最終日③ 目的
燭台の炎が穏やかに照らす堂内。
入口手前の長椅子の背もたれに腰かけていると、何となく祭りの終わりを思い出す。
光源は揺らめく炎だけ。賑やかだったのが嘘のように閑散として、夜のシンとした空気が心地よい。
あぁ、終わってしまう。寂しさと疲労感がじんわりと広がって、非日常にまだ浸っていたくて、中々立ち上がれないのだ。
ミネルヴァとの日常は、特別だった。
俺は隣り合うミネルヴァから視線を外す。
前を向き、ぼんやりと赤らんだ壁を見つめながら話し始める。
ミネルヴァも今、俺の方を向いてはいないだろう。なんとなく、そう思う。
「勇者ミネルヴァが王族を殺した目的――それは『王の魔法』を解除する為だ」
「回り回って、という感じかな?」
「うん。まあそりゃそうか、って感じだ」
ミネルヴァの言う通り紆余曲折あった結果、結局最初に思い浮かべたものこそが正答であると結論づけた。
「隠匿されていた四人を予め殺し、聖堂にいたカイロスを除く十人の王族を殺した後に王の魔法の継承者であるカイロスを殺した。その意図は明らかに、生存する王族に継承されていくという王の魔法の性質を踏まえての行動だ。継承の権利を持つ者を先立って殺しておくことで、王の魔法の逃げ場を無くす。そして最後はカイロス王の脳を摂食すれば、王の魔法を確実に奪うことが出来る」
「ではなぜ僕は『王の魔法』を解除しようとするのだろう?」
王の魔法を解除する理由――これこそが此度の事件を推理する上で最もあからさまな答えが転がっているが故に、最も難解だったといえるだろう。
「王の魔法――つまり『人が人を殺せない魔法』を解除する理由なんて一つしかない。人を殺す為だ。時限式蘇生魔法による殺害ではない正真正銘の殺人をする為だ。だが、それは人類を皆殺しにする為でも恨み妬みで誰か殺したいワケでもなく、ミネルヴァの勇者としての使命と密接な関係がある。
――魔王の正体は人間、だな?」
「ほほ~、突飛だねぇ」とミネルヴァはからかうように声を上ずらせてから、
「……どうしてそう思うんだい?」吐息を含ませた声で質問を重ねた。
「ミネルヴァは百を超える固有魔法を有する史上最強の勇者だ。無尽蔵の魔力に多種多様な攻撃魔法、時限式蘇生魔法で死すらも克服している。故に、ミネルヴァは少なくとも魔王に負けない。その上どこにだって一瞬で行ける空間転移を持つことから、行こうと思えばいつだって魔王がいる場所に行けるはず。更にミネルヴァは俺に魔物に変えられていないと教えてくれた時『あの魔王』と形容した。まるでその眼で見たことがあると仄めかすような言い方だ。それなのに、ミネルヴァは酒場でハンネスに魔王を倒したのかと聞かれた際、まだだと答えた。それは何故か?
――ミネルヴァは魔王と会敵したものの、魔王が『王の魔法』に守られていた為、殺すことが出来なかったからだ。魔王討伐という使命を果たす為には、王の魔法を解除する以外に道は無く、それで此度の事件を引き起こすに至った」
ミネルヴァは「ふむふむ」と口ずさんだ後、
「少しアーくんの希望的観測すぎるんじゃないかい? キミは魔王を『魔物を産み出して使役するすごく強い生き物』という程度にしか知らないはずだ。仮にキミの言う通り魔王が人間だったとして、王の魔法を解きさえすれば僕が魔王を殺せる、というのは、推理というよりも願望に近いと思えてしまうよ?」
イジワルな口調で指摘をした。
俺が本当にミネルヴァの意図を理解しているのか試しているのだろう。
「今は推理の時間だぞ? ミネルヴァが王の魔法を解除しさえすれば魔王を殺せる、という推論にももちろん根拠がある。焦るなよ?」
「へぇ? じゃあその根拠を教えてくれるかい?」
イジワルな口調でじゃれ合う。楽しいと思ってしまう。
表情が綻びそうになるのを一応我慢して、
「王族を皆殺しにして『王の魔法』を解除する、なんて大掛かりな計画を実行に移したからだ。蘇生魔法は寿命を削る魔法だっていうのに、優しいミネルヴァが何の算段も無く実行するわけがないだろう? ミネルヴァが王殺しを実行した以上、そこには絶対的な勝算がある。つまり――ミネルヴァは既に、時限式蘇生魔法を用いた殺害方法によって魔王を殺している」
ミネルヴァのことだ。王の魔法を解除し次第、空間転移で即座に魔王を殺しに向かう。もしくは蘇生魔法を解除することで死に至らしめるのだろう。
ミネルヴァはしばし沈黙した後、「だとしても魔王を人間だとするのは無理があるねぇ」と前置きし、
「魔王が人間なら、どうして魔王の固有魔法で生み出されたはずの魔物が人を殺せるんだい?」
王の魔法によって人間はいかなる手段を持ってしても人を殺せないのであれば、魔物も魔王という人間が生み出した以上同様の制限を受けるはず。
しかし現実として魔物は人間を殺している。それも蘇生魔法なんて用いない、純粋な死だ。
魔王=人間とした場合の矛盾。
これこそ、俺がずっと王族に対し抱き続けてきた不信感の答えだった。
「『王の魔法』があえてそうなるように作られているからだ」
「あえて?」
「そもそもおかしかったんだよ。『人が人を殺せない魔法』は人間が争い合う世を憂いた初代王ラーボルトが、全人類が一丸となって魔物に立ち向かえるようにと願いを込めて発動したものだと言われているが、ラーボルトは自分の血族以外を『穢れた血』だと軽蔑して、兄弟姉妹と子を作るような男だぞ? そんな男が民が血を流すのを憂う? そんなわけがない。現に近親婚によってラーボルトとほぼ同じ血が通っている今の王族共は、我が身可愛さに人類の最高戦力を抱え込んで立て籠もっている。王族は魔王を討伐する気がないどころか、魔王が討伐されないように戦力の放出を抑えているんだよ。そして、おかしいのは魔物側もだ。空間転移を出来る魔物がいるというのにも関わらず、何故か人類の中枢たるウォールヴルク城が襲われたことが一度も無いときた。まるで互いの領分を守っているみたいじゃないか? 人と魔物との間に取り決めが為されているかのように思えないか?
――ラーボルトはウォールヴルク家だけが住み良い世界を作る為に、後の魔王と結託したんだよ。
『王の魔法』の真の正体は、魔物を生み出せる魔王だけに人を殺す権利を与える代わりにウォールヴルク家の末永い栄光を保証するという、反吐が出るほどの独善的な契約の基に生み出された魔法だ」
思わず言葉に力が入る。これまで魔物に殺されてきた人々は、王族が壁の中での安寧を得る為の生贄だったのだ。
ミネルヴァがこれまでどんな思いで戦ってきたか。それを思うと、俺が王族を皆殺しにしてやりたいくらいだ。
ミネルヴァの方へ視線を向けると、彼女はじっとこちらを見ていた。
憂いを帯びた表情をしていたが、俺と目が合った途端に表情をとりなして、
「だったら僕は何故王の魔法を解除せずにこんなところで悠長にしているんだい? 僕が例え時限式蘇生魔法を用いて魔王を殺し、固有魔法を奪っていたとしても、魔王が生み出した魔物が消えてくれるわけじゃない。こうしているうちにも魔物に殺されている人々がいる。あまりにも勇者らしくないと思わないかい?」
ミネルヴァが表情をとりなした理由は分かっていた。
なぜなら、この質問こそが、ミネルヴァが俺に三日間という期限の中で真相を推理させてまでやりたかったことだから。
――不器用なヤツだよ。
ミネルヴァという人間の愛おしさに、微笑まずにはいられない。
「解除していないんじゃなく、解除出来ないんだ。だってそもそも、ミネルヴァはまだ王の魔法を奪えていないんだから」
ミネルヴァはじっとこちらを見つめているが、唇を並行に結び、太腿の上の両手をぎゅっと握りしめていた。
押し黙る彼女を見つめ返しながら、推理を続ける。
「『王の魔法』は王族に引き継がれていく性質を持つ。王城に住む十一人と、他の街で隠居していた四人。彼らを殺していながらも、魔法を奪えていない理由となると、一つしかない。まだ他に生きている王族がいる、ということだ。だが、ミネルヴァは隠れ住む四人さえ見つけ出すことが出来たことから考えて、当然その生き残りが誰かを知っている。それなのに何故ミネルヴァはその生き残りを殺さないのか?――殺すことが出来ないからだ」
時限式蘇生魔法を用いた殺害方法には二つの弱点がある。一つは生き返ってしまうこと。そしてもう一つが、蘇生魔法を施せない相手は殺せないことだ。
「俺は昨晩、ニクソンとアーノルドの協力の元、カイロス国王に隠し子がいる可能性について調べ上げた。そして、一人王と子を成そうとした侍女がいたことが判明した。その侍女は妊娠が発覚したことで近衛騎士に追われたが、逃げた先で魔物に襲われ死亡した、とのこと。クボルら当時の大臣は侍女の死をもって万事解決とし、些事として記録するに留めた。だが、その侍女は生きており、子供も生まれていたんだ。その大臣でさえ認識していない隠し子の正体は、王の子を身籠ることで妃になろうと目論んだ愚かで強欲な侍女が、妃になれなかった腹いせをする為だけに産んだ、哀れで病弱な子」
蘇生魔法は固有魔法とはいえ、仕組みは治癒魔法と同様、寿命を削る代わりに再生力を得る、というもの。
つまり、
「その名を――アポロ・ウルカス」
削る寿命が無い者には、蘇生魔法を使うことが出来ない。




