二日目 夕
「そんなはず……ないでしょ……?」
俺は呆気に取られるまま、否定の言葉を呟いた。
「だって俺は旅立つ時、確かに見たんです! 全身をズタズタにされて、母は間違いなく死んでいたんです!」
「う~ん。そう言われてもねぇ……。なにせボクがウルカスさんと知り合ったのはミネルヴァちゃんが居なくなった後だから、それは無いと思うよ?」
「それは本当に僕の母だったんですか!? 人違いじゃないんですか!?」
問い詰めるような口ぶりに目を丸くしたワグナーだが、首をゆっくりと横に振る。
「彼女は確かにレト・ウルカス、と名乗っていたよ。ほら、彼女仕事をしていなかったでしょ? だからミネルヴァちゃんが居なくなったくらいから、炊き出しをした時はよく来ててねぇ。すごく陰のある人だったからボクも気にかけてて、何度も話しかけたもんさ」
ワグナーは困り顔をしながら茶を飲み、「おかしいねぇ」と首を傾げた。
落ち着け、と自分に言い聞かせ、茶を飲み干す。
「おかわりいるかい?」
「あ……いえ。お構いなく」
微笑みかけたワグナーに頭を下げ、思考に潜る。
母の死には何かが隠されている。
それを知ることが出来れば、ミネルヴァが起こした事件の真相を明かす手がかりに繋がるはず。
そう思ったから限られた時間を費やしてまでリキルの村まで来た。
だがワグナー老人の口から出た情報により、事態は更なる混沌と化した。
あと一日しかないというこの状況で、ワケが分からなくなってしまった。
お茶を終えた俺達は、ワグナーの案内で村はずれにある墓場に来ていた。
長方形や円柱、三角屋根のついたものなど、様々な形状の墓石が並べれらている。
もう夕暮れ時だ。迫りくる期限に焦燥感を禁じ得ない。
「あぁ、あったあった。これがウルカスさんのお墓だよ」
ワグナーが手を差し出した先にあったのは、長方形の墓石――レト・ウルカスと刻まれていた。
墓の前にしゃがみ込み、細部まで確認する。
ミネルヴァは少し離れた場所からこちらを眺めていた。
「確かに十三年前の日付だ……」
墓を目の当たりにしても尚、ありえない、という思いを拭えなかった。
たった一年のズレとはいえ、母が死んで以来俺の記憶に空白は無い。
母の死を見たあの日――リキルの村からの旅立ちは間違いなく十四年前だ。
あれは母から逃れたいという思いが見せた幻だったのか?
幼少の記憶に自信が無く、母の死を見た、という確かな記憶がぼやけていく。
ミネルヴァの方を振り返るが、こちらに気付いた彼女は口の前でバッテンを作る。
質問は受け付けない、という意思表示だろう。
「母は……レト・ウルカスは、なぜ死んだんですか?」
「ええと……魔物に襲われたとかではなかったから、衰弱……かなぁ? 正確なことは分からないけれど、少なくとも傷もなくて綺麗なご遺体だったよ?」
頼りない口調で答えたワグナー。だが、魔物に殺されたワケではない、ということだけは確かなようだ。
つまり、俺の記憶にある惨たらしい母の死体は夢や幻覚、あるいは何らかの手段で偽装されていた、ということになる。
だが、今朝ミネルヴァは確かに「母を殺した」と言った。ワグナーの言う実際に母が死んだ十三年前、ミネルヴァは王都の孤児院でずっと一緒にいたことから考えて、彼女の言う「母を殺した」は十四年前のことを指していると見て間違いない。
おかしい。
俺の記憶とミネルヴァの証言は一致し、母が十四年前に死んだことは間違いないはずなのに、実際に母が死んだのは十三年前。
しかし、十四年前の死が幻覚の類だった、という線もあり得ない。何故なら当時のミネルヴァは魔物を食べていなかった為、固有魔法を持っていないからだ。
同様の理由で彼女が人間だったとした場合、母を殺す手段を持っているはずがなく、そうなるとミネルヴァは魔物、ということになるが、ニクソンが示した通り少なくとも三年前の時点までは王の魔法に保護される対象――つまり人間だったことは確定している。
これらの事実を矛盾させずに成立させるには……。
「ワグナーさんは、母の固有魔法を調べたことはありますか?」
「それが十四年前に突然固有魔法が使えなくなっちゃってねぇ? 他の村人の固有魔法はみぃんな調べたんだけど、ウルカスさんだけ調べられてないんだよぉ」
固有魔法を使えなくなった……?
そんなことこれまで聞いたこともないが……。
「お母さんのことを知りたいのかい?」
「はい。まあ、そんなところです」
「じゃあ固有魔法は分からないんだけど、一つとっておきの話があるよ」
母自体のことを知りたいワケじゃないが、無下にするわけにもいくまい。
「お願いします」
すると、ワグナーは仰々しく咳払いをしてから、得意げに言った。
「これはウルカスさん本人から聞いた内緒話なんだけどねぇ? 実は昔、ウォールヴルク城で働いていたことがあるんだって!」
実は僕もなんだけどね!と照れくさそうに髭を撫でるワグナー。
俺は母のことを何も知らない。
ただ俺のことを嫌っていて、俺の死を望んでいる、それだけの人だった。
ゆえに母が過去にどこで何をしていようが、正直知ったこっちゃない。
だが、母の過去を聞いたこの瞬間。
――頭の中でパチッ、と何かがハマる音がした。
「分かったかもしれない……!」
俺はたまらず呟いて、勢いのままに立ち上がる。
「ワグナーさん!ありがとうございます!」
「いいよいいよ。何か分からないけど、頑張ってねぇ」
「はい! ありがとうございます!」
とてつもない大きな手掛かりをくれた老人に頭を下げ、ミネルヴァに駆け寄る。
「何か閃いたみたいだけれど、何かしてほしいことはあるかい?」
ミネルヴァは朗らかに表情を緩めながら言った。
「ニクソンの力を借りたい!」
「じゃあニクソン大臣のお家の前に転移すればいいのかな?」
ミネルヴァは本当に察しがいい。
「あぁ! 頼む!」
ミネルヴァはにっこりとして頷くと、俺の手を握る。
足元に白い魔法陣が現れ、浮遊感に包まれる。
「ミネルヴァ」
「なぁに?」
決意を言葉にしておきたくて、ミネルヴァの眸の奥に向け、言った。
「絶対に真相を明かしてみせるから、待っていてくれ」
ミネルヴァは目をまあるくした後、
「うん!待ってる」
太陽のような笑顔を見せて、俺達は光の中に消えた。
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次の瞬間、俺達は貴族街の一角にいた。
まだ日は落ちきっていない。『空間転移』の凄まじさを改めて痛感する。
目の前には一際威厳を漂わせた大邸宅――大臣ニクソン・カルバニスの家だろう。
邸宅の周囲は高い塀がぐるりと囲っていて、大きな門の前には守衛が一人。
「アーくん」
邸宅へ向けていた視線を横に滑らせると、ミネルヴァがはにかんでいた。
「頑張ってね」
慈愛に満ちた声色に、腹の奥が熱くなる。
「あぁ。頑張る」
手を離したくない。そう思ってしまうのをぐっと堪え、握りしめた手を解いていく。
門に向かって少し歩き、もう一度振り返る。
「いってきます」
「うん。いってらっしゃい」
ミネルヴァから勇気を貰うのは、これで何度目だろうか?
そんなことを思いながら、守衛に歩み寄る。
「誰だ貴様。ここはニクソン・カルバニス様のお屋敷だ。用が無いなら失せろ」
守衛は睨みを効かせ、厳しい口調で威嚇する。
だが、俺はそんなこと意にも介さず、真っすぐに守衛を見つめ返す。
俺は今、なんでも出来る気がしていた。
ミネルヴァはやはり俺の勇者だと、確信したからだ。
「俺の名前はアポロ・ウルカス。今から言うことを至急ニクソンに伝えてくれ。『カイロス国王の不貞について調べたい』と」
確かな自信を携えて、言った。
ちらりと後ろを振り返ると、ミネルヴァが儚げな笑みを浮かべていた。
次回から終章の推理パートです。
謎解きのカギは全部ここまでの話の中にあるので、一緒に推理してみてください。




