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呪術臨界点 -年上夫を呪い殺すための基礎研究-  作者: 冬至 春化
7章

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048:古道をゆく 4


 寝泊まりをする場所は用意してもらえているらしい。

「本国と比べてしまうと、どうしても原始的な生活になりますけど……」と、ナァナはいささか自信なさげな口調だ。


「確かに古い感じはするけど、過ごしやすいように工夫されているのがよく分かるわ。見ているだけで楽しい」

「わたしも、久しぶりに帰ってきましたから、何だか博物館にでも来たみたいな気持ちです。あんまり大きな声じゃ言えませんけどね」

 片目を閉じるナァナに噴き出した直後、突然背後から硬いものが頭にぶつかった。


 頭を押さえて振り返ると、腕を振り抜いた姿勢のまま、三人の子どもたちがこちらを睨みつけている。

「人形は、あっちの谷を越えちゃならないって決まりのはずだろ!」

 訛りが強くて、咄嗟に何を言われたのか分からなかった。手のひらにぬるりとした感触があり、一瞬戦慄する。投げつけられたものが生卵だと気付いて安心した。


 ナァナが前に出て「やめなさい」と居丈高な口調で制するが、子どもたちは顔を見合わせ「あんた誰」の一言で一蹴してしまう。

 手についた黄身を払い落とし、リンナは遠慮がちに腰をかがめて目を合わせた。

「あのね」

 そう声を発した瞬間、遠くから駆け寄ってきた大人が子供たちを抱きかかえてリンナから引き離す。


「十年ぶりの挨拶で申し訳ないけど、ナァナ、()()をうちの子に近づけさせないで」

 母親が噛み付くように言うと、ナァナの眉がきゅっと下がった。

 ナァナは落ち着いた口調で「久しぶり」と答えて、リンナを指し示す。

「こちらはエディリンナさん。わたしが頼んで、はるばるここまで来てもらった呪術の研究家なの。失礼な口を聞かないで」


 一瞬にして口調が変わった。二百年に渡って文化が隔絶されていたから当然だが、こちらの喋り方は酷く聞き取りづらい。

 ナァナは二百年前から生きている、と言っていた。どうもこの集落では立場のある古株のようだ。面白いものを見る気分でリンナは一歩下がる。


「でもその顔、谷向こうの人形と同じじゃない」

「事情があるの。だいいちリンナさんが本物の人形だったとしても、卵を投げつけるなんてよした方が良いと思うけど」

 ナァナが一喝して、こちらを振り返った。リンナは微笑んで気にしていないと伝える。


「初めまして」と、両手を挙げて呪術を使う気はないことを表明した。

「これから、不死の呪いを解くための研究を始めようと思うんです。もし良ければ、調査にも協力していただきたいわ」

 子どもを庇うように後ろに回し、親は警戒を解くことなく厳しい目を向けてくる。まずは、ここで馴染むことが先決そうだ。



 親子が去って行ったあと、リンナは子どもたちが指し示した「谷」とやらに顔を向けた。

「博士と、その配下の人形たちはあちらで生活しているんです。サリタの声を思い出していただければ分かりますけれど、色々と問題がありましたから」

 ナァナが肩を竦める。話はこれで終いだと言わんばかりに歩き出すが、リンナが視線を動かさないのを見て眉根を寄せた。


「……エルウィがね、サリタと博士の両方が、私を呼んでいるって言っていたの」

 ナァナは露骨に嫌な顔になる。リンナを博士に近づけたくないらしい。


 それでも、博士に聞いてみたいことは沢山あった。何の目的で私の身体をこんなにしたのか。博物館に残したメッセージの意味はなに? 昔の呪術師ってどんな風だったのか。

「おすすめはしません」とナァナが更にしかめ面になる。「異常者ですよ」

 うんと頷いて、リンナはゆっくりと歩き出した。



 森の中の共同体の住人はおよそ八百人。人数の割に規模が小さな集落だと思ったが、不死者が大半を占めるため食料生産の必要がないという。

「嗜好品なんですよね、食べ物は」

 食事を摂らないと餓死するリンナのために、貴重な家畜を捌くよう住人に頭を下げてくれるナァナには頭が上がらない。


 机の上に皿を並べながら、ナァナが目を伏せる。

「でも、たとえ飲まず食わずでも、寝なくても起きなくても死なないとしても、生き物としてあるべき生活を手放したら、何かが狂ってくると思います。わたしはね」

 そうね、と頷いた。アルラスの顔が思い浮かぶ。あの人はそういうところを心得ているひとだった。


 こちらへ来てから既に三ヶ月ほどが経つ。髪や肌や指先は前より荒れたけれど、生活には随分慣れた。

 今日は初めて子どもたちと話をすることができた。みんな純粋で活発で、リンナの話に興味津々な様子が可愛かった。

 今日話したのは八、九歳といった見た目の五人組で、年齢も見た目通りだという。


「……不死者は、子どもを産むのね」

 生き物だから当たり前だ。そう頭では分かっていても、心が追いつかない部分があった。

「無責任だと思われますか?」

 リンナが言わんとすることを察したのか、ナァナは苦笑する。

「事実、私たちの人数は増える一方です。この集落に暮らす人間のうち、優に九割がここで産まれました。独立して別の共同体を作ったひともいます」

 そうなの、とリンナは頷いた。


 すこし外を歩けばすぐに分かる。この集落に、老人は存在しない。

「不死の親から産まれた子どもは、身体が成長しきったところで老化が止まるのね」

「仰る通りです」


 二十代程度に見える男女が大半を占める景色は不思議な感じがした。未成年の少女の姿をしたナァナを見ると、すごく幼く感じられる。ナァナは不死の呪いをかけられた時点で身体が止まっているのだ。


「二世以降ではない不死者の中にも、種類があるみたい。対象者の身体をその時点の状態に維持しようと働くものもあるし、どんな傷も全部治してしまうものもあるわ」

「旦那さまはどちらだったんでしょうね。古傷とかってありました?」

「えっと……」

 言い淀むと、ナァナは水差しを手に取りながらさらりと続けた。


「あ、でもお二人はそういった関係はありませんでしたから、見てないか」

「ちょっと! 下世話よ」

「言っておきますけど、わたし、洗濯担当メイド」

「もっと下世話」

 睨みつけるリンナを意にも介さず、ナァナは平然と器に水を注いで差し出す。


「まあ、あの人のそうした態度は尊敬に値しますよ」と彼女は窓の外を見やった。お隣は一歳になる赤ちゃんがいるそうだ。元気の良い泣き声が風に乗って聞こえてくる。

「二世以降の子は、だいたい身体の成長が止まった頃に子どもを産んで、我が子が自分と同じ見た目で成長が止まるのを見て気付くの。自分と自分の子どもに、この先途方もない時間が待ち構えているって」

 平坦に語るナァナの顔つきは老成していた。


「たまに、森から外へ出るひとがいます。砦を攻撃しに行く人もいます。自らの権利を主張するために戦っているけれど、心のどこかでは、終わらせてほしいって思ってるんじゃないかな」

 リンナはぼんやりと相槌を打つ。


 不死者に課せられた人生は、想像の及ばない壮絶さがあるらしい。

 望んで不死になったひともいるし、望まないのに死なない身体にされたひともいる。

(呪術師が排除されるのも、不思議な話じゃないわ)


 博士がいるという谷の方へ顔を向ける。ナァナは会わせたくないようだが、いつかは顔を合わせなければならないと思った。


 ***


 果たしてその日はすぐに訪れた。

「こんにちは、エディリンナ」

 あてがわれた家の扉を開けたところに、同じ背丈の女が三人並んでいた。


 うっかり玄関先に三面鏡でも放置したかと思った。自分と同じ顔である。唯一違うのは髪色くらいだ。

 咄嗟に半歩下がって家に入ろうとするが、扉を掴んで制止される。腕力が同等なら三対一では勝ち目がない。

 抵抗するリンナを眺めて、真ん中の女がにこりともせずに告げた。

「先生が、いい加減、挨拶に来たらどうだと仰っています」


 目でナァナを探すが、彼女は今日は朝から集落内の揉め事があったとかで出払っている。リンナはしばし逡巡して、「分かった」と頷いた。

「歩きやすい靴に変えるから、すこし待って」

 そう言って玄関に引き返す素振りで、体を反転させる。


『硬直』

 隙を突いて呟くと、同じ顔をした三人はゆっくりと地面に倒れ込んだ。めいめいの頭を支えて玄関先に寝かせてやりながら、リンナは視線を感じて嘆息した。

 遠くの崖の上から、こちらの様子を窺う白髪の少女がいる。あちらも幼い頃の自分と同じ顔。


(……行かないわけにはいかないってわけ)

 遠目にも分かるよう大袈裟に降参の姿勢を取って、リンナは肩に鞄をかけて歩き出した。


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