肉蕎麦(冷やし)
兼ねてからの約束により、久しぶりに顔を合わせる事となった六月某日。
待ち合わせ場所に珍しく遅れてくる事のなかった友人と共に、昼飯を食べるためにすぐに目的地へと向かった。
JR札幌駅南口を出てまっすぐ南下し札幌大通り公園に入りそこから右折、大通り公園を西11丁目まで噴水や自然を横目にえっちらおっちらと進み、オリンピックシンボルやその横の大きな謎の看板(モニュメントか?)を目印に左折。石山通りを南に1条程南下すると右手にあるのがコンチネンタルビル(北洋銀行が入ってるビル)だ。
JR札幌駅からコンチネンタルビルまで筆者の足で約25分程かかるが、他の交通機関を利用するならば地下鉄東西線 西11丁目駅2番出口から出て右側に進み徒歩3分程、路面電車 中央区役所前駅からはすぐ目の前、徒歩1分といったところで比較的アクセスはいい。
そこが今回の目的地。
外付けされた地下への入り口付近には飲食店の看板とメニューが並ぶ。
店名を確認しつつ、入り口から階段を下りるとその地下1階に「にくそば処 花のれん」はあった。
ここが兼ねてより友人が「一度は行きたい」と所望して止まなかった蕎麦屋である。
さっそく店内に入ってみると、中は広めだが大きなカウンターで大半を占められており、全席カウンター席で15席程。カウンターの外側で客が食事をし、内側で店員が接客や配膳をするというスタイルになっている。
カウンター上には仕切りが設けられ、カウンター内には対面や斜めからの視線を遮るよう大きめの観葉植物が置かれており、他人の目を気にすることなく蕎麦に全力集中できる環境を整えているようだ。
ビジネス街付近の立地という事もあり、客層は主に近隣の会社員だろうか。もしくはホテルも近いので観光客や、この近場に用事がある人間が客として足を運んでいるのかもしれない。
「女性一人でも入りやすい店」を謳っているだけあって、目に付く店員はピンク色の作務衣のようなユニフォームを着た女性で構成されており、客の出入りも流動的で男女問わず気軽に入りやすい印象の店である。
「にくそば処 花のれん」は焼肉屋が手掛けている蕎麦屋である。
…で、あるからしてメインは肉が主役の肉蕎麦。
それもただの肉蕎麦ではなく、創作系肉蕎麦の部類に入るらしい。
筆者は「普通の肉そば」なるものを、そもそも食べたことが無いので比べるべくもないのだが、ラーメンで例えるならば、つけ麺や油そば、まぜそば や冷やし中華の形式に近いのではないかと思われる。
(とはいえ筆者はつけ麺も油そばも まぜそば も食べたことが無く、辛うじて汁なし坦々麺を食した事が一度だけある程度の人間。なのでこの例えも正確とは言えないのかもしれないが、形式としては似ている。)
そんな訳なので、蕎麦に命を掛けているような蕎麦通の人からみれば、眉を顰めてしまうような創作系肉蕎麦なのかもしれないが、なかなかどうして これが本当に美味い代物だったのだ。
すぐに席へと案内された筆者達はお冷とピッチャーに入った水と共にメニュー表を渡された。
暫し…いやかなり迷った末に筆者は「炙りチャーシューのお蕎麦」を頼んだ。
何故それを選んだのかというと、ひとつは暑かったので冷たい蕎麦が良かったからというのと、普通の蕎麦も置いてはいるが、やはり肉蕎麦メインの店でそれを頼まないというのも誘ってくれた友人の手前気が引けたからというのがもうひとつ。
そして最後は値段である。
かなりリーズナブルな店とはいえ、やはり出費は最低限に抑えたい。そんなケチでさもしい心とその中でも自分の口に合いそうなものとを天秤にかけ、考えに考え熟考を重ねた結果導き出された結論が「炙りチャーシューのお蕎麦」だったのである。
ちなみに税込み千円、ピッタリとしていてとてもいい数字である。
なお、筆者の横で友人は「炙り牛カルビのお蕎麦」と共に「やみつきご飯」を頼んでいた。
リッチである。
それ程長く時間を置かず、それぞれの元にそれぞれの頼んでいた肉蕎麦が到着した。
「ご自由に味の調節をして下さい」と友人には酢とラー油の調味料を添えて。
そして筆者にも同じように、霧吹きボトルに入ったレモン汁とラー油が「炙りチャーシューのお蕎麦」と共にやってきた。
霧吹きボトルに入ったレモン汁は初めて見たので、少々面食らったが一旦それは置いておいてまずは実食である。
やはりというか、手始めに箸を向けたのはチャーシューである。
「炙りチャーシューのお蕎麦」というだけあって、その存在感は一段と大きい。
汁がかけられた麺の上に刻んだ海苔と、生姜をすりおろしたようなものと、何かピンクっぽい漬物のようなものが乗っている(正直細部はもう覚えていない)。
更にその上に丸いチャーシューが6~8枚程(これも数が正確か自信がない)円になるよう並べられていた。
チャーシューを一枚、箸で摘み上げて齧ってみる。
汁との兼ね合いなのだろう。チャーシューには薄く味が付いていて、塩気のある味と共に肉の味や肉の旨みみたいなものを感じる。
ほろっと崩れるとか、とろっと溶けるようなタイプのチャーシューではなく、弾力があり噛み応えがあるタイプのチャーシューだ。これはこれで美味い。
納得したので、次は蕎麦に箸を進めてみる。
一応下の方に汁が溜まっているので、下にある麺を掬い上げてレンゲのようなスプーン(検索すると散蓮華というらしい)も使って食べてみる。
──旨い!!
味濃い目の濃厚な汁が、蕎麦によく絡んでいて旨い。
蕎麦っていうのは本来はもっとこう、淡白だったりアッサリしているような食べ物だと思うのだが、肉蕎麦だけに非常に”こってり”としている。
出汁が効いた蕎麦つゆに肉の脂が溶け出しているのか、それともゴマ油が入っているのか、汁に油が含まれている感がある。それでいて酢の酸味も効いているため、感覚としては”サッパリ”もしているのだ。冷たいお蕎麦のため涼感もあり、このサッパリ感の感度も飛躍的に上がっている。
…つまり、こってりとサッパリが同居しているのだ!!何これ旨い!!
何口か夢中で食べ進め、合間にチャーシューを頬張る。旨しっ!
これは食べていて途中で気付いたのだが、この比較的あっさり目で噛み応えのあるチャーシューが実は箸休めの機能を果たしているのだ。
謎のすりおろし生姜やピンクの漬物も、本来は箸休め用の食材として乗っていたのではなかろうか?
結構初手で食べてしまったから、その効果を実感する事は出来なかったけれども。
そしてチャーシュー。
肉が主役と最初から決め付けてかかっていたが、実態はなんと補助的な役割に回っている。
どちらかというと、蕎麦と蕎麦つゆがここでは主役なのではないか?と考えを改め再度蕎麦に挑む。
さて、食べ進めていくとやはり気になってくるのが、レモン汁スプレーとラー油の存在である。
食に好奇心旺盛な友人は、一口食べた段階で早々に酢とラー油をぶっかけていたが、筆者は慎重派なので半分以上食べるまでは手をつける事はなかった。
既に調和が取れているものを崩すという事に抵抗があったともいえる。
…が、やはり気になるものは気になるし、隣の友人も「かけないのか?」としつこいのでようやく満を持して重い腰を上げたのだった。
まずはレモン汁スプレー。
配膳してくれたお姉さんの言では、「勢いよく出てくるから角度や発射位置には気をつけて使ってね!」との事だったので、おっかなびっくり恐々と使ってみる。
レモン汁がだいぶ残り少なくなっていたのと、誤射が怖かったのでかなり傾けてスプレー噴射をしたため最初の数発は不発。
気付いてノズル位置にレモン汁が浸かるよう傾きを調節してどうにかワンプッシュ出来た。
1発だけだとレモン感はあまり感じられなかったが、一応満足したのと誤射が怖いのでレモン汁スプレーはこれで完了。
次はラー油を数滴垂らして食べてみる。
ラー油感と共にこってり感が更に増したように感じられた。
辛味と油が足されて、これはこれで美味い。
今にして思えば、この添えられた調味料は味変のためというよりも、レモン汁や酢でサッパリ感を増し、ラー油でこってり感を増すよう、個人の好みによって調節し飽きないようにしてある工夫なのだという事に気付いた。
その時は全く気にもかけていなかったけれど。
レモン汁スプレーとラー油のイベントを終え、食べ進めて終盤も終盤。
筆者は”また”ある事に気付いた。
要所要所で箸休めとして手を付けていたが、すぐに食べ切ってしまうだろうと思われた炙りチャーシューがまだまだ健在である。
「炙りチャーシューのお蕎麦」なだけあってチャーシューの量が多めなのだろうが、それにしたって不思議だと咀嚼しながら考え込んでいると、ある閃きが降りてきた。
──薄味が付いていて弾力があり、噛み応えのあるチャーシュー。
弾力があり、噛み応えがあるチャーシューなので、筆者はこのチャーシューを一口で食べ切らず、チャーシュー一枚に対し二口に分けて食べている。
そして蕎麦二~三口に対し、チャーシュー二分の一というリズムで筆者は食べていたので、チャーシューがなかなか減った感じがしないというカラクリになっていたわけである。
これがほろほろ崩れたり、溶けるようなチャーシューであればそうはいかない。
これも肉蕎麦屋の工夫と計算の内なのか?
どこかこの肉蕎麦屋に底知れないものを感じながらも、残りのチャーシューを平らげ、名残惜しげに汁に沈んだ蕎麦を掬って食べたり、散蓮華で汁を飲む事数回。
ようやく満足したので箸を置く。
一応追い飯(汁と蕎麦を少し残し、そこに白飯を投下して食べるプラン。油をたっぷりと含んだ濃い目の汁とご飯が絶妙にあうのだそうだ)なるものもあるのだが、筆者はもう満腹となっていたのでここで投了。
ご馳走様とすることにした。
伝票は昼食時だからなのか元々個別に(しかも一人一人可愛い重しが乗せられており、友人の重しは座っている宇宙飛行士だった)置かれていたので、会計はもたつく事なくすんなり個別会計へ。
料金も税込み価格なので、会計時に値上がりすることなく何とも心地よい。
こうして美味しい満足感と、新体験・新感覚を味わった興奮と共に友人と店を後にしたのだった。
冷たい蕎麦の涼やかさの中に、上に乗せられたチャーシューの脂(ゴマ油?)が、甘さのある蕎麦つゆの中にこってりと溶け出し、そこに酢がサッパリとしたアクセントを加え、こってりとサッパリのマリアージュが一皿の上に成り立って手打ち蕎麦に絡みつき引き立てている。
とても、とても美味しい肉蕎麦であった。
友人との総評では、最初お蕎麦なので足りないのではないか?と思いきや、油分摂取の満足感と腹に溜まる満腹感があり、結果として当初の予測よりも食べ応えがあったというのが共通見解となった。
ちなみに会計時、千円以上で百円引きの期間限定クーポンも貰えたのでお得感もあった。
尚、余談ではあるが、チャーシューをこんなにたくさん食べられた事に感激した旨を筆者が友人に伝えると、友人からは「チャーシュー麺ならチャーシューがいっぱい食べられるよ」と返された。
…確かに。
そうか、チャーシュー麺はチャーシューがいっぱい乗せてあって、いっぱい食べたい人用のラーメンだったのかと改めて気付かされたが、しかし果たしてチャーシュー麺を食べたとて、チャーシューを序盤から中盤に食べ尽くしてしまって最後には残ってないのではないだろか?とも思ってしまう。
筆者が本当に言いたかったのは、最後までチャーシューが残る構造の事であって、そこには製作者の大いなる計算が隠されていたのではないか?という事だったのだが、その時はうまく言語化できなかったのが悔やまれる。悔やまれるから今こうして書いてるのだが。
更に余談は続く。これも書いている途上考えたのだが、何故店名は「にくそば処」なのか?である。
ここには経営者の意図が大いに篭められているように思われる。
肉そばであれば他店が提供している肉そばと変わらないし、初めて店を訪れる人もそう受け取りやすいだろう。
故に、平仮名で「にくそば」。
他とは違う。新しい創作肉蕎麦を提供している、その一線を画すという明確な意図と強い意思を込めての「にくそば」表記なのではないだろうか?
筆者はなんとなく、そう感じてしまった。
以上が筆者の肉蕎麦 食レポである。
もし近辺にお立ち寄りになる際は、食事先の候補の一つに「にくそば処 花のれん」を加えてみてはいかがだろうか?
たまには美味しい創作肉蕎麦を食べてみるのも一興となるはずである。
~~~ ~~~ ~~~
ここからは余談どころか蛇足である。
さて、食べ終えて数時間後、口の中で肉蕎麦を思い出す感覚があった。
そして数日のうちに「また食べたい」という欲求が湧いてきたわけである。
しかしそう何度も足を運べるわけではないので、…で、あるならば自宅で再現とまではいかないが似たようなものを作れないかと考えたわけである。
用意したものは、蕎麦(乾麺。生麺でもいいと思われる)。
めんつゆ、酢(無かったのですし酢)、ラー油、揚げ玉、…以上である。
とりあえず、つゆ(甘み・塩味)、酢(酸味)、油分があれば、だいたいそれっぽくなるのではないか?と素人ながら考えた。
蕎麦を茹でている間に、濃縮めんつゆに水を足し、更に酢を味見しながら適量いれてみる。
酸味が感じられれば良しとし、そこに揚げ玉を適当に入れ、茹でた麺を流水でよく冷やしてから水をよく切って、つゆをいれた器に投下。
ラー油をかけて揚げ玉も何となくもう一回加えてみて、めんつゆに浸かっている下の側の麺を上への返して食べてみる。
感想としては…。
「…それっぽい」
ラー油風味が出過ぎてる感はあるが、なんだかそれっぽい仕上がりになった。
多分本来であれば、ラー油よりゴマ油やラードなどの肉の脂を使ったほうが更にそれらしさがでるのかもしれない。
もしくはひき肉のそぼろなんかを入れてみるとか。
しかし結構満足のいく出来となったので、筆者としては充分といったところである。
きっとそれっぽいレシピは、もう既に他の人が考案して細かい分量まで出していそうだが、この夏にお勧めである。
もし宜しければ、ポイント・ブクマ等お願いします~