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062:いきものの流れ着くところ 9


 自動車を転げるように降りると、駅前の広場に避難してきた市民らが身を寄せ合っている。

 その中に白髪の人影を認めて、リンナは息を止める。

 駅舎は内側からの圧力を受けて屋根や壁が破壊されており、大きな爆発が構内で起こったことを窺わせた。

 足早に近づいてくる一団を見咎めて、青年が腰を浮かせる。見知った顔がこちらを見て、驚きを浮かべる。


「リンナさん!」

 ヘレックの呼びかけに、リンナは手枷ごと合図をすることで応えた。

 それからヘレックはアルラスに視線を移し、「旦那様」と躊躇いがちに声を発する。

「規則のことは、今は良い。ありがとう」

 アルラスは先んじてヘレックの肩に手を置くと、入れ違いに歩き出した。白髪の少女がこちらをじっと見ていた。


 彼女は他の市民から離れた街灯の足元にうずくまっている。足を怪我しているようで、手当ては傷を覆うだけの簡単なものだったから、ヘレックがやったのだろう。

 彼女はリンナの姿に気付くと身を縮めた。

 同じ顔だけど、もっと年下だ。十代半ばといったところで、額や頬の擦り傷から血が滲んでいる姿が痛々しい。


 猿轡と手枷を外されて、リンナは軽く腕を揺すった。一息つくと、顎を上げ、威圧的に声を発する。

「駅の爆発を仕掛けたのは、あなた?」

 国外の共同体で使われていた言葉で話しかける。かなり訛りが強い言い回しだから、周りで聞いていた大半が聞き取れなかったろう。


 少女は怯えた表情で頷いた。あの村にいたときとは違って感情が豊かに見えるのは、博士の影響下を抜けたからだろうか。

「博士はどこにいる?」

 彼女は小さく首を振って、消え入りそうな声で「分かりません」と答えた。


 分からない?

 リンナは片手の指を絡めて印を結んだ。自白の呪文を唱えようと口を開くと、まだ幼さを残した顔に恐怖が浮かぶ。


 ヘレックが目を見張ってこちらを窺う視線が気になった。これではまるで自分が悪者みたいだ。

 ……鼻から息を吐くと、リンナは指を開いて両手を挙げた。姿勢で表明する。あなたには何もしない。


 かがみ込んで少女と目線を合わせる。

「博士の目的が何かとか、聞いたことはある?」

 そもそも今回博士が王都を襲っている動機が分からないのだ。

 順当に考えれば、集落を攻撃されたことで怒髪天を衝き、反転攻勢に出たとみるのが普通だが、それにしては攻撃が散逸しすぎではないか?


「分かりません」と少女はまた答えて、それから躊躇いがちに俯いた。

「わたし、ただ、駅に行って混乱を起こせって言われて」

「混乱?」


 後ろに立っていたアルラスが繰り返す。リンナも同じ単語に眉をひそめた。

 人を攻撃して、できるだけたくさん殺してやろうとか、そういう意図ではないのか?


「……でもそれは、前からそうか」


 リンナは顎に手を添えて呟いた。

 初めて博士について聞いたとき、説明してくれたイーニルはなんと言っていた?


 ――五、六年ほど前から、各地の博物館や図書館などが襲撃されている。そのどれもが、呪いや古代魔術と呼ばれる、昔の魔法技術にまつわる品々が所蔵されていた施設だ、と。


「博士は本当に、本国を侵略することが目的なのかしら」

 零れた一言に、アルラスが眉を上げる。リンナは立ち上がると、腕を組んだまま駅前広場をうろうろと歩き出した。


「できるだけこちらに損害を与えたいなら、地方の博物館を爆破するより先に、もっと大勢が集まる繁華街とかを狙った方が効率的だわ。でもそうじゃなくて、二百年前の品々が保管されている場所を狙っている。……なにかを探している?」


 それならどうして彼はこのタイミングで大規模な攻撃を指示したのか。

「目的のものの在処が、分かったから」


 ではその目的の品とは何だ? だいいち、自分で歩けもしない博士が、どうやってその品の所在を知ることができた?

 博士が新しく情報を得るとしたら、どこからだろう。博士の情報源は限られているはずだ。一体どうやって……。


 リンナははたと足を止めた。

「……私から?」


 何の話だ、とアルラスが厳しい声を出す。問いかけを黙殺して、リンナは目を閉じて思い返した。

 博士と話したとき、なにか不自然なことはなかったか?

「私、博士のところに言ったときはまだ昼間だったのに、砲撃を受けたときはもう夕方になっていたわ」


 博士に呼ばれて歩いているあいだ、日が照っていて暑かったのを覚えている。

 破壊された集落の姿が、夕陽に照らされていたのも覚えている。


 それほどの長話をした覚えはない。時間が飛んでいるのだ。

「なにか記憶を消されている。博士は私から何かを聞き出して、それをきっかけに攻撃を決断した」

 リンナはゆっくりと瞼を上げた。黒煙の上がる空を睨みつけ、顎に手を当てて沈思する。


 ややあってアルラスを振り返ると、彼はリンナを初めて見たような顔で半歩下がった。

「レイテーク城へ行きます。手配してください」



 ***


 狭い転移装置を抜け出すと、リンナは懐かしさに息が詰まりそうになった。

 本来はアルラスのみが使用できるよう作られた、軍本部とレイテーク城にある彼の私室を繋ぐ直通の装置である。これを急遽改修し、リンナも転送できるよう設定するのに少々の時間がかかった。


 アルラスの部屋からは物が消え失せていた。斜陽が射し込む室内を見回して、言葉を失う。

 がらんとした空間からは、彼が本当に人生を閉じようとしていた形跡が窺えた。

 一歩先に城へ転移していたアルラスは、ばつが悪そうに頭を掻いている。再びここに来る予定ではなかったらしい。


「旧都側の湖岸に舟はなかったそうだ。それに、ヘレックが言うには、城門は君と同じ体を持った来客は全員通してしまうらしい」

 だから、博士は既に城内に侵入している可能性が高い。


 転移装置を誰でも使えるように改修することは得策ではない。装置を通じて軍本部に入り込まれる危険性がある。他の兵は通常の経路通り、湖の向こうからまさに今駆けつけてきているはずだ。近隣の船舶をかき集めたと聞いた。


 しかしまだ援軍は到着しておらず、レイテーク城は耳鳴りがするような静けさに包まれていた。

「俺は制御室へ向かう。君は?」

「予定通り、書庫へ」

 アルラスは頷いて、足早に扉へ近づいて一息で扉を開けた。まさかちょうど居合わせるはずもないけれど、廊下が見えるまでの数秒は緊張が走った。


 人気のない廊下へ首を出し、左右を確認する。それぞれの行き先は城の中でも反対方向である。

 視線を感じて、リンナは顔を上げた。アルラスはじっとこちらを見下ろし、形容しがたい表情をしていた。困惑と心配が大半を占めている顔だった。


「……リンナ」と彼は静かな声で呟いた。

「俺は正直、君がどうなろうと別に知ったことではないし、君がいなければ計画を変えることなく万事が進むから、何なら少し邪魔だと思っている」


 冷淡な言葉を吐きながら、アルラスはおずおずと手を出して、頬に触れる。リンナは黙ってその手のひらを受け止めた。

「でも、何となく、言わなければいけないと思うから、言っておく」

 瞬きをして続きを促した。彼の表情には困惑がますます大きな割合を占める。


 自分でも納得がいっていない眼差しで、アルラスは一言だけ告げた。

「どうか無事で」

 はい、と頷く自分の声が、遠く聞こえた。頬にあてられた手の上に、そっと手のひらを重ねた。

「分かった」

 不穏な空気を感じ取ってか、彼の表情には束の間緊張が走る。


「でもね、もし私が、怪しい動きを見せたら、そのときがあったらね、」

 一度息を吸って、リンナは薄く微笑んだ。


『躊躇をしないで』


 とんと背を押すと、アルラスがつんのめるように廊下へ出る。リンナは片手を振り、彼に背を向けて歩き出した。


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