1.英雄
セレスティアの荒野は、風が唸りを上げるだけの寂れた大地だった。かつては緑が溢れ、川が流れ、鳥がさえずる豊かな世界だったが、エイドスが砕けた日から全てが変わった。空は厚い闇に閉ざされ、太陽の光は届かず、乾いた土と砕けた岩がどこまでも広がっている。レオンは革のブーツで砂を踏みしめながら歩き続けていた。20歳の傭兵は、背中に大剣を背負い、無言で荒野を進む。口数が少ないのは、話す相手がいないからだ。10年前、彼は故郷を追われ、以来、孤独に慣れていた。剣の重さは、彼にとって唯一の確かな存在だった。風が彼の髪を乱し、乾いた唇に砂が当たる。彼は目を細め、遠くの地平線を見つめた。何かがある気がした。傭兵としての勘が、彼に微かなざわめきを伝えていた。彼は立ち止まり、風の音に耳を澄ませた。
砂塵が舞う中、彼の鋭い視線が荒野を切り裂くようだった。
その日、彼の足が止まったのは、風に運ばれてきた微かな輝きに気づいたからだ。砂に半ば理もれた小さな結晶。膝をつき、手で掘り起こすと、それは掌に収まるほどの大きさで、淡く青い光を放っていた。「何だ、これは...」と呟いた瞬間、結晶が強く輝き、彼の手から離れて宙に浮いた。そして、次の瞬間、それはレオンの背中の大剣へと吸い込まれるように消えた。剣が熱を帯び、低く脈動するような振動を伝えてきた。彼は剣を抜き、刃を見つめた。柄の紋様が浮かび上がり、淡い光を放っていた。「何が起こってるんだ?」彼は剣を手に持つと、その熱が手のひらに染み込むのを感じた。風が一瞬止まり、静寂が彼を包んだ。彼は剣を握り直し、目を閉じた。すると、頭の中に声が響いた。「世界でただ一つの光を求めなさい」
レオンは剣を構え、周囲を見回した。だが、荒野には風の音だけが響き、誰もいない。彼は首を振って剣を鞘に収め、再び歩き出そうとした。
だが、その時、遠くから叫び声が聞こえてきた。
「助けて!誰か!」女の声だ。レオンは声の方向へ目をやった。岩陰から現れたのは、黒いローブを纏った少女と、それを追う数人の兵士だった。兵士たちの鎧には、帝国「ヴァルグレン」の紋章が刻まれている。一瞬、迷いが彼を立ち止まらせたが、少女が岩に躓き、倒れそうになるのを見て、彼は走り出した。風が彼の背を押し、砂がブーツに跳ねた。
大剣が風を切り、一人の胸を貫いた。血が砂に滲み、二人の首を跳ねる。三人目が槍を突き出すが、レオンは身を翻してそれを避け、剣の柄で頭を叩き潰した。戦闘は数瞬で終わり、五人の兵士が砂に倒れた。彼は剣を振り払い、少女の方へ目をやった。彼女は岩に凭れ、息を整えていた。長い黒髪と知的な瞳が印象的で、穏やかな声には芯の強さがあった。「ありがとう...あなたが来てくれなければ、私は...」
「礼はいい。たまたま通りかかっただけだ」とレオンは冷たく返すと、剣を鞘に収めた。だが、少女は怯まずに近づいてきた。彼女のローブには星を象った刺繍が施されており、手には古びた羊皮紙の地図が握られていた。「私はミリア。ミリア・ルナリス。星詠みの民の末裔よ。お願いがあって、近くの遺跡まで連れてってくれない?そこに、世界を救う鍵があるかもしれない」
「世界を救う?」レオンは鼻で笑った。「そんな大仰な話に興味はない。俺は傭兵だ。金にならない仕事は受けない」と彼が言い、風に目を細めた。
ミリアは首にかけていた古びた首飾りを手に取った。銀色の鎖に吊られた小さな石が、微かに光を放つ。「これが報酬よ。価値はわからないけど、私には大切なものだから」と彼女が差し出した。風が彼女の髪を揺らし、彼女の瞳に決意が宿っていた。
レオンは首飾りに目を留めた。石が光った瞬間、剣が再び熱を帯び、脈動した。彼は眉を寄せたが、それを無視して首を振った。「そんなもので雇えると思うなよ」と彼が言い、背を向けようとした。
「お願い!」ミリアの声が鋭く響いた。「この世界は、エイドスが砕けた日から死に続けてる。エーテルの欠片を集めれば、再びエイドスを一つにできるかもしれない。私はそれをじてるの」と彼女が訴えた。彼女の声には、星詠みの民としての誇りと切実さが混じっていた。
追手の足音が近づき、レオンは舌打ちした。「話は後だ。生き延びてから聞く」と彼が剣を抜いた。追手の数は十人。レオンはミリアを背に庇い、剣を振るった。一人目の槍を弾き、二人の腹を切り裂く。三人目が横から襲いかかるが、彼は身を翻して首を跳ねた。四人目と五人目が同時に突進してきたが、レオンは剣を地面に突き立て、衝撃波で二人を吹き飛ばした。残りの五人はミリアを狙ったが、レオンが間に立ち、大剣を振り回して一掃した。砂塵が舞い、静寂が戻った。血の匂いが風に混じり、彼の肩に微かな痛みが走った。
「すごい..あなた、ただの傭兵じゃないんだね」とミリアが息を吐き、彼を見つめた。彼女の瞳に驚きと尊敬が浮かんでいた。
「さっさと遺跡へ案内しろ」とレオンが背を向けると、ミリアが慌てて後を追った。
彼女は地図を手に持つと、風に目を細めた。
岩山の麓にたどり着き、ミリアが地図を指差した。「ここよ。遺跡の入り口はあの岩の間にあるはず」と彼女が言った。岩の隙間に風化した石門が半ば埋もれており、ミリアが手を触れると、首飾りの光が石門に伸びた。石門が軋みながら開き、暗い通路が現れた。レオンが剣を構え、中を覗くと、壁には星詠みの民の壁画が描かれていた。星々が輝き、エイドスと呼ばれる巨大な結晶が描かれている。「これがエイドスよ。300年前、英雄たちが私欲でその力を乱用し、砕けてしまった。それがセレスティアの荒廃の原因なんだ」とミリアが説明した。彼女の声には、歴史への敬意と悲しみが込められていた。
通路の先には広い部屋があった。中央には祭壇があり、小さなエーテルの欠片が浮かんでいる。
ミリアが近づくと、欠片が彼女の首飾りと共鳴し、光を放った。「これが最初の欠片よ!」と彼女が喜びを声に出した。だが、その時、部屋の奥から黒い霧が溢れ、エーテルの呪いに侵された魔獣が現れた。狼のような姿で、赤い目が光り、異様な咆哮を上げた。「下がれ!こいつは俺がやる」とレオンが剣を構え、前に出た。
魔獣が飛びかかり、レオンに爪を振り下ろした。
大剣が毛皮を切り裂き、黒い血が飛び散るが、魔獣は反撃してきた。爪がレオンの肩をかすめ、血が滲んだ。彼は痛みを堪え、剣を振り回して首を狙った。刃が命中し、魔獣が崩れ落ちた。
「大丈夫!?」ミリアが駆け寄り、レオンの肩を押さえた。彼女の手が震え、彼の血に触れた。「大したことない。欠片を取れ」とレオンが剣を鞘に収め、息を整えた。ミリアが欠片を手にする瞬間、剣が強く脈動し、彼の心に声が響いた。
「お前が鍵を握っている」




