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事件当日 朝③


 不安が渦巻く沈黙の馬車は一時間ほどでウォールヴルク城前に到着。

 騎士は金を持っていなかった為、俺が運賃を立て替えてから馬車を降りる。

 御者はようやく本物の笑みを浮かべ、逃げるように平民街へ帰っていった。


 深い濠に架かる石橋を渡ると、高く聳える城壁が視界を塞ぎ、中の騒動は一切見れない。

 城門にはアーノルドと同じ甲冑を着た騎士が左右に構えているものの、特に変わった様子は見られず、ただ兜の奥にあるであろう眸でこちらを見据えている。


「アーノルドさん。その男は? この時間帯の入城者は聞かされておりませんが……」

 アーノルドの後ろをついて城門の足元へ行くと、右の門兵が怪訝そうに尋ねる。

 やや遜った態度からして、アーノルドよりも地位が低いらしい。

「……お前達が知る必要はない」 

「ですが……」

「いいから早くしろ……!」

「わ、分かりました」    

 アーノルドの焦燥感を含ませた言葉に、門兵は首を傾げながらも俺に手をかざす。

 すると目の前に一瞬だけ赤い魔法陣が現れ、消失する。俺を殺そうとして、出来なかったのだろう。


 「入場を許可する」 

 人間であることが証明された俺は、城に入ることを許されたらしい。

 門兵の言葉のしばらく後、城門が鈍い音を立てて開かれた。

 

 門兵の素振りからして、中の騒動は知らされていないようだ。何故?

 猜疑心の脈動を覚えながら、アーノルドと共に城門をくぐる。

 すると、遠くにまた城壁が見えた。

 

 ウォールヴルク城と呼称される場所は、王都の約一割の面積を誇る広大な要塞である。

 堅牢な城壁を二重に築き、王の居城は第二の壁の奥にある。


 一つ目の壁の内部は主に近衛騎士が居住しているようで、右手に見える無骨な大型建築物は非番の騎士と思われる屈強な兵士が出入りしている。

 左手には練兵の為の訓練施設があり、多くの騎士が汗を流していた。

 

 これまで遠くから壁を眺めるだけだったこともあり、俺は改めて城の防御の堅牢さを痛感する。

 あまりにも過剰な、無駄に堅牢な防衛体制だ。

 

 近衛騎士は、王命により全国から集められた強力な固有魔法を持つ男女のみで構成されている、この国の最高戦力だ。

 その総数は千を超えると言われており、それらが全て、王族を守る為()()に堅牢な壁の中に常駐しているのだ。

 

 初代王が「人を殺せない魔法」に込めた願いは、一丸となって魔物に戦うことだった。

 だが長い年月がその崇高な思いを忘れさせたらしく、今の王族は我が身可愛さに「魔物を倒す戦士となるべき者達」を壁の中で遊ばせている。

 そのせいで、対魔物には近衛騎士になれなかった者達で構成される討伐隊や俺達冒険者――二軍三軍の戦力を充てる始末。

 近衛騎士の十分の一でも魔物討伐に寄越してくれていれば、一体どれだけの命が救われただろうか。

 初代王の功績を鼻にかけ、魔物の殲滅よりも自分達の優雅で安全な暮らしを優先するクソ野郎――それが今の王族だ。


 ゆえに三軍の中でも最低レベルの実力しかない俺を頼ることなど、あり得ない。

 城壁の内側にある疎外感は、俺の推理とは矛盾していた。

  

「ァ、アポロ……!」

 立ち止まって辺りを見渡す俺に、前を歩いていたアーノルドが差し迫った声を飛ばす。

 馬車でやや落ち着きを取り戻したかに見えたが、今は蒼白とした唇を震わせていた。

 

 少し歩幅を早め、アーノルドの後をついていく。

 二つ目の壁でも先ほどと同じような問答の後、門兵はアーノルドの様子に動揺しながらも城門を開けた。

 すると、一気に風景が華やぐ。草花が彩る庭園が広がっていて、大きな噴水が俺達を迎える。

 庭園を縦断する均整な石畳の上を進むと、王の居城――ウォールヴルク城が聳える。

 

 三つの居館で構成される巨大な城だが、輝くような白さが威圧感を抑え、神々しさすら感じさせる美しさがある。

 青いとんがり屋根の塔がいくつも伸びていて、それが天を突きさす槍のようにも、祈りを捧げる敬虔な神官のようにも見えた。

 初代王ラーボルト・ウォールヴルクの崇高な思想を具現化したような、荘厳な佇まいだった。

 

 だが、感動は瞬く間に失われる。

 あまりにも静かすぎたのだ。

 歩きながらもくまなく注意を回したが、一つ壁の向こうにはたくさんいたはずの騎士が一人としておらず、鳥のさえずりと風が草木を撫でる音だけが聞こえている。

 足を前に進める度に不安が募っていき、強張る身体を強引に進めていく。

 

 すると、城の玄関から中高齢とおぼしき四人の男女――華美な装いからして貴族――が出てきた。

 彼らは何も喋らず、ただ憎悪とも恐怖とも判断のつかない物々しい表情をこちらにぶつけている。


 その中の一人、髭を蓄えた大柄な中年には見覚えが、というよりは因縁があり、俺はその方に激情を乗せた視線を送る。

 ニクソン・カルバニス――この国の大臣の一角を務める男。

 アイツは政治的な意味でやたらと声が大きく、自分の利益の為に悪者を作り出して民衆を扇動する最低な男だ。

 かつてヤツとひと悶着あり、「貴族に暴行を加えようとした罪」で一度牢屋に入れられたこともある。

 俺が貴族に敬語を使わない理由の男だ。

 

 ――さあ俺を呼んだ意味を説明してもらおうか。

 

 怒気を孕みながら歩み寄ろうとした時。


「あ、あそこっ。あそこにっ、入って、くれ。私は、こ、ここまでだ」 

 ピタリと足を止めたアーノルドが左の方へ指をかざしながら、抑揚を乱した声で言う。

 誘われるように向けた視線の先には、王城にそぐわない小ぶりで古びた建造物があった。

 

 四角く切り出した岩石を思わせる無骨な石造で、正面の壁に羽を広げた鷲が彫刻されている以外は一切装飾のない建物。

 だが見つめているとやけに威厳めいたものを感じさせ、これほど異質なものに何故今まで気づかなかったのかと疑問を覚えた。

 

 「あれは?」

 「れ、礼拝堂だ。入ってくれ。頼む。お願いします」

 アーノルドに尋ねると、目を合わさずに早口に答えた。

 

 礼拝堂……。

 王族は毎朝勢ぞろいで神に祈りを捧げる、と聞いたことがあるが、それに使われている建物なのかもしれない。

 しかし街にある教会とは似ても似つかぬ風体に、神秘性は感じない。

 俺へ懇願するような視線を向けるアーノルドに言われるがまま、礼拝堂に向かって歩を進める。


 結局何が起きているのかも、何故呼ばれたのかも分からないまま、俺は何かが待ち受ける扉の前に立つ。

 再度アーノルドを方を見やると、恐怖に顔を歪ませたまま立ち尽くしていた。

 

 大きく息を吐き、身体の空気を丸ごと入れ替えてから、両開きの扉に手をかける。


 近衛騎士があれほど憔悴する出来事。

 何故か大臣連中がこちらを見守っていて、俺は何かを委ねられている。

 そしてそれは、民衆には知れ渡っていないこと。


 考える度、情報を得る度、想像する状況が最悪を更新していく。

 俺にどうにか出来るようなことなのか?

 波が引いていくように自信と覚悟が遠のく。

 

 ――勇気をくれ。ミネルヴァ。


 意を決し、扉を押し開ける。

 

 

「――ぅ!!」 

 刹那、殺戮を想起させる強烈な血の匂いが鼻腔を襲い、咄嗟に口鼻を押える。

 中の様子を窺うことも出来ぬまま、防衛本能が涙を作る。

 だが目を閉じている場合じゃないことは重々理解していて、俺は乱暴に涙を拭いさり、事の全貌を視界に捉える。


 そして、言葉を失った。


 礼拝堂内部は天井が高く、それでいて窓が無い為に縦に置いた石棺を思わせる。

 壁中に掛けられた燭台の灯りによって堂内はうっすらと赤みを帯び、ゆらめいていた。

 左右五脚ずつ並べられた長椅子。奥には少しだけ高くした教壇があり、最奥の壁に鷲の紋章が刻まれている。

 

 俗世から切り離されたような異質な雰囲気は、平時であれば神秘的とも思えただろう。

 

 ()()()()()()()

 

 十、十一、十二……老若男女計十四体の死体が仰向けの姿勢で教壇に並べられており、頭蓋の切り取られた()()()()()()をこちらに向けている。

 胸の上には()()()()()()()()()()()()()()()()()が置かれていた。

 

 死体の身元は、近づかずとも察した。

 王家ウォールヴルク一族だ。

 一族の正確な人数は知らないが、その全員が殺されているんじゃないか、となんとなく思う。


 なぜ俺が呼ばれたのか?

 凄惨な現場を目の当たりにした上で、自分が何を求められているのかがさっぱり分からなかった。


 立ち尽くしていると、視界の左端で何かが動いた。

 左側最前列の長椅子と教壇の間、ちょうど入口から死角となった場所に、何かがいる。

 

 ――魔物だ。

 

 そう確信し、剣を構えてにじり寄る。

 すると、聴覚が僅かな刺激を捉え始める。

 ニチャ。ずちゅ。おそらく、咀嚼音。

 

 心臓が喚くのを感じながらも少しずつ近づき、長椅子に隠れるソレがようやく視界に触れようか、という時。

 

 魔物がいるはずの長椅子の影から、()が立ち上がった。

 揺らめく炎を思わせる先のカールした赤髪が特徴的な、軽装の鎧に身を包む小柄な女性。

 

「おやぁ! や~っと来たんだねぇ! 待ってたよぉ!」

 

 その人はこちらに気付くと嬉しそうに声を上げ、屈託のない笑顔を見せた。

 吸い寄せられるような黄金の眸は、理知的でありながら全てを慈しむような優しさを宿している。

 均整のとれた美しい顔立ちをしているが、それを鼻に掛けない無邪気な空気感が親しみやすさを感じさせ、この女性に悪印象を抱く人はいないだろうと確信できる。

 

 そんな彼女の口や手は、べったりと赤黒い血に濡れていた。


「……ぇ?」

 俺は声をくぐもらせるばかりで、もはや思考もままならない。

 

 だって、()()は二年前に旅に出て、ここにいるはずはなくて。

 いや、ちがう。そういうことじゃない。

 彼女は勇者で、だからこんなことするはずなくて。

 ちがうちがうちがう。

 

 ()()()()()()()()()()


 乱れた息。高鳴る鼓動。

 自分から出る音が煩くて堪らない。


「なに、してるんだ……?」

 俺はワケも分からないまま何かに縋るみたいに笑顔を繕って、尋ねた。 

 

「ん? 食べているんだよ?」 

「何……を……?」

「見て分からないかい? ()()()()()()だよ。ホラ?」  

  

 彼女は足元に転がっている十五体目の死体の頭に手を突っ込み、引きずり出した中身を俺に見せた。

 虫でも捕まえた子供みたいに、ニコニコとしながら。

 

 そのまま手に持ったものを口に運び、「むむむ」と難しい顔をしながら咀嚼した後、  

「う~ん。美味しくない!美味しくないねぇ! もういらないや!」

 と、残りがこびりついた手のひらを死体になすりつける。

 

 彼女の顎を王の脳髄が滴り、床に落ちてぬめりを帯びた音を響かせた。

 

「いや……そういうことじゃ、なくて」  

 これ以上聞きたくなかった。

 でも、否定して欲しくて。

 気付いた時には言葉がまろび出ていた。

 

「あ~!」彼女は声を上ずらせた後、世間話でもするみたいに言った。

 

「これは全て、()()()()()んだ。()()()()が聞きたいのはこういうことであっているかい?」

 

 俺の中にあるたくさんの思い出と同じ笑顔で、


 ――勇者ミネルヴァが言ったのだ。

 

  

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