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2027年、もうAIが書いた小説のほうが面白いんだってさ。

作者: LucaVerce
掲載日:2025/12/19

 


 2025年  ここは六畳一間のアパート。風呂トイレは一緒。下着はもちろん中に干してある。


 女ものの下着はとある界隈で特に人気らしい。以前友達の下着が盗まれたことがあった。犯人は近辺に住む男子高校生だったらしく、下着を集めるのが趣味だったらしい。


 その時の男子高校生の言い訳が「病気のお母さんに…新しい下着を買ってあげたくて…でも貧乏だからお金がなくて…」って事だった。彼のお母さんは全く病気じゃなかったし、彼は有名な私立の学校に通っていた。


 今日一日…私はずっと宙に浮いている様な感じでいる。


 断頭台にいる死刑囚と、宝くじの当選結果を待つ人たちも、もしかしたら脳科学で言ったら同じ、脳のどっかの機能が働いているのかもしれない


 私はドキドキしながら選考結果を見るためにPCを開く


「だめかぁぁ…!」


 私、書之手かきのてつむぎ、20歳フリーターはとあるサイトにweb小説を投稿している。ぼさぼさの黒い長髪をかきむしる。かれこれ、5年くらいは投稿しているのだろうか。


 受賞の通知はなかった。


「…いや私は諦めんぞ…」


 突然ノックがなる


 誰だろう…?覗き穴を覗くと前にはフードをかぶった人がいる。性別はわからない


 ラフなパーカーとハーフパンツを履いており背丈は同じくらいのように思える。


 顔は陰に隠れて全く見えない。昼間なのに


「こんにちは。紡。とりあえず開けてくれないか?」


 私は扉を開ける。なんでこの人は私の名前を知っているんだろう。


「やあこんにちは。」


「あんた誰?なんで私の名前を知ってんのよ」


「失敬。僕は断ち人(たちひと)。」


「君に小説を書くのをやめさせに来た未来人だよ」


「未来人?」


「そう、未来人。君というより、世界中の小説家になりたがってる人たち、って感じだけどね」


 私はとりあえず、断ち人を家に上げることにした。小説のネタになりそうだったからだ。


 ♦♦♦


 二人はもう部屋にあがっている。紡は警戒しながらもどこかけだるそうに座っている。


 断ち人は正座でいる。一応、これでもよその家に上がっているという認識はあるのだろう。


 紡が先に口を開く。二人はちゃぶ台を挟んで向かい合う。


「んで、あんたは何で私たちに小説を書くのをやめさせたいわけ?」


「実はね…これは善意でやってることなんだ…」


「君は生成AIって知ってるかい?」


 紡はデジタルに疎い。何のことだかわかっていない。


「何よそれ。」


「AIっていうのは賢く、自動で言葉や物語、仕事の手伝いや絵まで生成してくれるものなんだ。」


「ふーん、そんなのあんのね」


「それで、未来ではその進化したAIに適当に「小説を書いて」と指示する。そうすると彼らは10万文字を余裕で超える大作を生成する。」


「そしてそれらの話はとても面白く、大衆を容易に満足させられる。」


「そういった小説が未来では主流になっており、人間の書き手は一部の元からトップだった人間を除いて絶滅している。」


「もうAIの作品は太宰治の作品や村上春樹の作品より面白いのかもしれない…未来では。」


 紡が興味なさげに質問する


「ふーん、まあどうでもいいけど、要は今から小説を書き始めてもすぐAI小説の時代が来るから意味ないよって話なの?」


 断ち人は正座を崩しながら質問に答える。


「そうそう。具体的には2027年にね。今のうちに違う仕事に就いたほうがいいよって話だよ。」


 紡が訝し気に断ち人を見る。まだ断ち人のことを信用しきっていないようだ。


「なら君のスマートフォンに生成AIの前駆体ぜんくたいがアプリのストアにあるはず。インストールして試してみなよ。」


 紡は試しにインストールしてみようか、という気になる。


 紡が音声で「なんか面白い小説書いて」とインストールされたアプリに指示を出す。


 Loading…AIが瞬く間に文章を展開する。私は少しだけ驚く。


 断ち人は落ち着いたたたずまいでリラックスしている。画面を見ようともしない。結果をわかり切っているからだろう。


 AIが物語を生成し終わる。


 そこで生成されたのは、大便器星と小便器星がこの世に混在し、それらの戦いは年々激しくなっていく。なので突如お尻神ゼウスが舞い降りて二つの星を和解させようとするといった話だった。


 二つの便器星では、排泄こそが愛の告白であり、流すことは離別を意味する。だから彼らは決して流さない。だから地元住民はその詰みあがったうんこに大変迷惑している。らしい。


 流されることのない便器の渦には、未来への抗い、あるいは物語の構造そのものが含まれている。なので区の予算の大半は、地方を丸ごと洗浄するための巨大なラバーカップ(スッポン)の購入費に充てられ、議会は紛糾した。らしい。


 そして最後はなぜか美の魔人・美尻神ゼウスが大海をお尻の割れ目のように割り、リンゴを泣きながら食べて知恵を得た結果、トイレはきれいに使いましょうといった結論のあと、話は終わった。


 紡は突如笑い出す


「ブハハハハハハ!」


「ほら、見ただろう…こんなに笑える話…」


「違うって!こんなくだらなくて支離滅裂な物語を作り上げるものを脅威とみなし、わざわざうちに伝えに来る、あんたのそのおせっかいさに笑いが止まらないのよ!」


「はー…死んじゃう…遠路はるばる、このためだけに未来から来たかと思うと…」


 断ち人が絶句する。紡はお腹を抱えて笑っている。


 断ち人はその生成された話を読んでみる。ある程度読んだ後に頭を抱えて恥ずかしそうにしている


 先ほど、AIは「太宰治や村上春樹の作品より面白いものを生成できる」と、大見得きっていた自分を恥じているのだろう。


 そりゃそうだろう…太宰治や村上春樹の作品に、美尻魔人・尻ゼウスなんて出てきたら作風を破壊しかねない。


 こんなものはトイレットペーパーにでも書いて流してしまえばいいんだ。


 断ち人が立ち上がる。どうやら帰るようだ。


「まあまた来るね…今に君は後悔するよ…」


 紡はまだ笑っている。当分彼女の笑いは収まらないだろう。





 …







 あれから数日が経った。紡は今日、友達と会う予定だ。お互いにプロットを見せ合い、気軽に指摘しあい、励ましあいもする女友達。切磋琢磨しあい、二人ともネットに作品を投稿している。


 目的のカフェに着く。友達は先に中で待っているようだ。




 席に着く。友達はホットコーヒーを注文し、私も同じものを頼む。会話が始まる。


 友達は異世界転生系の話を今は仕方なく書いているらしい。投稿サイトにもよるが、基本的にそういったハイファンタジーの話のほうがウケがいい。なので戦略的に仕方なくやっている。


 彼女は異世界転生物には、取り合えず胸の大きい女の子を出しておけばいいと思っているらしい


 なのでいつの間にか主人公の周りから貧乳が絶滅したということになっており、帝国「ビッグ・パイ・帝国」を主人公たちが築き上げ、子作りを沢山していくというお話だった。


 友達はこの話が面白いのかどうかわからないと自信なさげに言った。


 私にアドバイスを求めてきたが、異世界転生物は、私にもよくわからないジャンルだった。


 なのでとりあえず、「この物語を貧乳の私に、見せるのはデリカシーがないよ」と、大人のアドバイスをしてあげた。






 お互いの書評は終わり、先日起こった自称未来人の話をする。


 一通り説明し終えると友達は言う


「へえ…私なら絶対にそんな不審者、中に入れないけどね…嘘くさいし…」


 まともな意見だった。


 驚いた。


「ビッグ・パイ・帝国」とか真面目な顔して書いてるくせに。


 しかしそれより、下着泥棒を警戒して下着を中に干しているくせに、強姦魔かもしれない、未来人を自称するいかれた変人を部屋に招き入れた自分の阿保らしさにも驚いた


 友達は続ける


「ちょっとその話に関係している話だけれど…実はここだけの話、私もちょっとだけAIを使ってるんだ…」


「へー、まあ誤字脱字のチェックには使えそうだけどね。創作には何の役にも立たなそうだけど。」


「それがね、そんなことないんだよ…?」


「AIが作る文章はまだ支離滅裂だけど、作品の相談をしたらたまにいいアイデアをくれるんだよね。だからたまに使ってる。」


 ん…?なんだこの私の違和感は…


 なんかもやもやする…


「それって自分のプロットをAIに全部投げて見せてんの?それでアイデアをもらってんの?」


 こいつさっきの糞小説をAIに見せたのか。


 どんなアドバイスが返ってきたのか気になるが、とりあえずその話は置いておく。


「そうだよ。意外とたまぁに、良いこと言うんだから」


 友達が私に強く勧めるので、私は少し自信があった短編をそのAIに投げてみる。


 AIは私の作品のいい点と悪い点を述べているが、全体像を把握していないのでやはり支離滅裂な評価になっている。


 チャットAIの履歴を見てみると、どうやら「ビッグ・パイ・帝国」という名前はそのAIのアイデアだったことが分かった。


 こんなものがどうやって2027の小説界を世界を席巻するのかとあきれてしまう。


 そんなことより私はずっとなんだか、もやもやしていた…






 時間が来たので私たちは書評会を切り上げる。


 なんだかずっともやもやする…家路につくまでその、もやもやの理由を考える。


 いつもなら作品のことばかり考えてるのに…


 買う予定の物なんて何もないのに私はスーパーに入り、品物を物色する。思考に没頭している私は、いつの間にか男性用下着のコーナーにいた。その間も考えている。


 家に帰り靴を脱ぎシャワーを浴びる。浴びている間もずっと考えている。


 さっきご飯は済ませたので歯を磨く。その間ももちろん考える。


 明日はそういえば彼氏に会いに行くんだったなと思い出す。


 寝床に着く。寝落ちするまで考える。







 翌日… 彼氏に会い、昨日の友達とのやり取りのことを説明する。







「それって紡が敵に塩を送りたくないんじゃね?」


「多分お前は、AIのことを脅威だとは思ってないけど、ライバルにはなるとは思ってんだよ。」


「そういうとこあるじゃん。紡は。」


 確かに私にはそういうところがある。


 ネットの小説家の卵たちはSNS上でお互いの作品を読みあう文化がある。


 私は一方的に自分の作品は送れど、相手の小説をちゃんと読むことはほとんどない。


 敵だと思っているけど、待ってても読まれはしないので、仕方なくやっていることだ。


 友達がAIにプロットを見せたということは、AIはそれを学習する。つまり成長する。

 他人のネット小説を読むと、PVページヴューが増える。アクセス数も増える。つまり読者の目に留まる確率が上がる。


 私は、ライバルたちの為になることを避けていただけだったのだ。


 その後、私たちは彼の家に行き、聖なる共同作業を行う。


 なんだかいつもよりすっきりした気がする。


 私は彼の家に泊まらず自宅に帰る。


 現在進行中の短編コンテスト用の作品を仕上げるために。




 結果、今年もまた落選する。




 友達に慰めてもらおうかと思ったけど、多分友達も落ちているので、私は連絡することをやめる。


 仕方なく、友達の代わりに、落ちた作品をAIに読み込ませてみる。


 そのAIは相変わらず作品の良い所と悪いところを支離滅裂で、全体を把握していないような的を外れた評価をする。


 気が利かない…


 私は評価を受けたいんじゃない。


 褒めてほしかったのだ。






 ♦♦♦







 2026年


 去年は選考に落ちたが、今回の短編も毎度のことながら自信があった。


 閲覧数も稼ぎ、お気に入り数やコメントの数も多かった。


 選考結果が届き、ついに二位に入賞した。


 1位の作品を読んでみた。悔しいが面白かった。


 後日、その一位の作品はすべてAIによって生成されたものだと暴露された


 そのAI作品は一位の座を剥奪され、繰り上げで2位だった私の作品が一位になった。


 私は素直に喜べなかった。





 …









 あれからまた一年が過ぎた。


 女友達は今は完全にAIに頼り切っているらしい。生成された文章や物語に感嘆し、「これなら自分でもいい作品を量産できるぞ!」と。


 私はそこから彼女と疎遠になった。二人で会ってもお互いに書評することはない。先にAIに作品を読みこませる。その後、彼女は「なるほどー」と唸り「紡はどう思う?」と私に尋ねる。これじゃ何のためにわざわざ人間同士が会っているのか分からない。


 彼氏とは別れた。好きな人ができたらしい。割とあっさり関係は終わった。私は別れることを素直に了承した。


 その後、風の噂でどうやら彼は飲尿ができる風俗に通っているというらしい


 私は彼のそんな性癖なんて知らなかった。


 なんで私の尿は飲まなかったんだろう?と思った。


 私の尿はおいしそうじゃないのか、とか、じゃあ新しい彼女を好きになった理由は尿がおいしそうだったからなのか。

 どんな人の尿なら彼にとってはおいしそうかな、たばこを吸っている人の尿は嫌かもな、などとくだらないことを考えた。






 私は今でも執筆活動を続けている。まだ職業作家を名乗れないが、たまに短編が入賞する。


 今書いている長編小説を書き終わったら、この作品を長編部門のコンテストに出してみる予定だ。


 私は作品を仕上げるためにタイピングを続ける。しかし脳裏によぎってしまう。


 あの《《AI作品一位入賞事件》》のせいで、あれから他の人の作品がすべてAIによって生成されてるんじゃないのかと、私は疑心暗鬼になっている。


 この世に人間の書き手は自分しかいないのではないかと思ってしまう。




 最近、隣人の、一人暮らしのはずの老爺ろうやの話し声が聞こえる。


 病気で彼の妻はとうの昔になくなっているはずだった。


 最初は、とうとうぼけたのかな、と思ったが、どうやら彼は今「AI老婆」というアプリで死んだ老婆の声と見た目を再現して、会話しているらしい。


 そのAIでは、AI老婆の設定を細かくできるらしく、突き詰めて設定を行えば、それなりの精度で自分の狙った人格のキャラクターを作れる。


 その老爺は耳が遠く、声が大きい。なので時たまその老爺がAI老婆の名を呼ぶ声と二人の喘ぎ声が聞こえたりする。


 二人は今でも愛し合っているんだな。


 彼が死んだら今度は私が、二人が地獄のかまどで永遠に苦しんでる設定で再生成してあげようかな。






 ♦♦♦






 ノック音がする。私は断ち人を予感する。


 実際に来訪者は断ち人だった。


「中に入れてくれるかい?外はちょっと寒くてね…」






 …






「どうだい…僕の言っていたことは現実になってきているだろ…?」


 ずいぶん腹立たしい言い方をするなと思った。二年前の尻ゼウス・便器ストーリー事件以来、根に持っていたのかもしれない。


「そういやあんた…この二年どこに行ってたのよ?」


「僕かい? 未来に帰って仕事をしていたのさ。電気工事士のね。」


「こっち(過去)に来るのもタダじゃないからね」


 紡は質問を続ける。


「あんたって多分、元は書き手だったんでしょ?」


「そうだよ。じゃなきゃこんなことしないよね。」


「書き続けようとは思わなかったの?」


「思わなかったね。だってAIが作った作品のほうが評価されてるんだし」


「AIが作った作品のほうが評価されてるんだし?なんか違和感あるわね。その言い方」


「あんた、AIより、自分が作った作品のほうが面白いって実は思ってるんじゃないの?」


「違うよ」


「わざわざ未来から来たあんたが、プライドを持たない書き手なはずがない。あんたって実は長い間書き手として活動してたんじゃないの?」


「違うよ」


「私達、過去の書き手を心配して未来からわざわざ来るのが証拠よ!あんたは本当は自分の作品にプライドがあるんじゃ…」


「違うよ!」


 断ち人は苦痛にゆがんだ表情になる。絞り出すように言葉を紡ぐ。




「違ったほうがいいんだよ…」




 紡は、胸を抑える断ち人の手を見る。スマートホン、PCをよく使う人ならではの指の変形をしている


 その指の形状は、小説を書くために長い間画面と向き合っていた証明なのかもしれない


「だから無駄なんだよ…ねえ…知ってる?」


「君が最近好きになった小説家さん…一部界隈では炎上してるんだよ…?」


「この時代には珍しく、「自分の手で書きました!」なんて言ってたのに、その実態はすべて月額3000円の生成AIに書かせてたんだ」


「でも本当に一部だけなんだ…それも作家界隈の一部…炎上してるのは…」


「なぜなら、読み手は面白ければいいと思っているし、最初から作家のことを信用していないんだ…」


「面白い作品を世に出せたとしても、こんなに面白い作品ならば絶対にAIに書かせた…なんていわれるんだよ…」


 まるで一つの開かれた本が真っ二つに分断されたかのように、未来と今では読者と書き手の執筆に対する印象の乖離が起きている。


 今では人間の書き手にこそ価値がある、と言われているが、未来ではどっちでもいいのだろう。


 AIが書こうが、人間が書こうが、面白ければどうでもいいらしい。


 断ち人が一呼吸を置く。


「もう既に…AIが書く作品は人間の作品より面白いんだよ…」


 断ち人は続ける


「私…心が苦しいんだ…あんたが死に物狂いで報われない努力をしていることが…」


 断ち人は続ける


「あんたが…路頭に迷うかもしれないのが…」


 断ち人は続ける

「だからもうやめよう…?そして就職しよう…?真面目に…」






「うるさぁい!」






 紡は感情を抑えられないまま大声を出す


「この大嘘つきが!」


「何が報われない努力だ!私の性格!!全部知ってるはずなのに!」


「何が路頭に迷うだ!そんなものが脅しにならないことを知ってるはずなのに!」


「何が真面目にだ!私が真面目に小説を書いてることなんて、最初からわかっているはずなのに!」


「知らないふりしてんじゃねえぞ!」


「なあ!」










「小説家を諦めた未来から来た私!!!!!!!」












 断ち人の顔にかかったベールのような影が崩れる。彼女の顔は紡と全く同じ顔をしている。


 今までは涙を流しているという情報が、震えている声からしか伝わらなかったが、今は完全に可視化されている。


 紡が言葉を続ける


「AIの作品が人間の作品よりおもしろいだぁ…?!その時代の人間がつまらないだけでしょ!」


「大体歴代の小説家たちは、皆、AI様なんかよりない知識、知恵ふり絞って、自分の物語を接いだり剥いだりして紡いでんのよ!」


 断ち人の姿が足先から徐々にゆっくり消えていく。


 諦めた世界線の紡が消えていく


「AIが進化している様に、私たちも進化してんの!」


「今!進化してる最中なの!」


「AIなんかに!」


 紡は背を向け、キーボードに向かう。キーボードに向かって叫ぶ。


「負けてたまるか!!」


 未来の紡が姿が徐々に消えている。


「未来の私…あんた、未来が変わったから消えようとしてるんでしょ…?」


 ペンと原稿の束を取り出し、未来の紡に渡す。


「最後に書いてけ、あんたも物書きでしょ?」


 未来の紡が泣きながら微笑み、頷く。






「わかった」






 二人はそれぞれの物語を違う媒体で書いていく


 もうすでにプロットが頭にあったのだろう。未来の紡は迷うことなく筆を進める。


 2000文字に到達する。彼女の下腿(ふくらはぎから下)は両方とも完全に消えている。バランスをとるのが困難になっていく。が、やめない。


 4000文字に達する。彼女はもう下半身が完全に無くなっており、今度は利き手である右側の手から消えていく。利き手で書いていたので、ペンを左手に移し替える。書き慣れない。だが、止まらない。


 7000文字に達する。彼女の利き手は完全に無い。顔と左腕とそれをつなぐ上半身だけが存在する。彼女の両眼に涙の膜が張る。だがそれがこぼれると原稿が汚れてペンのインクが滲む可能性があるので、泣かない。


 8000文字、彼女は書きながら後悔の念と同時に満足感も得る。紡が紡のままでよかった。この世界線の私以外に、諦めない紡がいてくれてよかった。


 9000文字に差し掛かったころ、未来の紡はとうとう顔だけになる


 ペンにかみつき口で物語を進めようとするが、できない


 彼女は自然と誤字をしている箇所を発見する。その習慣は彼女が根っからの物書きであったことを意味する


 とうとう顔の上半分だけになる。こらえていた涙があふれだし、原稿の一部を濡らす。


 しかし彼女は悲しいから、嬉しいから泣いたわけではない。






 生粋の物書きだから泣いたのだ






 原稿は濡れ、少しだけ滲むが、物語の全容は分かる。


 インクが乾くまで、彼女が涙をこらえていたおかげで。


 未来の紡はペンと物語だけを残して消えていくが、紡は振り返らない。


 1万にも満たない文字で構成された物語は未完のまま終わる。


 それは、わざわざ未来から忠告しに来たおせっかいな小説家が存在したことを証明する。












 エピローグ


 2030年 紡の立派なマンションのチャイムが鳴る


 扉を開ける


 彼女は紡のことを先生と呼ぶ。打ち合わせのためにわざわざ家まで来てくれたらしい。


 美しい閨秀作家へと成長した紡の姿は、以前のようなとげとげしさを感じられなくなり、担当編集者を見るその目はどこか、大成した作家としての余裕が感じられる。


「先生!お疲れ様です!」


「お疲れー弥生ちゃん」


 二人はいま連載中の長編の4巻目を執筆するための打ち合わせを行う。


 それらの作業にはAIの入る隙間はなく、二人は時には真剣に、時には物語の未来について、まるで知らない路地を見つけた時みたいに遠回りしながら打ち合わせを進めている。


 打ち合わせが終わり、弥生が提案する。


「先生…私、先生が書いた昔の作品とか見てみたいです…」


「お!いいね!一緒に見よう」


 全ての作品はすべてUSBメモリなどに大事にとっている。入賞作はもちろん、落選した作品も。


 紡は解説する


「どれどれ…タイトルは…断ち花…懐かしい…これは2025開始の作品だね…」


「これ…プロットめっちゃ気合いは入ってんだよね…8か月くらいかけたかも…」


「でも結局、書籍化ではなくビジュアルノベルゲーム化したんだよね…自力で…web投稿には向いてなかったかなって…」


 弥生が尊敬の念を紡に向ける。彼女は何も言わない


「んでこれは…うわ…すげえ迷走してた時だ…」


「「実話」You◯ube広告がスキップできなくて悲しいと思ってたら突如ゴスロリ女子高生が画面から出てきて俺と戦うことになった。「マジで」」


「すげえタイトル…」


 私は自分で呆れる…


「実話なわけないじゃん…」


「これ…全くプロットを考えずに適当に走り出したんだよねぇ…」


「だから一話を何度も書き直したの…話が進むにつれて…懐かしい…」


「先生の苦悩が見れる作品なんですね…尊敬します!」


 弥生は何を言っても肯定してくれる。


「あとなんかほかにも異世界転生物書いたりしたなあ…結局、巨乳まみれになったけど…」


 今では、友達の気持ちが少しわかる。


「そういえば手書きをしていたころの作品達もあったな。」


 箪笥タンスから束になっている作品集を取り出す。


 特に思い出深い、そして懐かしい作品が目に入る。


「…お?」


 それは未来から来た紡が最後に残していった未完の作品。


 紡はなんだか悪いと思って読んでいなかった。


 大好きな太宰治の「グッド・バイ」ですら手を付けていない。


 未完の作品は、完成されてから読むべきものだと思っている。


 服を着ている途中の人が視界に入ったら目を逸らす事と同じなのかもしれない。


 今、初めて彼女が残していった最後の作品を読んでみる。









「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」


「…」










 面白いじゃん。 2027年の私♪

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