1話 ビッチなヒバリ
ここは魔法が存在する世界。科学技術と同じように発達を続けた魔法は、今では一般的なものとなっていた。魔法は世間一般で広く使われ、生活に溶け込んでいる。
そんな世界で、若夏カイは、今日いよいよ高校に入学する。カイはいかにも根暗そうな見た目をしていた。ボサボサの髪に、視線を隠すための重い前髪、そして厚い眼鏡。
目立たない地味な見た目のカイは学校に着くと、ゆっくりと教室に入り自分の席に座った。
カイの入学した学校は、札幌市にある札幌第一魔法学校だ。偏差値はそこまで高くなく、色々な生徒が玉石混交で存在している。
カイは運良く中学からの友達の、秋澄ハクロがいるのを見つけた。ハクロは茶髪のイケメンだった。
「ハクロ君、同じクラスで良かったー」
「カイも同じクラスだったのか! またよろしくな!」
カイとハクロは音楽の趣味が一緒で、中学の頃から仲が良かった。カイとハクロが話で盛り上がっていると、教室の空気が一気にざわついた。
二人は何事かと辺りを見回した。するとクラスの全員が教室の入り口に目を向けていた。カイがそちらに目を向けると、絶世の美人が立っていた。
その美人は綺麗な金髪で、スラッと背が高く、そして巨乳だった。
「みんな、おはよー!」
その美人は教室に入ると、そこにいる全員に向けて明るく挨拶をした。そしてその美人は自分の席に向かい、すでに出来た友達と話をしていた。
「すげぇ美人だな! ラッキーだな、カイ!」
ハクロはクラスメイトに美人が来たことを素直に喜んでいた。そしてその喜びをカイと共有しようとした。
「あれ、カイ? どうかしたか?」
しかしハクロに話しかけられたカイは、心ここに在らずといった感じだった。ハクロがカイを観察すると、カイは先ほどの美人をずっと見ていた。
カイは美人のクラスメイトに見惚れていた。カイは一目惚れしてしまったのだ。カイは生まれて初めて恋をしたのだった。
そしてカイがその美人に見とれていると、担任の教師が入って来た。そして自己紹介が始まった。
順番は進み、とうとう件の美人の番になった。
「あたしは春宵ヒバリ! これからよろしくね!」
ヒバリは元気良く自己紹介をした。そんなヒバリにお調子者のクラスメイトが早速質問をした。
「はい! ヒバリちゃんはどんな人がタイプですか?」
「うーん、そうだなー。体の相性が良い人がタイプかな!」
ヒバリの答えに教室はざわめいた。一方で答えたヒバリはあっけらかんとしていた。
「こら、ヒバリ! 飛ばしすぎ!」
「あれ? そうだったかな」
ヒバリの回答に、友達の風花ツララが注意した。そしてヒバリの自己紹介の番は終わった。その後もつつがなくクラスメイトの自己紹介が続いていった。
しかしカイはヒバリから目が離せなくなっていた。カイは自分の番に何を言ったのかも覚えていなかった。
自己紹介が終わると、自由に交流できる時間になった。するとヒバリの周りには大きな人だかりが出来ていた。
ヒバリは質問責めにされていた。それをヒバリは笑顔で楽しそうに対応していた。
「ヒバリちゃんは彼氏とかいるの?」
「今はいないよー」
ヒバリの回答に、群がっていた男子たちの歓声が上がった。ヒバリがフリーだとわかったため、自分たちも狙おうと思ったのだ。
「どんな男がタイプなの?」
「そうだなー、髪は短めで清潔感ある人が好きかな。あと運動できる人もいいよね。それからちょっと筋肉があったら嬉しいかも!」
ヒバリは具体的に男性の理想像を答えた。それを遠巻きに聞いていたカイは、自分と全く真逆の男が好きだとわかり、何もしていないの失恋した気分になっていた。
そしてそんな質問を聞いていると、自由時間が終わり、教師によるガイダンスの説明が始まった。そしてその日はそれが終わると下校となった。
帰り道、凹んでいるカイをハクロが元気づけた。
「そんな凹むなって。また次の恋があるさ」
「ありがとう、ハクロ君……」
※
翌日、一晩寝てもカイは凹んだままだった。そんなカイにさらに追い打ちがあった。学校に行くとある噂が流れていたのだ、
「ヒバリちゃん、もう彼氏が出来たらしいぜ」
「本当かよ? 相手は?」
「イケメンなチャラい先輩だってさ」
この噂を聞いたカイはさらにショックを受けた。自分が勝手に負けた気になっている間に、ヒバリにアタックを仕掛けた人がいたからだ。
それなら自分も玉砕覚悟で告白すればよかったと思ったのだ。
「なんつーか、ドンマイ」
ハクロはカイに掛ける言葉が見つからなかった。そのため気休め程度の言葉しか掛けられなかった。
入学して初めて生まれた恋心はあっけなく砕け、凹んだまま数日を過ごしていると、ハクロがカイの元に駆け寄ってきた。
「カイ、良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「それじゃあ、良いニュースからお願い」
「なんとヒバリちゃん、彼氏と別れたらしいぞ!」
「本当!?」
「本当だ。学校中で噂になってるぞ」
カイはまだ自分にチャンスがあるのではないかと嬉しくなった。
「あー、それで悪いニュースなんだが、ヒバリちゃん、別の男と付き合い出したらしいぞ」
「えぇー!?」
カイの心は乱高下した。一気に喜びと悲しみが訪れたことで、情緒が不安定になった。
「どうやらヒバリちゃん、ビッチらしいんだ。中学の頃から男を取っ換え引っ換えしてたみたいだぞ」
「そ、そうなんだ」
「まあ、諦められて良かったじゃないか! 女の子はヒバリちゃんだけじゃないからな」
ハクロの言葉にカイの心中はグルグルとしていた。初めての恋を諦めて、新しい女の子を探すのか。
カイの中を色々な選択肢が浮かんできた。しかしカイの答えは決まっていた。
「ハクロ君、でも僕諦められないよ!」
「おい、本気か!? 相手はビッチだぞ!?」
「ヒバリちゃんくらい可愛い子は、そりゃ引く手数多だろうさ。それを勝ち取らないといけないんだ!」
「付き合っても、すぐ捨てられるかもしれないんだぞ?」
「ヒバリちゃんを満足させる立派な男になってみせる! そうすれば捨てられないよ!」
カイの決心は固そうだった。
「昔から変なところで頑固だよな」
カイと中学からの付き合いのハクロは、カイに頑固な一面があるのを知っていた。
「ハクロ君! 僕を格好良くして!」
「別にそれはいいけど……。相手はビッチだぞ? 本当にいいんだな?」
「うん! お願い!」
ハクロはカイが見た目を変えたいというのを手伝う気はあった。しかしそれがビッチなヒバリのためなのが引っ掛かった。
だがこうなったカイはもう譲らないことをハクロは知っていた。カイの恋心の本気さに押されたハクロは力を貸すことにした。
そしてその日からカイの見た目は変わりだした。
「まずは髪型だ! そんな陰気な髪はダメだ!」
ハクロからのアドバイスとヒバリの好みを両立する髪型をカイは探した。
「近場の床屋じゃなくて、おしゃれな美容院に行け!」
そしてハクロの勧めでオシャレな美容院で髪を切ってもらった。そしてカイはボサボサの伸びっぱなしの髪から、ベリーショートのスポーティーで清潔感のある髪になった。
「次は眼鏡だ! コンタクトにしろ! それだけで印象は一気に変わる!」
カイは眼科に行きコンタクトを作ってもらった。そしてそれを付けるようになった。
「最後は体だ! 一緒に筋トレとランニングするぞ!」
ヒバリの好みの男性は筋肉がある人らしいので、カイは体作りも始めた。辛く弱音を吐きそうになったカイだったが、ハクロの助けとヒバリの理想の男性像になるためという目標のおかげで、何とか続けることが出来た。
そして季節は少し進んで六月になり、風が暖かくなり始めた頃、カイの見た目は大きく変わっていた。
ハクロほどではないが、イケメンと呼んで差し支えないほどのルックスになり、ヒバリの言っていた理想の男性像に近づけていた。
教室に入ると、カイは女子から視線を集めるようになっていた。それほど見た目が格好良くなったのだ。
しかし肝心のヒバリとの関係は何も進展していなかった。
「どうすればヒバリちゃんと仲良くなれるかな?」
「そこまでは知らん」
カイがハクロと見た目を変えている間に、ヒバリは付き合っては別れてを繰り返していた。そして今はフリーになっていた。
チャンスのはずだが、奥手のカイはヒバリに話し掛けることが出来なかった。
「何て話しかけたらいいんだろう?」
「わからん」
こうしてカイは悶々とした日々を過ごすのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回更新は1月20日の21時です。