最終日④ 真相
昨晩。俺はニクソン、アーノルドと共に王城の書庫をひっくり返し、城内の過去の記録を漁った。
かつて王城に勤めていたという俺の母レト・ウルカスが滾らせた子への殺意の裏側に、俺はカイロス国王が不貞を犯した可能性を見出したのだ。
「レト……レト……レト……」
俺の年齢から考えて、記録されているとすれば二十一年前、と目星をつけることは出来たが、いくら書物に目を通せど、母の名は出てこない。
当然だろう。一族以外を『穢れた血』だと表するような極閉鎖的な傲慢さを持つ王族にそんな事案があったとすれば、隠蔽されるに決まっている。
頼みのニクソンも大臣になったのは十年前。当時はそういった公にできないことを耳にする機会は乏しかったらしく、俺達はただ記録が残されていることを祈るしかなかった。
「アポロ!来てくれ!」
アーノルドが叫んだ。
彼の手にしていた書物には、城内で勤めていた者の中で盗みなどの王族に対する反逆行為を行った者の名、職種、罪、罰が列挙されていた。
アーノルドが顔面を蒼白としながら指し示していた箇所にはこう記載されていた。
名:レト(家名無し) 職種:侍女 罪:カイロス陛下の精液の簒奪 罰:永年投獄(未実施)
追記:逃亡時、魔物の襲撃に遭い死亡
――――――――――――――――――――――――――
俺の母が一度死んでいたことが国の記録として残されていた。
それが分かった時、ミネルヴァが引き起こした此度の事件にまつわる謎が面白いように紐解かれていった。
「ミネルヴァが王族を殺した目的は魔王を守る『王の魔法』を解除する為。そして、人類を皆殺しにする、なんてらしくない脅しをかけてまで俺に真相を捜査させた理由は、俺達の宿願である魔王討伐の障害が他ならぬ俺自身であり、故に魔王が討伐された平和な世界をこの目で見ることが出来ないということを、俺に理解させる為だった。そうだな?」
眼差しに、言葉に。僅かにも尖りが出ないように優しく問いかけた。
すると黄金の眸が瞬く間に潤いを帯びて、赤くした頬を涙が伝う。
ミネルヴァは嗚咽にしゃくり上がる頭を押し込めるように、こくりと頷いた。
俺の推理は正しいのだと、ミネルヴァが証明した瞬間だった。
でもそれは、俺にとっては非情な宣告でもあって。
ミネルヴァが俺に指定した三日間という期限。
あれは時限式蘇生魔法が作動する日を明日に設定しているからだろうが、そう設定したのにも当然理由はある。
王の魔法の最後の継承者であり、時限式蘇生魔法を用いた殺害が出来ない俺の死ぬ日が、今日だからだろう。
ミネルヴァはおそらく、人の寿命を調べる固有魔法を持っていて、俺が死ぬ日に合わせ、此度の事件を起こした。
湧き上がる寂しさから目を逸らすように、言葉を繋ぎ続けた。
「ミネルヴァは優しいから、どうしても自分の口からは言えなかったんだよな? 食べる必要のないはずのカイロスの脳を食べたのも、ダリニアを惨殺して見せたのも、俺がミネルヴァに抱える絶対的な信頼を取り払う為。取り払った上で、ちゃんと自分の頭で考えて欲しかったんだよな? 会議室であえて拘束魔法を使ったのは、あそこで人間であるとバレるわけにはいかなかったからだ。ニクソンが語る「王の魔法」の真の効果を聞いて、ミネルヴァが魔王の手で魔物にされてしまった、という考えを俺に抱かせたかったんだろ? 魔王に遭った、という事実を仄めかしつつ、俺をリキルの村に誘導する為に。ミネルヴァは俺がちゃんと真相に辿り着けるように、たくさん頑張ってくれていたんだよな?」
ミネルヴァは俺が死ぬからこそ、平和になった世界を絶対に見れないからこそ、俺の死後の世界が平和になるということを俺に知ってほしかったのだ。
此度の事件は、優しいミネルヴァが死にゆく俺に「夢が叶う」と伝える為のものだったのだ。
ミネルヴァは何度も頷いて、その度にポタポタと涙がシミを作る。
子供みたいに顔をしかめ、小さな呻きがこぼれ始めた。
ミネルヴァには笑っていて欲しい。
常々そう考えているけれど、今彼女が流している涙を拭いさる資格は、俺にはないと分かっているから。
ミネルヴァに背負わせてしまった罪悪感とか、もう彼女の隣にいられない寂しさとか、何も恩返しできないまま逝ってしまう無力感とか。
湧き上がる感情を全部ないまぜにして、
「ごめんな……?」
口から出たのは謝罪だった。
「うええええん……!」
ミネルヴァは大声で泣いた。
抱え込んでいたものを全部吐き出すみたいに、ただひたすらに悲しみを叫び続けた。
これまでずっと辛かったのだろう。
優しくて不器用だから、誰にも相談できなくて、独りで悩んで、ずっと一人で戦い続けていたのだろう。
ミネルヴァを苦しませ続けていたのは、俺だ。
そんな資格なんて無いことくらい、重々承知している。
でも、ミネルヴァは俺の一番大事な人だから。
「これまでずっと、ありがとう……!」
抱きしめずにはいられなかった。
彼女の涙が暖かくて。
華奢な肩が震えてて。
俺がいつも憧れを押し付けていたミネルヴァは、こんなにも小さくて。
俺は、こんな女性を一人残して死んでしまうのか。
たくさん笑いかけてくれた。
たくさん抱きしめてもらった。
いつも俺の前にいて、無力な俺を世界に連れ出してくれた。
俺はもう、何も返せない。
悔しくて堪らない。
「うあああああ……!」
俺達はお互いの温度を確かめ合いながら、泣いた。
礼拝堂の中は冷たい静寂に包まれていて、まるで世界にいるのが俺とミネルヴァだけみたいに思えて。
だから、今なら神様は俺なんかの願いだって聞いてくれるんじゃないかと思って、祈った。
どうか、ミネルヴァが独りぼっちになりませんように。




