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呪術臨界点 -年上夫を呪い殺すための基礎研究-  作者: 冬至 春化
8章

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055:いきものの流れ着くところ 2


 一秒おきに尻が浮き、三秒おきに体が反対側の壁まで滑る。天井の真ん中には申し訳程度に小さな明かりが取り付けられているが、ろくに表情も窺えないような代物である。

 棺桶みたいな外見の印象通り、中はただの箱でしかなく、捕まる場所もない。


「信じられない、なんて乗り心地なの!」

「リンナさん、喋らないで! あなたは舌を噛んだら死にますから」


 サリタの懐で窘められて、リンナは大人しく口を閉じた。

 サリタは長い体を折り曲げ、背中と足で突っ張ると、リンナとナァナをそれぞれ抱えたままため息をつく。


「それにしたって、窓のひとつもないなんて」

 もごもごと文句を言うと、ナァナがこれ見よがしに「現代人だなあ」と呟く。

「二百年前の馬車は、屋根のひとつもありませんでしたよ」

「それはそうなんだけど」


 実のところ、自動車に乗るのはこれが初めてになる。以前にアルラスやヘレックが熱心に語っていたが、魔術で物の運搬を行うなら、汽車のように決まった道筋に乗る方法が最も効率が良いらしい。

 魔術で自在に動く自動車は、現状では馬車の運搬効率を超えないという。


「王都の観光地を走ってるみたいな、お洒落で乗り心地がいいやつがよかった……」

 思わず追加で不満を漏らすと、また尻が跳ねる。

 外は全く見えないため、砦までどの程度の距離があるかは分からない。が、それほどかからないはずだ。



 揺れる車内で三人ぴったりと抱き合っていると、頭上からひび割れた雑音がざざ、と数秒続いた。

『……これから大きく揺れる。喋らないようにしなさい』

 素っ気ない一言に、リンナは目を真ん丸にした。

「閣下!」

 思わず叫んだ、それから一呼吸もおかないうちに、前方から強い衝撃を受けてリンナたちは車内でもんどり打った。

 ナァナが悲鳴を上げてひっくり返る。

 体を起こすより先に、再び車両が激しく揺れた。


 右に、左にと、大きく傾くのを繰り返す。まるで波に揺られるような周期だが、明らかにだんだんと傾きが大きくなっている。

「……揺れるっていうか、なんか、横転しそうじゃない!?」

 大人しくしろと言われたのも忘れて、リンナはサリタにしがみついて叫んだ。


「横転しそうというか、僕たち……たぶん襲われています!」

 砦の前を埋め尽くす不死者の集団を思い返して、血の気が引く。そういえば、出入り口の前には、ちょっとした暴動では済まない人数の不死者が道を塞いでいるのだ。


「まさか、あの人だかりを力尽くで押し切る気?」

 無茶にもほどがある! リンナは目を剥いた。

 想像したくないが、この縦揺れは恐らく、無数の人間をなぎ倒しているものだろう。



「今なお残っているのは、不死者の中でも特に肉体の損傷に強い者ばかりです」とナァナが呻く。

 それでは、たとえ一度車の下敷きになっても、すぐに復活して襲いかかってくるわけだ。

『ええい、きりがない! 大砲の準備をしろ!』

『馬鹿なことを仰るな、貴方の娘と思しき女が蒸し焼きになるぞ』

 どうやら砦の内部も紛糾している雰囲気が聞こえて、リンナは首を竦めた。

(お父様だわ)


 最後に顔を合わせたのは、大学に入るより前だろうか。父の短絡的なところは相変わらずらしいが、物言いには気になるところがあった。

『あんなのは娘ではありませんし、私は奴がどうなろうが知ったことではありません』


(魅了が解けている)

 リンナは苦々しい思いで顔をしかめた。(エルウィと同じだわ。私はあのとき記憶操作と魅了を同時にかけた。忘却のトリガーは、特別なものは使わなかった)


 髪を触る。地毛の白い髪だ。

 リンナの幼い頃、父の目に入っていたのは、この髪色だけだったろう。さぞかし強く印象に残っていたはずだ。

 だから、映像内で、リンナもしくは同じ顔の誰かを見て、全て思い出したのだろう。



『あれは自分の意思で国外へ出たらしい。となれば我が国で保護する理由もあるまい。この期に死に損ないどもに食わせておけばよかろうかと』

 それにしたって、昔よりさらに酷い。父は元々気性の荒い人だし、相手を敵と定めれば理解を遮断する節があったが、随分と悪化したようだ。

(十年以上も、私が本来の人格を抑えつけていたんだから、無理もないか)


 ぐらりと、また自動車が大きく傾く。胸に手を当てて言い聞かせる。

(全部、私が始めたことだ)

 反対に傾き、頭が引っ張られるような感覚に襲われる。


 怒ってはいけない。父は悪くない。そりゃあ娘が両親のどちらとも似ても似つかなかったら、驚きもするだろう。

 だから恨んではいけない。曲がりなりにもこの歳になるまで育ててもらったのだし、親に対して、こんなことを考えてはいけない。


 大きく揺れる車内で、虚空を凝視したまま身動きひとつしなくなったリンナを、ナァナが不安げに見上げる。

 はぁ、とため息が僅かに聞こえた。

『……軍人としての貴方には一目置いている。その上で言わせてもらうが、貴様は見下げ果てた男だな』

 薄暗い車内で、リンナは目を瞬いた。


 劣悪な音質で声を聞いているだけなのに、アルラスの表情までもが瞼の裏に浮かんだ。

『よくもまあ、民間人かつ自分の肉親にそんなことが言えるな。どういう了見をしているんだ? しかも呪術師に対してその態度、怖い物知らずにもほどがある』

 命拾いしたな、とアルラスの捨て台詞が聞こえてから、父の声はしなくなった。


 リンナは瞬きを繰り返した。痛快だと思うより先に話が済んでしまった。

 思わず変な笑いが込み上げてくる。

 あの人は、もう何年も、ずっと手足を縛ってきた鎖を、こんなにも容易く、やすやすと引き千切ってしまうのだ。

 そういう人なのだ。



 車両はほとんど前進をやめてしまった。

 砦の内部では未だに話し合いが紛糾している。

『門を開けろ』

『しかし、この状況では……』

『想定よりも妨害が多い。横転する前に不死者ごと車両を迎え入れる。迎撃準備を』


抑揚のない指示に対して、『危険です、閣下!』と悲鳴が上がる。

 外が見えなくても、事態はおおよそ察せられた。この車は、上にも横にも、下にも不死者たちがしがみついているのだ。

 このままでは砦に入ることができない。


『鎮静剤はすぐに用意できるか』

『できますが、あの数の魔獣を完全に制圧できるかは怪しいです』

 緊迫したやり取りに、こちらの息が詰まってくる。


 リンナは膝を打った。なるほど、鎮静剤。

 再生力に優れた不死者が相手では、通常の武器では通用しないということだ。


「……私にやらせてください。身体の損傷が効かない相手の対処は、呪術の範疇だわ」

 通信機の向こうの声が、水を打ったように静まった。その場にいるわけでもないのに、刺すような沈黙だった。

 エディリンナ、とサリタが袖を掴む。


「国境を越えたことに関しての咎は甘んじて受けますが、国外に出て分かったこともたくさんあります。少なくとも今、この地上に私より優れた呪術師はいません」

 少々のはったりに、握りしめた指先が震えた。


「私が不死者を無力化しますから、その隙に砦へ車両を入れてください」

 ようやく我に返り、異論の声を上げ始めた背後の面々とは対照的に、アルラスの返答に躊躇の色はなかった。

『これより、車両および不死者を門の二重扉の間に誘い込む。前室はそれほど広くない、不死者は最大でもせいぜい四十人程度だろう。制圧できるか』

「可能だと思います」


 言葉尻が震えているのは、聞こえてしまっているだろうか。ナァナの手を強く握りしめながら、リンナは挑むようにスピーカーを睨みつけた。

 そうか、とアルラスが答えた。


『ならやってみろ』

 はいと答える前に、車両は一気に速度を増した。壁に押しつけられながら、リンナは額に手を当てて息を吐いた。


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