【ホラー】怖い噂の作り方
「夏のホラー2024」参加作品です。テーマは「噂」。
■登場キャラクタ
サタ巷説研究室:噂を扱う特別な所。
サタ :サタ巷説研究室の室長。活字好き。
ミズチ :若手の室員。パソコン担当。
■注意書き
・オリジナルのホラー小説です。
・変則的な怖い話に挑戦してみました。
・怖さが分かりにくいかもしれません。ご了承下さい。
古びた扉のガラス部分には"サタ巷説研究室"と鈍い金文字で書かれていた。
「室長、新しい依頼が来ました。」
その扉をカチャリと開け、助手のミズチが手紙を掲げて中に入ってくる。
書類の詰まった棚がいくつも並べられた部屋には、年代物の事務机が二つ置いてあり、その片方の机の向こうで老年の男が本を読んでいた。
「どこからだい?」
室長と呼ばれたサタは、本から目を離して尋ねた。
「井戸さんです。」
ミズチの返事を聞いて、サタの頭の中に幾つかのキーワードが浮かぶ。
「井戸さんには怖い噂が沢山あるよね?」
「そうですね。」
「まさか、また新しい噂をご所望なのかい?」
「その通りです。」
それを聞いてサタは片手で額をペシャリと叩いた。
「他に要望は書いてあるかな?」
「話題になるようなものが良いそうです。皆が喜んで噂するような。」
「難しい依頼だね。」
サタが首を捻っていると、ミズチは書類が入っている棚から資料を探し出し、中身を確認する。
「井戸さんのこれまでの噂の一部です。」
ミズチは一番手前の紙に書かれた内容を読み上げた。
「定番は番長皿屋敷ですね。井戸の中から一枚二枚と皿を数える女の幽霊が夜な夜な現れるというものです。」
更に紙を捲る。
「近頃では、画面の中の井戸から長い黒髪の女が出てきて呪われる話の方が有名かもしれません。」
その他の細々とした噂についても付け加えた。
・井戸は死の国に繋がっている。
・夜中になると井戸の中から声が聞こえる。
・夜中の十二時に井戸を覗くと未来が見える。
・誰も来ないような場所に何故か井戸だけがある。
・枯れ井戸の中には何かが住んでいる。
・ある井戸の水に顔が映らない人間は近いうちに死ぬ。
一連の内容を聞いてサタは更に眉根を寄せた。
「かなりの噂があるから、新しいものと言われても考えるのが大変だよ。」
「今は井戸が身近なものでは無いですしね。」
ミズチも相槌を打ち、しばしの沈黙の後、一つの提案をした。
「今ならSNSを使った噂なんてどうですか?」
「えすえぬえす?」
「簡単に言えばインターネットです。一瞬で不特定多数に情報を発信する事も出来るし、インターネット上の繋がりを通してデータを共有出来ます。」
まだピンときていないサタにミズチは説明する。
「例えば、呪われた井戸の画像が送られてきた人は、三日間以内に別の人へ同じ画像を送らないと不幸になる、みたいな事が簡単に出来るんです。」
「それって不幸の手紙と同じじゃないのかい?」
「そうですけど、インターネットだと世界規模で送れるんです。しかも一枚の切手も使わずに。」
「良く分からないけど、凄いんだね。」
サタは情けない顔で、ミズチを頼るように見た。
「そういうのは君に任せて良いかな?」
「室長はパソコンが苦手ですもんね。」
「どうにもね。」
サタはミズチの机にある薄くて二つ折りが出来る機械を眺めてため息を吐く。
「分かりました。そっちは僕がなんとかします。」
「頼もしいよ。ありがとう。」
サタは礼を言った後、話題を元に戻した。
「じゃあ、肝心の中身を考えようか?」
「画像か動画を使ったものが良いですかね?」
二人は一緒に考え始めたが、先に口を開いたのはミズチだった。
「肉眼では見えない井戸、というのはどうでしょう?」
「どういう事だい?」
「カメラを通さないと見えないんです。」
「なるほど。特定の条件によって見えるわけだ。」
興味を示したサタがサタが話を進める。
「カメラを通すだけだと今までにもあるから、それ以外の条件も加えた方が良いかもしれないね。」
「確かに。それにその方が面白そうです。」
「だとしたらどんな条件にしようか?丑三つ時にカメラを覗く、なんて言われても今の人は分からないだろう?」
「言葉自体は聞いた事はあるし、検索もすぐ出来ますが、馴染は無いでしょうね。」
「ありきたりだし、時間以外の条件にしようか。」
サタの言葉を聞き、またしてもミズチが閃く。
「カメラに条件を付けるのはどうでしょう?」
「呪いのカメラかい?」
「そんな感じです。カメラに儀式をする事と、そのカメラで覗く事で、井戸が見えるようになるんです。」
「良いかもしれないね。それなら皆が試したくなりそうだ。」
更にサタは付け足す。
「それから井戸を探す動機も欲しいな。」
「見えない井戸の話を聞いたら、宝探しをするみたいに面白がって探してくれるんじゃ無いんですか?」
「実際に行動を起こさせる強いきっかけが無いとね。」
「なるほど。」
「例えば、その井戸は願いを叶えてくれる、というのはどうだい?」
「え!願いを叶えるんですか?」
「噂がある程度まで認知される間、本当に叶えても良いかもしれないね。もちろん小さな願いに限られるけど。」
「それなら井戸を探したくなりますね。」
サタとミズチは意見を纏めると、次の話へ移った。
「それから噂に信憑性を付けたいな。」
「ただ情報を発信しても、読み流されてしまいそうですからね。」
「何か事件でも起こそうか?」
「良いですね。それなら注目も集められそうです。」
ミズチはSNSを使った方法を提案する。
「呪いの井戸を見つけた動画を配信しましょう。ライブ配信なら臨場感も出ますし、そこで怪異が起これば話題になると思います。」
「それで、どんな怪異を起こそうか?」
「やはり怖いものが良いですね。」
とは言え、新しい案は中々出ない。
「ありきたりですが、井戸に落ちるとか?」
「だけど、ただ井戸に落ちても事故と変わらないよ。」
「そうですね。井戸があれば中を覗くとは思いますが、自分で落ちたりはしませんよね。何もないのに落ちるのも不自然だし…。」
しばらく考えていると、資料を見ていたサタが発言する。
「それなら女の幽霊に引き摺り込まれるというのはどうだい?井戸と女の幽霊は関連深いから不自然では無いだろう?」
「なるほど。興味本位で覗き込んだら、そこには女が…というやつですね。」
「定番だけど、怖いものは怖いだろう。」
そこまで決まると、細かい内容はまた後で話し合う事にして、今までの内容を確認する事にした。
しかし、サタはある箇所で思考が止まる。
「女の幽霊については心当たりがあるから良いとして、問題は…」
「犠牲者の方ですね。条件の合う人間を探すのが大変かもしれません。」
「今までなら肝試しの若者なんだけど、それもなあ…」
「可能なら動画配信者が良いですね。ライブ配信を見た人が拡散してくれる事も多いし、動画が残れば時間差で噂が広がる可能性もあります。」
ミズチはパソコンで条件の合いそうな配信者を探してリストを作り始めた。
段々と具体的な事が決まってくると、ミズチがふと不安を口にする。
「意外と大掛かりになってしまいますが、上手くいきますかね?」
その問いにサタはのんびりとした口調で返す。
「まあ、上手くいかなかったら、いつものように地道に噂を広めるだけだよ。だからあまり気負わないで大丈夫だよ。」
その答えはミズチをホッとさせた。
「結局は昔ながらの方法が一番確実という事ですか。」
「それが我々の仕事だからね。」
「じゃあ、僕は候補者の下調べをしてきます。」
張り切って出かけようとするミズチにハザマは声をかける。
「最近は物騒だから気を付けるんだよ。」
そんなサタの心配にミズチは微笑んだ。
「平気ですよ。どうせ私達の姿は人間には見えないんですから。」
そう言って、ミズチは古びた扉を開けて真っ暗な闇の中へ消えていった。
後日、とある動画配信者が溺死体で発見された。
死亡時刻と思われる頃、被害者は怪しい井戸を見つけたというライブ配信をしており、その動画は「助けて!」や「引き摺り込まれる!」という声と悲鳴、そして井戸に落ちる場面で終わっていた。
しかし死体が見つかったのはビルの屋上であり、近くに井戸など無い。
その為、化け井戸として世間の関心が集まった。
化け井戸は、カメラやスマホに赤い目の印を描くと見る事ができ、捧げ物をすると願いが叶うという。しかし井戸の中を覗いてしまうと、女の幽霊に引き摺り込まれて殺される、という噂が広まった。
おしまい。
お読み頂きありがとうございます!
紆余曲折した作品です。
何かが普通ではない雰囲気を楽しんで頂けたら幸いです。