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事件当日 朝②


 近衛騎士の後ろをついて階段を駆け下り、路地を進んで大通りに出る。

 俺を待ち受けていたのは、あまりにもいつも通りの光景だった。

 大通りには多くの人々が行き交い、街の外へ行く者も中へと進んでいく者も、皆往々にして朝の忙しなさが足を速めている。

 この辺りは冒険者が多いが、彼らを主な客層とする各種商店の店員もちらほら。

 道の中心をかなりの速度で駆け抜けていった馬車には大量の荷が積まれていて、おそらく行商人だろうと思う。

 通りを挟んだ向かいの商店群も店前に商品を並べている最中だが、道行く人を品定めするように目を動かしており、そろそろ呼び込みを始めそう。

 朝一番だというのに、彼らは各々の生活の方法へ強い眼差しを向けていた。  

 

 ウォールヴルクの王都は人口十万を超える大都市だ。

 城塞を中心として環状に街並みが広がっており、外にいくにつれ下り坂になっている。

 俺の住む集合住宅がある平民街は、魔物から貴族様方を守る肉の壁になれと言わんばかりの最外縁――面積にして王都の六割を占める場所。

 近頃は暖かくなってきたこともあって殊更に活気に満ちており、貴族の言葉を借りるなら品の無い騒がしさがある。

 俺はそんな騒がしさが好きで、母が死んでこの街に来た六歳の頃からずっと住んでいる。

 

 だからこそ、彼らの表情を見て街に異変はないと確信した。

 平静を欠いた近衛騎士がいる以外は。

 

 しばらく王都の中心に向かって大通りを走っていたが、彼と俺に会話はない。

 というよりも、近衛騎士は甲冑を着ているとは思えないほどに素早く駆け、俺はついていくだけで精一杯だった。


「……ま、まってくれ……!」

 貴族街に入るどころか平民街を数分走ったところで限界が来て、膝に手をつきながら、人混みに紛れ行く背中を仰ぎ見る。

 身体能力に差がある上、騎士は騎士というだけで道を譲られる。一度離れてしまうともう追いつきようがない。

 

 しばらくすると、近衛騎士は俺がついてこれていないことに気付いたらしく、住民が開けた道を戻ってきた。

「ァ……!アポロ! すまないっ!大丈夫か……っ!?」

 兜を放り出し、慌てて俺の前に膝をつく。

「気付けなくてすまない! ごめんなさい! すまないっ!私は……私はッ!」 

 平時ならば屈強に見えるであろう精悍な顔立ちを歪ませ、壊れたように謝罪を繰り返す。

 年齢は三十を超えたくらいだろうに、俺を見る眼差しには明らかに恐怖が滲んでいた。

 いや、俺の先に見る誰かを怖れている、そんな眼差しだ。

 

 平民街ではありえない光景に道ゆく人々が奇異の視線を投げかけてきて、非常に居心地が悪かった。

「まずは……落ち着いてくれ……! 頼むから……!」

 息を整える時間すら惜しんでどうにか言葉を吐く。

 すると騎士は瞳孔が開いた目で辺りをぐるりと見渡して、自身の醜態に気付いたらしく顔を下げる。 

 

 

「……馬車で行かないか? 近くに乗り場があるんだ」

 しばらく息を整えてからそう言って、うなだれる騎士に手を差しだす。

「……すまない」 

 顔を背けたまま、また謝罪を呟いた彼だったが、俺の手をガッチリと掴んだ手のひらはとても分厚かった。


 数分歩いて乗り場に着き、ちょうど暇そうにキャビンにもたれる、枯れ枝を思わせる風体の御者と目が合う。

 だが、騎士に気付いた途端に顔を背け、必死に身体を縮めようとしているのが分かった。

 気持ちは分からないでもないが、配慮している場合じゃなさそうだから声をかける。

「乗せてくれないか? えっと……」そこまで言って騎士の顔を窺うと、

「ウォールヴルク城だ」と兜を小脇に抱えた騎士の、やや威圧的な口調が御者を襲う。

 

「は、はいィ! よっ喜んでぇッ!」

 御者は言葉とは裏腹に顔を真っ青にしながら馬車に飛び乗る。

 布のあおいがついた古びたキャビンに騎士様が怒り出すのではとよぎったが、彼はそれどころではないらしく、俺よりも早く腰を落ち着けた。

「安全運転で行きますのでぇ!」     

 肩越しに御者が強張った笑顔を向けたが、騎士の「急げ……!」という言葉を受け、慌てて馬車を走らせる。


 馬車はぐんぐんと速度を上げていたが、法定速度を優に超過した頃、突如として急停止する。

 だが、手綱を引いて急制動したわけではなく、()()()()()()()()()()になったのだ。

 キャビン内にいた俺や騎士も投げ出されることはなく、直前の姿勢のまま、全身を()()()()()()()()()()()()

 約二秒――時間が止まったかと錯覚するほどの完全停止。しかし街の喧騒は聞こえ、止まっているのはどうやらこの馬車だけらしいと悟る。

 この状況こそ、「王の魔法」の力である。

 

「も、申し訳ッありまっせんん――ッ!子供が急に飛び出してきてッ!」

 拘束が解かれてすぐ、御者がこちらに振り返り、並々ならぬ絶望を湛えた表情を投げかける。

 どうやら子供を轢き殺しそうになった為、「人を殺せない魔法」が発動したようだ。馬車に乗ると度々経験することで、誰も騒ぎはしない。

 御者はしばらく言い訳を繰り返していたが、押し黙る騎士が全身から発する焦燥感に気圧され、運行を再開した。  


 御者が挙動不審なのは、最近馬車の物損事故が多く、御者がよく逮捕されているからだろう。

 王の魔法のお陰でどれだけ手綱の操縦を誤ろうと人を傷つけることは無いが、それが逆に注意散漫にさせているらしい。

 よく見るとキャビンの角に傷やレンガを擦ったような跡がついてあり、逮捕歴があると見て間違いない。

 近衛騎士を乗せるとなれば、それはもう気が気じゃないだろう。


 走り出してすぐ、御者は「あっ!」と何か思い出したように叫んでから、半身でこちらに手をかざす。

 すると、手のひらの先に紫の魔法陣が現れて、魔法がキャビンを包み込む。

 御者が気を効かせてくれたか、遮音の魔法だ。

 まずい話をうっかり聞いてしまわないように、という自衛の為だろう。

 平民と貴族の間には大きな力の差があるから、こうやって互いの生活が干渉する余地をなるべく減らす努力は皆がやっていることだ。

 

 投獄や罰金を食らいたくなければ貴族に逆らうな。平民街で生きる人々にとって、それは常識だ。

 だからこそ、貴族どころか王の側近である近衛騎士様が俺に何度も謝罪を繰り返すこの状況の異常さが、改めて俺を不安にさせた。 

 

 十分ほど経った頃、

「そろそろ理由を聞いてもいいか?」 

 騎士に尋ねる。  

 騎士は前かがみにした身体を落ち着きなく揺すり続けていた。

「あ、あぁ……。いや……今は話せない……すまない」 

 騎士はバツが悪そうに俯いて答えた。

 第三者に聞かれるのを危惧していただけではないようだ。

 

 沈黙が続く中、俺は今の状況に考えを巡らせる。

 近衛騎士が一介の冒険者――それも大した実力のない俺をわざわざ平民街に顔を出してまで城への同行を頼む理由はなんだ?

 それも明らかに平静を失った様子で謝罪を繰り返しながら、更に理由も言えないときた。

 

 「今は」という言葉から、城に着いてから説明があるのだろうが、俺はそれを待てなかった。

 昔から考えだすと止まらない性質で、よくハンネスから頭でっかちだと怒られる。

 俺は魔力が少なくて闘いでは足手纏いだったから、少しでも頭を使って皆の役に立とうと思ったのが始まりなのだが、今はもう癖づいてしまって自分ではどうにもならない。

 何も知らぬまま不安を抱えているのが辛抱堪らず、騎士から情報を引きだすことにした。


「名前を聞いてもいいか?」

「……あぁ、名乗っていなかったな。すまない。俺はアーノルド。アーノルド・デュロウだ。見ての通り近衛騎士団に所属している」

 アーノルドは空気を多分に含ませた声で答えた。まるで自分に落ち着けと言い聞かせているように見える。


「固有魔法はなんだ?」

 俺が尋ねると、アーノルドは俯いたまましばらく黙っていたが、

「……前方に絶対に壊れない盾を作り出す魔法だ」

 と、苦々しく答えた。

 固有魔法とは人や魔物が生まれつき一つだけ持つ、そのものだけが扱える魔法のことだ。

 魔物は種族ごと、人は人それぞれ違う固有魔法を持っていて、名前と同じくらいその人を象徴するもの。

 初めて会う人に対する質問の定番だ。

 

「なるほど。王の盾に相応しい魔法だ」      

「……ッ」

 わずかに呻く声が聞こえただけで、彼は何も言わなかった。 

 その様子が気になって眺めていると、アーノルドの腰にあるものの違和感に気付く。


「剣はどうした?」

 腰に提げた鞘には、何も納められていなかったのだ。


 ウォールヴルク近衛騎士団の象徴と言えば鷲の紋章が刻まれた白銀の甲冑だが、それと同列に語るべきなのが、同じ紋章を柄にあしらった剣だ。

 魔法的素養が高い為に王家に仕える彼らが戦闘で剣を使用することはほぼ無く、訓練すらもしていないと聞く。

 それでも欠かさず身に着けているのは、人同士の戦争があった時代から続く儀礼として大きな意味を持つだからだ。

 それが鞘だけを腰に提げている、というのはあまりに不自然だった。

  

 騎士は即座に腰の辺りをまさぐるが、そこにあるはずの感触が無いと気付き、

「……置いてきたようだ」

 頭を抱え、力なく呟いた。

 

 俺はしばし考えてから、

「……まさか王族が魔物に襲われたのか?」 

 至った推論をぶつけてみる。

 アーノルドの肩が跳ねるが、言葉は返ってこない。

 黙り込むと気が滅入るので、そのまま語る。

 

「鞘を持っていて中身だけを城に置いてきたということは、一度抜剣したということ。今城で起きている何らかの事態がアンタに剣を抜かせたが、同時に大事な剣を忘れてしまうほどに動揺を誘うものでもあった。 となると、かつて王城が経験したことの無い事態――ということになる。街が騒ぎになっていないことから、空間転移が出来るカマイタチあたりが有力。突如背後に現れでもすれば、いくら腕に自信があっても動揺することくらいあるだろう」


 いや。そもそも抜剣自体が動揺が招いた行動か。絶対に壊れない盾を前方に作り出す男が近衛騎士として王に仕えていることを考えれば、その盾で王を守ることこそが役割のはず。他にも騎士はいるのだから魔物を狩る役は他の騎士に任せればよく、アーノルドは盾を構えてとにかく雅な方々に傷一つつけぬよう気を張っていればいい。

 

 その役目を全う出来なかったことが、アーノルドが平静を欠いた理由か。

 そして王の盾たるアーノルドが役目を果たせなかったということはつまり――


 が、これは憔悴しきった彼を更に追い込むものだから言わないでおく。


「俺が呼ばれた理由は俺の『固有魔法』に用があったから。つまり今も魔物との戦闘中で、王族の皆様方が危機的状況にある、ということ。あってるか?」


 俺の固有魔法は「触れた人が一日に一度だけ致命傷を回避できる魔法」だ。

 盾の魔法で防ぎきれない後方からの奇襲に対し、大きな効果を発揮する。

 アーノルドは王城の誰かしらから俺の魔法のことを聞き、状況打破の為に自らはるばる足を運んだ、というところだろう。

 

 アーノルドが現場を離れてもよかったのか、など解せないことはまだある。

 そもそも一度致命傷を防げるとは言え戦闘の途中に重要な戦力を裂いてまで俺を呼ぶ必要があるのか?

 だが、俺が城に呼ばれる事情などそれ以外に思いつかない。 


「魔物か……いや、そうだな……そうかもしれない」

 アーノルドが考えを咀嚼するように呟いた。

 

「きっと……そうだ。ヤツは魔物だったんだ……」  

 目を見開き、重ねて言った。


()()……?」

 何らかの確証を得たらしいアーノルドの言葉が気になった。  

 だが、「すまない……もう話せない。頼むから、もう何も聞かないでくれ」

 そう答えたきり、アーノルドは返事をしなくなった。

 

 俺の推理に対する彼の言葉は肯定だったはず。

 それなのに、ただ胸中の不安だけが膨張していくのを感じた。

 


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