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最終日⑤ 最期


 ミネルヴァと共に礼拝堂を出る。

 少しでも触れていたくて、手を繋いで。


 夜の庭園はとても静かだった。

 星々の光を純白の王城が吸い上げて、暗闇を少しだけ追い払っている。

 鮮やかな花の色も豊かな草木もまるで白黒になったみたいに見えるけれど、風が吹くとサァーと音がして、「生きている」となんとなく思う。 

 

「アポロ……ッ!」

 城門の方から呼び声がした。こちらに向かって駆け寄ってくる三人の男女。


 近衛騎士アーノルドと、ライザとハンネス。

 二人を呼んでくれ、とアーノルドに頼んでおいたのだ。


 近づくにつれ、二人の表情が良く見える。

 二人とも随分走ってきたらしく、かなり息が上がっている。

 でもハンネスは怒ってて、ライザも怒ってる。


 お願いした通り、アーノルドは二人に全てを語ってくれたらしい。

 

「そりゃあ怒るよなぁ……」

 毎日のように前に出るなと言われ、その度にケガして、遂には寿命が無くなってしまったのだから。

 仕方なかった、なんて毎度の言い訳はもう通じないだろう。 

 

「アーくん、大丈夫?」

 ミネルヴァが不安を湛えた眸で俺を見上げていた。


「うん。まだ大丈夫」

「ほんと?」

「うん。ほんと」


 ミネルヴァは「わかった」と言ったものの、今も逡巡しているように見えた。

 彼女にはきっと俺があとどれくらいで死ぬとかが見えていて、故に俺が辛いのを我慢して立っていると思っているのだろう。


 だが、横になるわけにはいかなかった。きっと、そのまま死んでしまうから。

 今日死ぬ身体で、昨日は寝てなくて、頭を使い過ぎて疲労困憊。

 身体はとうに限界だったけれど、自分に残された僅かな力をどうしても使いたいことがあったのだ。


 ハンネスは近くまで来て息も整えずの開口一番、

「ほんと、なのかよ……?」

 悲壮に歪めた表情だった。

 怒りは俺の表情を見て、どこかへ行ってしまったらしい。


「あぁ。全部本当のことだ」


 少し遅れてきたライザが膝から崩れ落ちた。

 俯けた顔を両手で抑え、すすり泣く声が聞こえてきた。


 ハンネスはただじっと俺を見据えたまま、涙を流していた。

 その一雫一雫に、何もかもを込めて。


「ハンネス、ライザ」

 これまで何千回、何万回と口にした名前。

 噛みしめるように呼んだ。


「ミネルヴァを守ってやってくれないか?」

 平和になった世界でも、強いミネルヴァはきっと悲しい目に遭うから。

 最も信頼する二人にそれだけはお願いしておきたかった。


 ミネルヴァの手にぎゅっと力が入るのを感じた。

 

 二人はぐいと涙を拭きとって、

「分かった……!」

 力強い返事と共に、抱きしめてくれた。

 

 二人がいれば安心だ。そうに違いない。俺なんかよりもずっと強い二人だから。

 何度も何度も心の中で唱えながら、それでもやっぱり心配で、

 

 ――本当に、頼む。


 思いを込めて、抱きしめ返す。

 あぁ、力がもう入らない。

 終わりがもうすぐそこまで来ている。


 気付かれないよう、そっと離れた。

 

 遠巻きでこちらを眺める男と目が合った。

 記憶にあるよりもずっと優し気な眼差しをしていた。

 

「ミネルヴァを許してやってほしい。頼めるか?」

 時間が無いから感謝や労いを気持ちだけに留めて、言わなければいけないことだけを伝えた。

  

「従うしかあるまい。他ならぬ王の頼みなのだから」 

 ニクソンは似合わない微笑を携えてそう言うと、こちらの思惑を察したように、城の方へと歩いていく。

 

 ハンネスとライザに視線を戻すと、言葉は要らないようだった。

 ただ頷きを交わし合って、アーノルドと共に距離を取ってくれた。


 俺とミネルヴァは、二人きりになった。


 ――――――――――――――――――――――――――


 庭園の中の開けた草地に来た。

 視界を遮るものが無くて、夜空が大きく見える。


 ミネルヴァは約束通り、膝枕をしてくれた。

 トントンと胸を叩いてくれて、小気味良いリズムが心地いい。

 もう片方の手で頭を撫でてくれるから、気怠さが薄らいでいく。

 礼拝堂でたくさん泣いたからか、落ち着いて最後の会話が出来そうだ。

 

「勇者の膝枕はどうだい? 世界一安心な枕だよぉ?」

 少しおどけた調子の、いつも通りのミネルヴァだった。

 それが嬉しくて、眠いのに微笑んでしまう。


「これなら斬首の森でだってぐっすり眠れるね」

「それキリサキが山ほどいるところじゃないかぁ。目が覚めたらバラバラになっちゃってるかもしれないよ?」

「大丈夫だよ。だってミネルヴァがいるから」   

「……うん。そうだね。どんな場所だって、アーくんがぐっすり寝られるくらい安全にしてみせよう。だって僕は……」

「勇者だから。だろ?」

「あー! 決め台詞を取るのはいけないんだよぉ?」

 大袈裟にむくれてみせるミネルヴァ。

 目元が赤くて、いつもよりずっと子供みたいだ。

 

「どうしたの?」

 見つめていると、彼女の眼差しが慈しむような穏やかなものに変わる。

 ニコニコした普段のミネルヴァは愛おしいけれど、偶にみせる大人びた表情は、思わず息をのむほど美しい。

 ミネルヴァ・マーズは勇者である前に、とても魅力的な女性だ。

 

 

「ミネルヴァは、ずっと俺の勇者だった」

 

 貴方のことが好きです。


「いつだって俺に勇気をくれて、幸せのある方へ引っ張っていってくれる」

 

 ずっと一緒にいたいです。


「ミネルヴァのお陰で、俺の二十年は最高に楽しかった」


 まだ死にたくありません。


「俺の人生を明るくしてくれて」


 でも、俺は死んでしまうから。


「ありがとう」 

 

 貴方の幸せを、遠くから祈っています。    


 

 ミネルヴァは朗らかに微笑んだまま頷いた。

 それからゆっくりとまばたきをしてから、


「僕の勇者はアポロだ」


 思いがけないことを呟いた。

 アポロと呼ばれたのも初めてで、面食らった俺は頭の中が真っ白になった。

 

「僕が笑うと笑ってくれて、僕が悲しいと悲しんでくれる」 

 

「どんな時も僕の味方でいてくれて、僕のことを守ってくれる」


「優しくて、勇気があって、僕を勇者にしてくれた」


「これまでも、これからも、キミはずっと」


「僕の勇者だ」     

 

 

 あぁ。また俺は、ミネルヴァに勇気を貰った。

    

 嬉しくて堪らなくて、身体がぐっと暖かくなって、なんでも出来る気がしてくる。  

 

 目の前がパッと明るくなって、ずっと先まで見通せる。

 

 足が羽のように軽い。


 どこまでも歩いて行けそうだ。


 ありがとう。ミネルヴァ。


 これでまた、頑張れる。 


 


「お休みなさい。僕の勇者」   

 

 

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