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呪術臨界点 -年上夫を呪い殺すための基礎研究-  作者: 冬至 春化
6章

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043:歴史の足音 9



 リンナへ


 君がこの手紙を読んでいる頃には、俺は既にこの地上にはいないだろう。


 賢い君のことだから推測はついているかもしれないが、不老不死の人間がこの世に存在するという事実は社会にとって望ましいことではない。

 十年以上前から建設が進められていた収容施設が少し前に完成したため、今後はそちらで暮らすことになる。俺の身柄は恒久的に国の管理下に置かれる。市民の立ち入りは不可能だから、君と会うことはもう二度とない。


 これまでのようにレイテーク城での生活を続けることはできないため、城は閉鎖する。ゆくゆくは国の文化財として登録される予定だ。


 閉鎖に際して、ロガスたちは解雇という扱いになる。原則として連絡を取ることのないように頼みたい。


 君は晴れて自由の身となる。

 経緯が経緯だけに、生涯にわたって監視はつくだろうが、君が妙な動きを見せない限り決して生活には介入しないだろう。


 加えて、君の戸籍から婚姻歴を消去するよう指示してある。俺が施設から出てくることはないから、何も気兼ねしなくてよい。



 俺が初めて君のご実家を訪問した日から、今日までのことは、ぜんぶ夢か何かだったと思って忘れてしまいなさい。

 正直に言うと今でも呪術の研究はやめてほしいと思っているが、どうせ言っても聞かないから諦めている。君の人生だ。


 君が、やりたいことを、やりたいようにやって、長生きしてくれることを心から願っている。


 できれば、子を産むなり、著作を残すなりして、君の生きた証を後世へ残していってほしい。そう思えば多少は慰めになると思う。


 君が来てから毎日本当に楽しかった。短い間だったが、この身体になってからの二百年の中で、いちばん楽しい日々だった。良い土産になった。


 ありがとう。

 事後報告となった不義理を許してほしい。



 ロルタナ・アルラス・アドマリアス拝



 追伸


 旧都にある俺の墓に、君のおすすめの花を植えてください。

 できれば、しっかりと根を張って、毎年咲くやつがいい。



 ***


 旧都を出入りするのに鉄道を使うのは初めてだ。


 山々の隙間を縫って鉄橋が延びてゆく。昼間ならさぞや鮮やかな新緑が見られるだろうが、既に日は暮れて景色はろくに見えない。

 リンナは額に手をやって目元を隠したまま呻いた。


「この手紙、何なの」

 まるで遺書みたい、とはあんまりにも縁起が悪くて言えなかった。


 声が揺れたことには気付かれただろうか? この距離では気付かないはずがなかった。

「何て書いてあったか知りませんけれど、わたしの予想通りなら不死者の収容計画について書いてあったんじゃないですか?」

 レピテは挑発的な口調で答えた。リンナは手を下ろし、じっとりと頷く。


「書いてあるままですよ。不死者を封印する計画が進んでいるんです。旦那さまは、自身もその対象に入れている」

 会うことは二度とない。そう記された文字列を指で撫でた。レピテがでっち上げた可能性も疑ったが、紛れもなくアルラスの手跡である。


 リンナはかぶりを振ると、気を取り直してレピテを睨みつけた。

「……あなたは誰で、何の目的で私に同行を要求するの? だいいち、私と同じ顔のあの女は何なの?」

 矢継ぎ早に問いかけると、彼女は手のひらで犬を宥めるような仕草をした。


「ナァナと申します。レピテ・オーミロは金で買った名前で、本物は今頃どこかの田舎で別の仕事をしていると思います」

 レピテ改めナァナは折り目正しく一礼した。ナァナは昔よく使われていた名前だと聞いたことがある。

「あなた、今いくつ?」

「ちょうど例の戴冠式があった年に生まれたんです。だから、二百……七歳かな?」


 リンナはぐったりと背もたれに寄りかかった。こんな近くに不死者がもう一人潜んでいたなんて!


 汽車の二等席に他の乗客の姿はなく、車掌は少し前に切符を確認して通り過ぎていった。ため息をついてナァナを睨みつける。彼女は平然と窓に写る自分を見ている。

「十四のときに親に売られたんですよね。その頃は不死の呪いの研究が盛んで、被験者を提供したらお貴族様が凄まじい金を出してくれたみたい」


 リンナは口を噤んだ。ナァナの口ぶりに悲観的なところはないが、当時の傷は彼女の芯の芯まで達しているようだった。

「不死の呪いというのは、死の呪いを反転させたときに偶然生まれたもの……なの?」

「そうですね」とナァナが頷く。


「でもそれは、谷ひとつ超えた先の的の中心に矢が刺さるかどうかみたいな……術師の腕前を前提とはするけれど、運による要素が大きい手段です。だから、主流になったのは、やはり呪術ひとつひとつの組み合わせで不死の呪いを作り出す手段でした」


 言いながら、ナァナは窓辺の木枠のささくれに指の腹を当てた。一瞬眉をひそめると、素早く指を引く。親指の腹にぷっくりとした血液が膨れ上がり、筋になって掌底へと流れてゆく。

「わたしの体にかかっているのは、不老不死の呪いではありません。言うなれば不老だけ。大怪我をしたら死ぬかどうかは……試さないと分かりませんけど」

 言う通り、ナァナの指の傷はしばらく見守っていても一向に治る気配を見せなかった。


 リンナは目を丸くしてナァナの手を掴む。ナァナは微笑んで血を拭い、傷口を見せてくれる。

 こうして見てみると、彼女が通常の人間と違う証拠なんて何も見つからない。異常なのは、彼女が二百年前のことを訳知り顔で語るくらいだ。


「呪術師はみんな処刑されました。不死者は壁の向こうにやられた。国内に残った不死者は、ロルタナ公……旦那さまひとりだけ」

 車内販売のカートが近づいてきて、ナァナはそこで一旦言葉を切った。愛想良く販売員に声をかけて、飲み物と菓子を購入する。味覚は子どもらしい。


 たっぷり砂糖が入ったジュースを一息で半分ほど飲み干し、ナァナは足を組んだ。

「十年くらい前に、休戦交渉のために侵入してきたんです。旧都に行ったら、古いお城に謎めいた金持ちが住んでいるっていうでしょう。これ絶対ロルタナ公じゃんって。それで、何とかしてお城に潜り込んで」

 現代の若者文化に染まりすぎたのか、ナァナの口調はよくいる十代の少女そのものである。


 彼女が買ったクッキーをひとつもらう。値段の割に大したものではないが、腹の足しにはなった。

「なかなか確証は持てなかったですけれど、よく観察するとやっぱり、傷がすぐに治っていたり、歴史的な事件についてすごく当事者みたいな顔してたり、変に世間知らずだし……わたしが一度髪の毛を赤く染めてきたときなんて、驚きすぎて椅子から落ちてましたよ。リンナさんが来る前の話ですけど」

 それは見たかったが、脇道の話である。



「休戦交渉」と復唱すると、ナァナは謎めいた笑みで頷いた。

「皆一様に国外へ追放されたものの、我々も一枚岩ではありません。けれど、単独で大っぴらに行動すれば、すぐに本国の攻撃に晒される。ですから、我々は意志の近い者同士で共同体を作って暮らすようになりました。大まかに分けてふたつ――」

 ナァナは指を二本立てた。


「融和派と急進派です」

 彼女がどちらにあたるかは聞かなくても分かる。


 指先についた食べかすを容器の上で払い落として、ナァナは鼻を鳴らした。

「五十年くらい前に、一度、休戦にこぎ着けそうなときもあったんですよ。でも急進派に阻まれて、上手くいかなかった」

 向こうには向こうの政治的な駆け引きがあるらしい。リンナは背筋を伸ばして頷いた。


「急進派って?」

「昔の呪術師の生き残りです」と彼女はあっさりと答える。

 リンナは目を見開いた。耳の裏がざわりと立ち上がるような興奮を覚えた。


「生き残りが、いるのね?」

 大きな声を出さないようにしたら、逆に囁き声になってしまう。

「どんなひとなの」

「フェメリア・ウォゼルベルっていう昔の呪術師の一番弟子だとか、」

「やっぱり、フェメリア門下生が、まだ生きているの?」


 そんな場合ではないと分かっているのに、熱のこもった口調になってしまう。不適切な例えだが、雑誌で見ていた舞台俳優などを初めて直接見たときの感動に近かった。

 伝説の中にしかいないと思っていた存在が、同じ地平上にいるのだ。


「そんな良いものじゃないです」

 ナァナは片眉を上げてこちらを見ると、うんざりした顔で鼻を鳴らした。

「生き残りというか、死に損ないというか」

 リンナの顔を見て、彼女は唇を動かさずに呟いた。


「あなたにも無関係の話ではないと思いますよ」


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