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二日目 昼夕


 俺はミネルヴァを連れ立って、街外へ向かう馬車に乗り込んだ。

 危険な街の外を運行をするだけあって、しっかりとした木製のキャビンには幾重にも防御魔法が施されている。

  

「久しぶりだねぇ。十四、五年ぶりかなぁ?」

 小さな窓を覗き込みながら、ミネルヴァが言った。

 彼女はずっと外を眺めているが、存在を確かめるみたいに俺の手を握り続けている。


 馬車の目的地はリキルの村――俺とミネルヴァの故郷だ。

 王都東の草原地帯を横断する街道をゆっくりと走る。

 

「うん。十四年ぶりだ」

 俺が答えると、

 「そっか」彼女の手にぎゅっと力がこもるのが分かった。

 

 これまで一度として帰らなかった故郷への帰省。

 その目的は、ミネルヴァが明かした俺の母の死について調べる為だ。

  

 幼少の頃の俺の記憶には、いくつもの空白が存在する。

 それは俺が身体が弱く、一度眠ると数日目を覚まさない、なんてことが日常茶飯事だったからだ。


 故にリキルの村で過ごした思い出というのは過ぎた年月よりもずっと少なく、その数少ない記憶のほとんどは狂気に歪む母の表情と暴言の数々。

 俺を絶望の淵から救ってくれたミネルヴァとの時間は、ほんのわずかだ。


 そんな苦しみに満ちたリキルの村での生活が終わったのは、六歳の頃。

 

 母と暮らした小さな家。

 母のベッドと母の机、母の調理場。

 俺の居場所はどこにもなくて、母の視界に入らないよういつも部屋の隅にいて、地べたに蹲って眠っていた。

   

 ある日、いつものように数日の眠りから覚めた俺を、ミネルヴァが覗き込んでいた。

 目が覚めてすぐミネルヴァに会えたことが嬉しくて、気怠さなんてどこかにいってしまった。

 遊ぼう、と言おうとした時、ミネルヴァが全身血まみれでいたことに気付いた。


「えっとね、魔物が、出たの」

 彼女が顔をぐっと俯けて言った。  

 辺りを見渡すと、家中の床や壁、家具が夥しい量の血に濡れていて、ベッドに横たわる母の身体には食いちぎられたような跡、固い物で打ち付けられたような跡、鋭い何かでめった刺しにされたような跡――無数の傷跡があった。

 特に頭部の損傷が酷かった。割れた頭蓋が辺りに散らばっていて、中身が失せた空洞を晒す。

 子供ながらにも死んでいると確信できるほど、母はズタズタだった。

 

「ミネルヴァちゃんはケガしてない!?」

 俺は何よりもミネルヴァが心配で、ケガがないか身体のあちこちを触って確かめる。

「んーん。僕は大丈夫……!」

 ミネルヴァは表情をパッと華やげてくれて、俺を抱きしめてくれた。

 それだけで全ての憂いが払われたような気がして、俺が泣くとミネルヴァも泣いた。


 しばらく泣いた後、手を繋いで家を出る。

 外は真っ暗で、魔物が出たというにはあまりにも静かだった。


「まだ魔物が隠れてるかもしれないから、一緒に逃げよ?」

 ミネルヴァが俺の手をぎゅっと握る。

 彼女の手が震えているのが分かって、俺は「うん!」と力強く頷いた。


 それから二人で林を抜け、たまたま通りがかった冒険者が俺達を見つけ、王都まで連れて行ってくれた。

 リキルの村から離れて以来体調も良くなり、記憶に穴が開くことも無くなったのだ。


 今思えば、あの日は不可解だ。

 なぜ夜中にミネルヴァが家にいたのか?

 母が原型を失うほど痛めつけられていたのに、なぜ村は何事もないかのように静かだったのか?

 母を殺したのは魔物ではなくミネルヴァだったと明かされて、察しがついた。


 あの日、リキルの村は魔物に襲われていなかった。

 ミネルヴァは嘘をついたのだ。

 

 だが、ミネルヴァを恨む気持ちなど一切湧かない。

 むしろミネルヴァは、俺を救ってくれたのだ。

 ミネルヴァはやはり、俺の勇者だ。


「ミネルヴァ」

 名前を呼ぶと、「ん?」と優しい声が返ってくる。

 

「ありがとう」

 これまでの感謝を込めて言った。

 

 ミネルヴァは返事をしなかった。

 こちらを振り返ることもなく、ただ手を握ったまま、外を眺め続けていた。

 でも彼女の手が僅かに震えているのが分かって、震えないように強く握り返す。

 

 ミネルヴァは今どんな表情をしているのだろう?

 そんなことを考えながら、馬車に揺られるひと時を過ごした。


 

 日が傾き始めた頃にリキルの村に辿り着く。

 村西側の大きな林を北に迂回する形で街道が通っており、南にはミネルヴァと出会った川が流れている。

 豊かな自然と魔物被害の少なさゆえに村の規模はそれなりに大きく、百人前後の村人が居住する。

 村人の多くは木こりを生業としており、王都が近いにも関わらず若者も多く暮らしていて、活気ある村という印象だ。


 村を歩きながらしばし故郷の風景を眺めるが、感慨を覚えることは無い。

 辛い思い出ばかりの場所な上、寝てばかりで記憶も穴だらけ。

 ミネルヴァも俺の少し前を歩きながら辺りを見渡してはいるが、特段感動しているようには見えなかった。

 村人はミネルヴァの歩き姿に惚けたりしていたものの、勇者ミネルヴァだと気付く様子はない。

 魔王討伐の旅に出たはずの勇者がここにいるわけがない、とでも思っているのだろう。

   

 村に一つだけある教会を通りかかった時、修道服を身に纏った老父が出てくるのが見えた。

「あの……少しいいか?」

 その男のたっぷりと蓄えた顎ひげには見覚えがあり、声を掛ける。

 確か、『固有魔法を調べる』固有魔法を持つ男――名前は覚えていない――だったはずだ。


「あれぇ、旅人さんかな……ってもしかして……」

 男はミネルヴァの顔をじいっと見て、厚みの無い白髪頭を掻く。

「僕のこと覚えているかい? ワグナーさん」

 ミネルヴァが微笑みかけると、男は「あぁ!」と大きく頷いて、

「ミネルヴァちゃんだねぇ。うわぁ、懐かしいなぁ」

 皺だらけの顔をにっこりとさせた。


「ちょっとお茶していく?」 

 ワグナーがはにかんだ。

 

 俺達はワグナー老人の後をついて教会に併設された孤児院に入る。

 中は広間になっており、子供達が各々の遊びに耽っていた。

 

「あんまり変わってないねぇ。懐かしいなぁ」 

 ミネルヴァが感慨深そうに呟いた。

 そう言えばミネルヴァはここで育った、と言っていた。

 

「あっ! キレイなおねえちゃんがいる!」

 わんぱくそうな子供がミネルヴァに指を差してそう言うと、子供達がミネルヴァに殺到する。


「おねえちゃんかわいいね! なにものですか?」

「何者だと思う?」

「えっとね~……ゆうしゃミネルヴァ!」


 鋭い。子供の勘というのはバカに出来ないものだ。


「えぇ~! ぜったいちがうよぉ! ゆうしゃはいま、まおうとたたかってるんだよぉ?」

「じゃあだれなのさ~?」


 子供達は「う~ん」と悩みはじめ、ミネルヴァは「分かった子には飴をあげよう!」と燃料を追加する。

 すると、いち早く手を挙げた女の子が大きな声で叫んだ。


「しらがのおにいちゃんのおよめさんでしょ~!?」

「なっ……!?」          

 

 ミネルヴァはこれまでの大人の余裕はどこへやら、顔を真っ赤にして押し黙る。

 子供はその反応を正解と見て大喜びし、手を差し出す。

 助け舟を出してあげないといけないらしい。

 

「ごめんね。このお姉さんは俺のお嫁さんじゃないんだ」

 子供に視線を合わせて、優しく言った。

「えぇ~!じゃあどういうかんけいなの?」

 

「世界で一番大事な人、かな」

 考えるまでもなく、言葉が出た。

 

「それっておよめさんのことじゃないの?」

「ちがうよ。大人には色々あるんだ」

「へぇ~。なぁんだ」

 子供達は期待外れとばかりに肩を落とし、各々の遊びに戻っていった。

 するとニコニコとしていたワグナーが、

「ごめんねぇ。子供達は無邪気だから」

 そう言って、奥に向かって歩き出す。


「行こうかミネルヴァ」

「ん……」    

 俯いたまま頷く彼女と一緒に、ワグナーの後をついていく。

 ぎゅっと俺の手を握ったミネルヴァを見て、子供達がまた騒いでいた。      

 

 案内されたのは四人掛けの机が置かれた小部屋だった。

 小ギレイに整えた内装に生活感はなく、おそらく応接室だろう。

 椅子に腰かけて待っていると、飲み物と茶菓子が出てきた。


「いやぁ、それにしてもあんなに小さかったのに、大きくなったねぇ」

 ワグナーは慈愛に満ちた眼差しをしながら、ミネルヴァに菓子を乗せた皿を寄せる。

「十四年経っているんだから当然じゃないかぁ。もうすっかり大人の女性さぁ」

 ミネルヴァはそう言ってから菓子を口に運び、「ん~」と頬を緩めた。

「そうかい。そうかい」

 微笑みを向けあう様子はまるで親子のようだ。

 仲が良かったのだろう。 

 

「それにしてもミネルヴァちゃんが勇者に選ばれた、って聞いた時はおったまげたよぉ。あの時も急に居なくなっちゃうし、ミネルヴァちゃんには驚かされてばかりだぁ!はっはっは!」

「ごめんねぇ。どうしてもアーくんと王都で暮らしたかったんだぁ」

「……あぁそうか! じゃあキミがアポロくんか……!」

 ワグナーは俺を見ながら何度も頷く。

「はい。俺がアポロです」

「そうかい。そうかい。ミネルヴァちゃんをよろしくねぇ?」

 朗らかな表情をするワグナー。

 俺は彼の顔を直視することは出来ず、「分かりました」とだけ答えた。


「それでアーくん。何か聞きたいことがあるんじゃなかったかな?」

 ミネルヴァが話を変えてくれて、「なんでも聞いておくれ」とワグナー。

 言葉選びに配慮しつつ、尋ねた。


「十四年前に死んだ俺の母――レト・ウルカスについて、俺達が居なくなった後のことを知りたいんです」


「レト・ウルカス……レト・ウルカス……」

 ワグナーはさすがに高齢ということもあり、十四年前の死者と言われても中々思い出せていないようだった。

 顔を知っていたから声を掛けたが、人選を誤ったかもしれない。

 適当に話を終わらせて帰ろう――そう思った時だった。


「あぁ!ウルカスさんかぁ!」

 ようやく思い出したらしく、やや大きな声を上げた。


「何か覚えていることがあれば教えてください」

 些細なことでもなんでもいい。

 手がかりを欲する俺は、縋る気持ちで聞いた。

 すると、ワグナーは顎髭をさすりながら、怪訝そうに言った。


「でもウルカスさんが亡くなったのは、ミネルヴァちゃんが居なくなった一年後。つまり()()()()だよ?」   

 

     

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