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ログアウト・ライフ:部屋と、スマホと、歪な私達  作者: ジェミラン
エピローグ

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10/10

夜空をスキャンする瞳


都会の夜は、数百万の「正方形」で構成されている。ビルの窓、スマートフォンの画面、そしてSNSのフィード。それぞれの正方形の中に、誰にも踏み込めない個別の物語が閉じ込められている。


高度数百メートル。冷たい夜風を切り裂きながら、一台のドローンが音もなく旋回していた。そのレンズは、地上の喧騒を0と1のデータに変換し、淡々とクラウドへ送り続けている。ドローンにとって、地上で繰り広げられる愛憎は、ただの「光量の変化」や「動体の移動」に過ぎない。


ドローンの視界には、三つの「孤独」が点として映っていた。


一つ目の点は、古いアパートの一室で、青白い光に照らされている芽衣だ。彼女は今、自分を裏切った恋人のデータをすべて消去し、完璧に「補正」された新しい朝の準備をしている。彼女にとって、物理的な部屋の汚れは問題ではない。画面の中の「部屋」さえ美しければ、彼女のアイデンティティは保たれる。かつての女性が夫のワイシャツにアイロンをかけたように、彼女は自らの虚像を磨き上げ、社会に正装(プレゼン)し続ける。


二つ目の点は、コンビニのゴミ箱の横で、ストロングゼロを煽る健斗だ。彼はつい先ほど、人生のすべてだった「推し」をフリマアプリで現金化した。かつての愛が、わずか数通の通知とともにデジタルマネーへと姿を変える。彼は傷ついているのではない。ただ、古くなったソフトウェアをアンインストールし、新しいバージョンを探しているだけだ。彼の愛は、使い捨てのアクリル板のように透明で、そして交換可能だった。


三つ目の点は、静寂が支配する部屋で、暗闇を見つめる莉奈だ。彼女はデバイスすら捨て、自分自身の脳にノイズキャンセリングをかけた。他人の悲しみという「タイパの悪いノイズ」を遮断し、自分だけの「チル」な領域に閉じこもる。彼女にとっての毒は、相手を殺すことではなく、自分の記憶からその存在を完全に「ミュート」することだった。


かつて、平松愛理が歌った『部屋とワイシャツと私』の世界では、愛は重く、湿り気を帯び、時には殺意すら孕む情念だった。しかし、この三人が生きる令和の空の下では、愛は「選択」と「消去」の繰り返しに過ぎない。


「もし、浮気したら……」 そのあとに続く言葉は、もう「毒入りスープ」ではない。 「……あなたの存在を、私の世界からログアウトさせるね」


それが、現代を生きる彼らなりの、最も残酷で最もスマートな決別だ。傷つくことを極端に恐れ、ノイズを嫌い、最短距離で幸福を掴もうとした結果、彼らは「他者」という予測不能な存在を、データとして処理する術を身につけてしまった。


ドローンの赤いランプが、最後に一度だけ激しく点滅した。 全ての記録(ログ)を保存し、視界をシャットダウンするように。


都会の巨大なマザーボードの上で、また一つの窓の灯りが消えた。 明日になれば、彼らはまた新しいアカウントを作り、新しい「正装」を身に纏い、何事もなかったかのようにタイムラインへと復帰するだろう。


その心に、消去しきれなかった「汚れ」が微かに残っていることにも、気づかない振りをしながら。

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