えると、俺たちの前に人ひとりが余裕で通れるサイズの収納魔法が現れた。
「でっか! 俺の出す収納魔法の何倍も大きいんですけど……」
「そうなのですか?」
魔力の違いなのだろうか。入口がこれだけ広ければ、大きい物をいくらでも運び込めそうだ。……いいなあ。
「一人になりたい時や考え事をする時、いつもこの中に入るのです」
「え? 人、入れるんですかこれ」
「意外と広くて快適ですよ。なぜか本を読むことができるくらいの明るさもありますし。突然あなたの手が出てきた時は驚きました」
「あ……」
俺が手を入れた時、エスカさんはくつろいでいる最中だったのか。あの時は俺も驚いたもんだ。
「私も、強い力を持つ者の存在は感知することができます。ですが、この中にいるとどういうわけか何も感じなくなるのです」
「と、いうことは」
「恐らく、この中なら魔王の力を隠すこともできるかと」
「おお」
だったらずっとエスカさんにこの中にいてもらえば……いや……。
「……でも、そんな場所にずっと居たら気が滅入りますよね」
「いえ、元々こもりがちな性格なので、苦にはなりません」
ふむ。深窓の令嬢ならぬ、収納の魔王、といったところか。
「それなら、改めて……」
俺は跪き、真っすぐにエスカさんを見据える。
「エスカさん。俺と共に……来てくれますか?」
俺の問いかけに、エスカさんは優しく微笑み、小さく頷いた。
「……はい。喜んで」
差し伸べた手を、エスカさんはためらいながらもしっかりと握り返してくれた。
少し冷たく、柔らかな手。
俺はこの手を、絶対に離さないと心に誓った。
――こうして俺は、エスカさんと共に魔王城を出た。
色々と都合よく行きすぎな気もするが、大変なのはこれからなのだろう。
勇者と魔王の許されざる恋の行方は今後どうなるか、俺たちにもわからない。
でも、二人の気持ちがつながっているなら、きっと乗り越えていけるはずだ。
なんてったって俺たちは、世界最強のカップルなんだからな。
~fin~
お読みいただきありがとうございました。




