事件当日 昼②
「一体どういうことだァ! 説明しろ!」
「何よそれ何よそれ何よそれぇ!? えぇ!? 私もなの!? なんで高貴なるこの私まで殺されなきゃならないのよ!?」
「命令です! 早く仔細を説明しなさい!」
ニクソン、ダリニア、クボルは声を荒げ、ヒューゲルとガイアスは険しい表情で沈黙。
アーノルドは俯いたまま、ビクビクと身体を震わせている。
皆がその眸に絶望を湛えていたが、理知的な態度を貫いていたクボルが見せた明らかな怒りの表情が印象的だった。
「俺は礼拝堂でミネルヴァと会話し、その際に彼女が言ったんだ。『勇者ミネルヴァは何故彼ら王族を殺したのか?』『勇者ミネルヴァはどうやって彼らを殺したのか?』『勇者ミネルヴァとは一体、何者なのか?』この三つの問いに対する正しい解を三日目の日没に提示するように、もし回答を誤った場合に人類を皆殺しにする、と」
「――ガイアスッ! あの結界が壊せないというのは誠なのかッ!?」
「あぁ。礼拝堂を覆う何かはおそらくミネルヴァ・マーズの固有魔法『見えない結界を張る魔法』を、同じく固有魔法『任意の物を絶対に壊れなくする魔法』で強化したものだ。だが魔法陣が無く、魔力も感じない。理由は分からないが何らかの固有魔法で魔力を隠蔽していると考えていいだろう。アレがある限り、ミネルヴァ・マーズに近づくことすら叶わない」
ニクソンは淡々と語るガイアスの言葉に唇を噛み、「クソッ……!」と吐き捨てる。
「ねえ貴方騎士でしょ!? 強いのよねぇ!? だったら早くどうにかしなさいよ!? 何の為に高い給料を払っていると思ってるのよ!? もし私が殺されでもしたらどうなるか分かって――!?」
喚き散らすダリニアだったが、ガイアスの威圧的一瞥に押し黙り、
「イヤああああああああ――ッ!!!」
絶叫しながら頭を掻き乱す。
もはや協議すらままならない空気の中、
「……アポロ君。一ついいかい?」
ヒューゲルが口を開き、俺は同意を込めて頷く。
「君は先ほどミネルヴァ・マーズが人間という前提で王を殺した方法を考えなければならない、と言っていたと思うけれど、君が聞かされたという三つの問いの中には『何者なのか?』という問いがある。それなのに彼女が魔物だという可能性を捨てる理由はなんだい?」
ヒューゲルの質問の意図は何故ミネルヴァ=人間という前提で話を進めようとしているのか?ということだろう。
当然、根拠はある。
「それはミネルヴァが俺に考える時間を三日も与えているからだ。仮にミネルヴァが魔物だとした場合、どうやって王族を殺したか、という問いは考えるまでもない。正体、方法は明らかで、検討するとしても動機くらいだが『魔物だから』としか言いようがなく、もはや考える余地が無い。つまり、ミネルヴァは魔物じゃないからこそ、猶予と議題を与えた、と考えるべきだ」
「ふむ。筋は通っているようには思えるけれど、そう考えるよう仕向けられている、という可能性は?」
「ミネルヴァの意図が分からない以上、それは当然ある。だが、誰でも簡単に思い至るような回答を焦って提示すれば、三日という期限を待たずに俺達は皆殺しだ。騎士団長の話だとこちらから武力行使に出る術はなく、ミネルヴァも三日間の安全は保障してくれている。俺達は捨て置くべきほどにあり得ない可能性をあえて検討していく他に選択肢はないんだ」
苦々しい表情ながらも頷くヒューゲル。
すると、「平民風情がペラペラと……!」クボルが侮蔑を込めて言った。
「アポロ・ウルカス! 貴公を出頭させたのは稚拙な推論を披露させる為ではなく、ミネルヴァ・マーズを殺させる為です!貴公の考えなどどうでもいい!早く中の状況を報告しなさい!」
まくし立てるように叫ぶクボルに、俺は強い嫌悪感を覚える。
これまで偉そうに講釈を垂れていたジジイが、いざ自分の命危うしと気付いた途端に狼狽したのだ。
ヒステリックに騒ぐダリニアをさも自分とは違うとでも言いたげな目で見ていたクセに、何も変わらないじゃないか。
「さっきからアンタは処理だの殺すだのと言ってるが、ミネルヴァは百を超える固有魔法を持つ歴代最強の勇者だぞ? 一方の俺は見ての通りしがない冒険者。それも固有魔法は自分には使えない回避系だ。俺が中の状況を話せばアンタにこの戦力差を覆す画期的な戦術をご教示いただけるのか? バカは休み休み言えよ」
「貴様ァ……!!」
激昂したクボルが枯れ枝のような腕で机を叩く。
「なんだ? 反論できるならしてみろ?」
老木の威嚇を前のめりに見つめ返し、嘲笑を含めて言う。
すると、「おい」と右から野太い声。
「年長者に対し無礼だぞ」
ガイアスがこちらを向かずに言った。
「……報告をお願いするよ。アポロ君」
ヒューゲルの言葉に頷いて、話し始める。
「状況はアーノルドが報告したものとほとんど変わらない為、要点だけ話す。まず、王族の死体は全て教壇に並べられていたが、カイロス国王を除く死体はどれも切り取られた頭蓋と脳を胸の上に乗せた状態で仰向けになっていた。どの脳も傷は無かったが、カイロス国王のみ頭部が著しく損壊しており、脳の摂食もこの目で確認した為、カイロス国王の固有魔法に此度の動機が関わっているとみられる。会話内容に関しては先ほど話した猶予と議題の他、ミネルヴァは質問を一切受け付けない、と言っていた。俺が自力で真相に辿り着くことを望んでいるらしい。以上だ」
報告を終え、腰かける。
並べられた死体と脳を食われた王という惨たらしい光景を想起させる報告だったはずだが、面々の様子には驚きも恐怖もないどころか、どこか呆れたように微笑していた。
「ふん。やはりそうかあの魔物め」
ニクソンが嘲笑を交えて吐き捨てた。
「だから魔物じゃないって言ってるだろ? アンタは何度聞けば理解するんだ?」
「黙れ小僧ォ! 元はと言えば貴様が下らん反対運動など起こしよったから今の状況になっておるというのになんだその態度はァ!?」
内臓に重く響くようなニクソンの怒鳴り。
ニクソンはかつてミネルヴァのことを人の皮を被った魔物だと吹聴し、追放しようと弾劾したことがあった。
平民街の皆と抵抗したことを未だに根に持っているらしい。
「あれはミネルヴァが人間だと証明されて終わっただろ!?いつまでグチグチ言ってるつもりだよ!?」
あの一件で俺は六十日も牢屋で過ごすハメになった。俺も当然根に持っている。
「いつまでだと?」ニクソンは獣の威嚇を思わせる形相で叫んだ。
「ヤツが生きている限りだァ!! 儂はヤツを初めて見た時からずっとこうなることを危惧していた! あの命を握っているとでも言いたげな眼差しが怖ろしくて堪らなかったのだ! ヤツにとって人間は固有魔法が入った肉の容器でしかなかった! 貴様とてそれが此度の件で重々理解できたはずだァ! なのに何故貴様はいつまでもヤツの肩を持とうとするッ!?」
「それはミネルヴァが……!」
人間だからだ――そう言おうとして、言えなかった。
悪徳大臣の剣幕に怯んだワケでも、言いくるめられたワケでもない。
ただ、肉の容器という表現に決して遠くない感覚で、俺はミネルヴァの動機を推理していたと気付いたのだ。
当然のように、疑問すら抱かず、理由はどうあれミネルヴァが固有魔法なんかの為だけに人を殺したのだと、考えてしまっていた。
「そんなワケ……ないだろ……」
悔しさが、口から漏れ出した。
「フン……まあいい。ヤツは『固有魔法を調べる魔法』は持っていなかったらしいからなァ」
ニクソンの嘲笑を含ませた言い方が、妙に気がかりだった。
「……どういう意味だ?」
「愚か者の為に教えてやろう」ニクソンはそう前置きし、
「おい騎士、カイロス陛下は最後に殺された、と言っていたな?」
「……は、はい」
アーノルドは不安そうな面持ちでおずおずと頷く。
それを鼻で笑ったニクソンが、俺に侮蔑の視線を向けて言った。
「ヤツがカイロス陛下の脳を食らったのは、『王の魔法』を奪う為だ」
「……は?」
そんなはずはない。
「『王の魔法』――『人が人を殺せない魔法』はあくまで初代王ラーボルトの魔法だろう? ミネルヴァだってそんなこと知って……」
いや。違う。
俺やミネルヴァが持つ王族の知識は、王族や王族を取り巻く貴族共が公にしたものだ。
大臣連中だけが知っていることがあっても不思議じゃない。
それに、今ここで嘘の新情報を俺に与える意味がない。
「あの魔法は初代王より王家に継承されているのだ」
ニクソンが自慢気に言った。
王の魔法が継承されている。
ミネルヴァは現王カイロスだけの脳を摂食していた。
ということはつまり……!
「王の魔法が奪われた……!?」
俺は焦燥に駆られるままに立ち上がり、叫んだ。