最終日② 方法
「固有魔法?」ミネルヴァが眉を落とし、
「それはあの嫌なおじさんが否定していなかったかい? 『王の魔法』はいかなる手段を持ってしても人が人を殺せなくするものであって、そのいかなる手段の中には固有魔法も含まれている、そう言っていたと思うけど?」
ミネルヴァの疑問に対し、頷いてから答える。
「その通りだ。ミネルヴァが人間である以上、王の魔法の影響下で人を殺すことは出来ない。いくら百以上の固有魔法を持っていたとしてもだ」
「じゃあ駄目じゃないか?」
ミネルヴァは呆れたように手を広げ、
「そもそもキミのお母さんがたとえ人を殺せる固有魔法を持っていたとしても、僕が人を殺せない以上奪うことなんて出来ないよねぇ?」
彼女の指摘は正しい。
王の魔法を掻い潜って人を死に至らしめる手段はない、と定められている。
その上、仮にそんな魔法を母が所持していたとして、まずミネルヴァが他の手段で母を殺さなければならない。
「うん。ミネルヴァの言う通りだ。ミネルヴァが母から奪った固有魔法で王族を殺した、という俺の推理は、矛盾だらけだ。だが、こうするとどうだ? ミネルヴァがそもそも誰も殺してなんかいなかったとしたら?」
「へぇ?」ミネルヴァが嘲笑を浮かべ、長椅子の背もたれに腰かける。
「まさか幻覚だとでも言うつもりなのかい? 最初に言ったよね? 僕が彼らを殺したのは事実だと。僕はキミにこんな推理をさせておいて、嘘をついていたって思っているのだとしたら、あまりにも悲しくて笑っちゃうよぉ」
ため息交じりにそう言って、がっくりと肩を落とす。
「いいや。幻覚じゃない。ミネルヴァも嘘はついていない」
「じゃあ一体どういうことなのさ?」頬をむくれさせるミネルヴァ。
「表現が悪かったか。つまり――ミネルヴァが彼らを殺したのは事実だが、殺していないことになる、ということだ」
すると、ミネルヴァは「んー」と悲しげにため息をついて、
「アーくん、キミは変なことを言っている自覚はあるかい? 殺したのに殺していないことになるとか、それなのに僕はキミのお母さんから、その殺しても殺していないことに出来る?固有魔法を奪ったって? 何を言っているのか、さっぱり意味が分からないよ」
うんざり、と顔に書いていた。
退屈とでも言いたげに足をパタパタと揺らす。
――分かってるくせに。
あからさまな態度に、思わず笑ってしまった。
「そんな一見すると矛盾だらけな、ワケの分からないことを可能にする固有魔法を、俺の母は持っていたんだよ。ミネルヴァが俺の母から奪ったその固有魔法は、俺の母を人に殺されることが出来る状態にし、ウォールヴルク一族と近衛騎士、ダリニアをミネルヴァが実際に殺しながら、結果的に殺されていないことに出来るものだった。
それが――
『人を生き返らせる魔法』だ」
ミネルヴァの足がピタリと止まり、それに手ごたえを感じつつ、説明を続ける。
「ミネルヴァは殺す人に対し予めその魔法をかけておくことで、これから殺されても生き返る為に結果的に殺されていないことになる人――つまり、死なない人間にしていたんだ。言うなれば『時限式蘇生魔法』。王族やローグ二等騎士、ダリニアは時限式蘇生魔法によって『どんなことをされても死に至らしめられることがなくなった』為、王の魔法に保護される必要が無くなったんだ」
ミネルヴァは顔を俯けたまま、
「彼らがその『時限式蘇生魔法』とやらで生き返る根拠はどこにあるんだい?」
「根拠は二つある。まず一つ目が、ミネルヴァが『魔法を隠蔽する魔法』を使っているからだ。ミネルヴァがあえて礼拝堂周囲に張った結界に施す必要が全くない隠蔽魔法を施していたのは、俺に何らかの魔法がこの事件に関わっていることを仄めかす為だろう? そんなまどろっこしいことをしなければいけなかったのは、ミネルヴァが殺したはずの人達の身体には今も時限式蘇生魔法が発動を待っている状態――つまり魔法陣があるからだ。用済みのはずの死体になんらかの魔法をかけている、なんてことが分かれば、それこそミネルヴァが特殊な手段を使って殺した、特殊な手段を使わなければ殺せなかった、ミネルヴァは人間なんだ、と容易に推理出来てきてしまう。だから、時限式蘇生魔法を隠蔽しながらも隠蔽している魔法があることを暗に示す、という遠回りな手がかりを残した」
「……二つ目は?」
間を置いて、ミネルヴァが尋ねた。
感情を押し殺したような、妙な抑揚がある。
「二つ目は、ワグナー老人が固有魔法を失っていることだ。ミネルヴァ、十四年前のあの日――ワグナー老人を殺したな?」
「……ひどいこと言うねぇ。僕達が仲良しなのは見ただろう? 僕をそんな人でなしだと思っているのかい?」
顔は俯けたままだが、声色には悲しい響きがある。
その悲哀は本物の感情に思えるが、それは俺の酷い言いがかりに傷ついたからではない。
「人でなしじゃないからこそ、ミネルヴァは十四年も会いにいけなかったんだろう? 空間転移の魔法があるんだから、あれほど仲の良い人がいれば偶には顔を見に行ったっていいはずだ。それなのに会いに行かなったのは、一時的とは言え殺し、固有魔法を奪ったワグナー老人に会わせる顔が無かったからだ」
「そこまで言うなら僕がワグナーおじさんを殺した動機はなんだい? まさか六歳の僕が『王の魔法』を調べたくて殺した、なんて言わないよね?」
「当然だ。王族と大臣連中しか知り得ないはずの『王の魔法』の秘密をミネルヴァが知っていたのはワグナー老人から奪った固有魔法のお陰だとは思っている。だが、あんな幼少の身から此度の事件を計画していたはずがない。六歳のミネルヴァがワグナー老人を殺して固有魔法を奪った動機は、ミネルヴァが俺の母を殺した証拠を隠滅する為だ。もしワグナー老人が固有魔法を持ったままだったなら『俺の母が固有魔法を持っていないこと』『ミネルヴァの固有魔法が増えていること』に気付き、ミネルヴァの固有魔法を知っている彼ならば蘇生魔法を使った殺人のトリックを導くことが出来ただろう。ミネルヴァは俺の母を殺して固有魔法を奪った後にそのことに気付き、ワグナー老人を殺すしかないと思い立ったんだ」
小さな頃から人のことをよく見ているミネルヴァだからこそ、仲の良いワグナー老人を殺す必要性に気付くことが出来たのだろう。
ミネルヴァはトントンと足で床を叩き、鼻から長い息をはく。
「でもさ? 結局のところ、僕がワグナーおじさんや王族、大臣のおばさんを殺すには、まずアーくんのお母さんを殺してその魔法を奪わないといけないよね? 蘇生魔法を持たない僕はどうやってキミのお母さんを殺したんだい?」
顔を上げ、じっとこちらを見据えて言った。
「ミネルヴァがやった原理と全く同じ。『人を生き返らせる魔法』なんて持っている人だ。自分にも時限式蘇生魔法を掛けているに決まっているだろう? リキルの村は魔物被害が少ないとはいえ、ゼロじゃない。万が一の死を逃れる術を持っているのなら、使わない手はないだろう。まあ魔物に殺されることを怖れたがゆえに、人に殺されることが出来る状態になっていた、というのはあまりにも皮肉が効いた話だけどな」
嘲笑を交えて言うと、ミネルヴァは「ふーん」と憮然した様子で質問を追加する。
「そもそもアーくんのお母さんが蘇生魔法を持っていた根拠はあるのかい?」
「その根拠も二つある。一つ目はミネルヴァも聞いた通り、十四年前に死んだはずの母がその後一年程度生きていたこと。ワグナー老人の供述と墓が実在することから考えて、情報としての信頼度は高いだろう。そしてもう一つの根拠がコレだ」
俺はミネルヴァに歩み寄り、ミネルヴァの手を取って胸に押し当てる。
じっと俺の顔を見上げるミネルヴァの眸が大きく揺れ、手も僅かに震えていた。
「治癒魔法を俺にかけてくれ」
眸の奥に訴えかけるように言った。
すると、ミネルヴァの固く結ばれた唇の端が僅かに動く。
「どうした? 根拠が知りたいんだろ?」
キツい言い方にならないように、穏やかな口調を心掛けた。
でも、ミネルヴァは一向に魔法を使わない。
――知っていたんじゃないか。
俺は溜息を洩らしながら、全身を治癒の光が流れるイメージを浮かべ、
「治れ」
治癒魔法を唱える。
魔法陣は出ない。
「ぅ……」ミネルヴァはごく小さな呻きを漏らし、何かを訴えるような視線を投げかける。
そこに眼差しを交わらせて、言った。
「俺の身体が治癒魔法を受け付けない――つまり、俺が二十歳と若いにも関わらず、睡眠不足からくる倦怠感すら治癒できないほどに寿命が消費し尽くされていること。これが、俺が幼少の頃に何度も何度も殺され、その度に寿命を消費して蘇生されていたことの証明であり、母が蘇生魔法を持っていたとする最大の根拠だ」
ミネルヴァの手をそっと下ろすと、ミネルヴァは両手をぎゅっと握りしめ、顔を俯けて押し黙る。
その姿に心の痛みを覚えながらも、推理を続ける。
「俺は酷く病弱な子供だったが、それにしても幼少時代の記憶の空白が多すぎる。いくら身体が弱いと言っても、数日意識を失うことが頻繁にあるのは流石におかしい。更に、母は目覚めた俺に対し、何で死なないの?と毎度の如く言っていた。俺は王の魔法によって死を目前で免れていたのではなく、母が殺す為に生き返らせていたんだ。母は俺に強い殺意を持っていたから、そうやって欲求を満たしていたのだろう。だが、この時限式蘇生魔法を用いた殺人では、完全に殺すことは出来ない。だから俺に対する憎悪が払拭されることはなく、何で死なないの?と言っていたんだ」
殺したくて堪らない相手が何度も生き返る。その度に殺す。
母はそうやって俺への殺意を発散し、募らせてもいたのだ。
幸いにして俺が殺された記憶を失っているのは、あまりにショッキングな内容ゆえに俺の心臓が止まる可能性があるからだろう。
王の魔法に守られていた、というのはあながち間違っていないかもしれない。
「蘇生魔法の原理は治癒魔法とほとんど同じなのだろう? 違うのは規模感だけ。寿命を消費することで肉体だけでなく生命活動すらも再生させることができる魔法。母は知ってか知らずか、俺を殺しきることは出来なかったものの寿命を大幅に減らすことは成功したらしい。俺が二十歳で死ぬことを知って、今頃母はほくそ笑んでいるに違いない」
ミネルヴァが魔物の脳を食べられなかったのは、ただ美味しくないとか気持ち悪いとか、そんな生半可な理由じゃなかったのだと今になって分かった。
ミネルヴァは俺の母やワグナー老人の脳を食べた記憶を思い出してしまったんだろう。
俺を救う為の行動だと理解しつつも、ミネルヴァは優しいから簡単に割り切ることが出来なかったんだ。自責の念に苛まれ、それを独りで抱え込んで、闘っていたんだ。
俺は本当に、なんて無力なんだろう?
今は推理の時間。そう自分に言い聞かせるが、やるせなさが言葉に乗る。
ミネルヴァが否定しないのを見ると、俺は本当に死ぬんだなぁ、と改めて実感する。
「ミネルヴァ、何か質問はあるか?」
ミネルヴァは顔を下げたまま、弱々しく首を振る。
猟奇的な殺人犯としての仮面は、もはや剥がれ落ちていた。
今すぐに抱きしめたい。
ミネルヴァには笑っていてほしい。
俯けた彼女の表情を思い浮かべ、そんなことを思う。
欲求が身体を突き動かそうとするのを堪え、ミネルヴァの隣に腰かける。
「じゃあ次は目的だ。推理を聞く準備はいいか?」
彼女の肩に触れ、わざと声を明るくして言った。
すると、彼女が「うん。そうだ。今は推理の時間だ」と、自分に言い聞かせるように呟いて、
「うん。いつでもいいよ?」
挑戦的な笑みをこちらに向ける。
覚悟を決めた、そんな眼差しをしていた。
その覚悟に、応えねば。
話し始める前に、築き上げた推理を今一度反芻する。
ミネルヴァが此度の事件を起こした目的。
誰よりも優しい彼女が王族十五名及び近衛騎士一名を殺し、俺や大臣の前でダリニアを惨殺。
そうせざるを得ないほどの理由はなんだ? 何が彼女を突き動かした?
そんなもの、決まっている。
世界平和の為だ。
真相に気付くのに三日もかかった自分が恥ずかしくてしょうがない。
だって、ミネルヴァ・マーズは勇者なのだから。




