事件当日 夜②
「お待たせしましたぁ。エール四つと適当につまめるヤツぅ。あとコレはサービスのチルポーションですぅ」
ものぐさな印象を受ける女性のウェイターは持ってきた物をテーブルに並べ、俺の前にチルポーションを置いた。
「ごゆっくりぃ」
ここは泣く場所じゃねえぞ。
彼女の眼差しに言葉とは裏腹なそういう意図を強く感じ、気恥ずかしさがこみ上げる。
そうだ。今は泣いている場合ではない。
俺にはミネルヴァの真相を明かすという役目がある。
三日以内に役目を果たすことが出来れば、ミネルヴァは人類を殺さない。
ダリニアは殺されたが、あれはおそらく俺の推理の妨げになる、と考えたからだろう。
少なくとも三日間の間は、目立った動きはないはずだ。
それを信じて、今はやるしかない。
「大丈夫かよアポロ?」
「あぁ……大丈夫だ」
涙を袖口で拭い、息を吐いて気を改める。
「じゃあ……再会に!」
エールを掲げて目配せすると、三人が応える。
「「「再会に!!!」」」
飲み会が始まった。
「それでミネルヴァよォ。帰ってきたっつうことは、だ。 俺達の力が必要になったってコトかぁ?」
確信を得ているとばかりに得意げなハンネス。
「違うよ?」
加減なくバッサリと斬り捨てるミネルヴァ。
「ぐぐ……! じゃあなんで戻ってきたんだよ? まさかもう――魔王をやっちまったのかッ!?」
ハンネスの大きな声が酒場中に響き、静まり返った冒険者達の注目がミネルヴァに注がれる。
俺もあの事件と質問出来ないという誓約が無ければ、真っ先に質問していたことだろう。
ミネルヴァは答えるのか、答えないのか。
エールで喉を潤しつつ、言葉を待つ。
「それがねえ!?」
力を宿した声色に、酒場が色めき立つ。
自然とジョッキに手が伸びて、大騒ぎの準備を始めている。
「実は……」
ミネルヴァが力なく肩を落とし、冒険者達も一様にがっくりと肩を落とす。
立ち上がりこちらを覗いていた者達は椅子に掛け直した。
「なんと!」
再び力強い声。あちこちで慌てて立ち上がる者達がいて、椅子が倒れる音が響く。
皆が固唾を飲む中、ミネルヴァは一度エールで喉を潤す。
そして二度の咳払いを済ませた後、ミネルヴァが立ち上がる。
「まだだよぉ~」
ひょうきんに舌を出しておどけてみせるミネルヴァに対し、方々から怒号が飛んだ。
「んだよ!もったいぶんじゃねえよ!」
かくゆうハンネスもその一人で、椅子を立てながら文句を垂れる。
「人を笑顔にするのが勇者の仕事だからねぇ。これくらいは当然のコトさ」
「いや笑顔っつうかみんな怒ってんだけどなぁ!?」
言葉を荒げるハンネスだったが、ニコニコと悪びれる様子の無いミネルヴァにため息をついた。
「旅は順調なの?ケガはしてないみたいだけれど……」
ライザが心配そうに尋ねる。
「……うん。順調そのものだ。だからこうして帰ってきたりしているワケさぁ。ね?」
ミネルヴァがこちらに反応を促すような視線を向ける。
「……あぁ。そうだな」
意図が分かりかねる中、とりあえず答えた。
本当に順調なら、何故王族を殺した?
猜疑心を心の奥底に沈めて、表情を繕う。
「怪我といやあ聞いてくれよミネルヴァ!」とハンネスが前置きし、俺を指差しながら、
「コイツ、こないだまた大ケガしたんだぜ!?」
「おい!そんなこと今言う必要ないだろ!」
ミネルヴァに聞かれたくなくて慌てて止めようとするが、「ほう?」と聞く姿勢のミネルヴァ。
「キリサキにやられて腹から真っ二つだぜ? ライザがいなけりゃ間違いなく死んでたよな!?」
キリサキは「見えない斬撃を放つ」固有魔法を持つ魔物だ。
五日前にキリサキの群れに襲われた村の救援に行った際、そういうことがあった。
ライザの治癒魔法で元通りになったものの、それからは毎日のように二人に叱られる。
だが言い分はあって、ただ聞いているワケにはいかない。
「でもあの時は俺が飛び出してなかったら子供達が殺されていたんだから仕方ないだろ!?」
「だからその役をオレに任せろっつってんだよ!オメエは弱えんだから後ろで頭使ってろ!!」
「その頭を使った結果俺が行かなきゃ間に合わないと思ったんだ!いつまで同じことを言ってるんだ!?」
「いつまでも言ってやるよ!! オメエは前に出るなぁ!!」
言い合いが過熱し、互いの眼差しが強くなる。
どちらかが立ち上がれば殴り合いになるだろうという時、ライザが「はいはい」と手を叩く。
「ケンカはダメよ! ハンネスは弱いとか言わない!!」
ライザに咎められたハンネスは何やら言いたげにこちらを睨んだが、エールを一気に飲み干して、「おかわりっ!」と声を張り上げる。
「でもねアポロ……?」
俺は少々不機嫌だったが、潤いを帯びたライザの声に胸が痛む。
「何度も言っているけれど、治癒魔法は寿命を前借りしているだけなの。使い過ぎるとどんどん寿命が削れちゃって、最期は治癒できなくなっちゃうんだからね……?」
「うん……。ごめん。気を付けるから、もう泣かないでよ?」
「泣いでないっ!!」
ポロポロと涙を落とすライザ。
ハンネスは「今日はみんな泣きすぎだろ……」とライザの背中を優しく叩く。
治癒魔法は勉強すれば誰でも使えるようになる魔法だ。
魔法の才能がない俺や不器用なハンネスだって使えるものの適正があり、使い手によって効力が随分変わるのも治癒魔法の特徴。
ライザは特に適正があり、身体が真っ二つになろうと生きてさえいれば治すことが出来るのだ。
だが、ライザの言う通り治癒魔法は受けた者の寿命を消費すると言われている。
治療した傷病の程度によって消費する寿命の量は増減し、残りの寿命が消費する寿命よりも少なかった場合、治癒魔法を受けた者は死亡する。
無論、王の魔法がある為、その場合は治癒魔法が死をもたらすと判断されてしまい治癒そのものが出来ないのだが。
故にライザは治癒魔法が得意だが、それを使いたがることはない。
出来るだけ怪我をしないようにしなさい、と耳にタコが出来るほど言い聞かされた。
「変わってないんだね」
ミネルヴァが言った。
憂いを帯びた表情。黄金の眸は少しだけ潤んでいるようにも見えて、俺はつい目を逸らす。
ライザやハンネス。特にミネルヴァには。
――絶対に気付かれてはいけない。
せめぎ合う感情を奥へ奥へと流し込むように、エールを飲み干す。
「おまたせしましたぁ。獣肉シチュー四つぅ」
ちょうどいいタイミングで、ウェイターが料理を持ってきてくれた。
「きたよミネルヴァ」
「……うん! いい匂いだぁ!」
各々の前に運ばれた獣肉シチュー。とろみのある赤みがかったスープに、今にもホロリと崩れそうなほど煮込まれた大きな肉が入っている。
ほのかに酸味のある深い香りが食欲をそそり、パンチの効いた味わいは疲れた身体に染み渡る。王都の冒険者達にとってのソウルフードだ。
まあ、今日は食べられる気がしないが。
「食べようよ!アーくんも好きだったよね?」
朗らかに笑うミネルヴァを見ると、食べないわけにはいかないか、という気になる。
「……うん」
微笑を返し、スプーンを手に取った。
それから俺達は、食卓を囲みながら思い出話に花を咲かせた。
危なかった冒険。他愛ない暮らしの一幕。
四人で過ごした日々は今も燦然と輝く俺達の宝物だ。
ミネルヴァのいない二年間を埋めるように、語り合った。
気付けば俺のシチュー皿は空になっていて、改めてこの再会の喜びを嚙みしめる。
テーブルの皿がどれも綺麗になった頃、
「ねえ。ミネルヴァが戻った時に言うって決めてたでしょ?」
ライザがハンネスの袖を掴んで言った。
すると、ハンネスは「あぁそうだった!」と仰々しく驚いてみせた後、
「ミネルヴァ、アポロ。聞いてくれ」
神妙な面持ちで居住まいを正す。
「俺達結婚するコトになったんだ!」
真剣さと幸福がないまぜになったような表情で言った。
「……え」
俺は思わず、情けない声を漏らす。
割とずっと一緒にいたのに、二人がそういう仲だったことすら知らなかった。
「けっ……こん……?」
ミネルヴァも俺と同様だったらしく、啞然とした様子。
「はっはっは!ほら見ろ言ったろライザ? ぜってえ気付いてないって!」
ハンネスは嬉しそうに手を叩いて破顔し、やや顔を赤らめたライザもつられて笑う。
「い……いつから?」
ミネルヴァは笑顔で尋ねた。
繕った偽物の笑顔だと、なんとなく思った。
微妙な違いだが、ずっと彼女を見てきた俺だから、今日の出来事を知っているから、分かった。
「五年くらい前だっけ?」
「な、なによハンネス……おぼえでない、の……?」
「うそうそうそ! 四年前! ドレイク討伐の帰り、俺がライザに告白したんだ!」
瞬く間に眸を濡らしたライザに必死に弁明するハンネス。
「おめでとう!二人とも!」
元気を繕って、拍手を送る。
とてもおめでたいことだと頭では分かっている。
だからこそ、本心から祝えるワケが無かった。
王族が死んで、王の魔法をミネルヴァが奪っている。
いつ解除されるとも分からない上、ミネルヴァの真意を明かすことが出来なければ、人類を皆殺しにすると言っている。
こんな状況で、家族同然の二人が結婚する?
罪悪感が溢れ出して、血が冷えていく。
彼らの幸福な未来を、どうしても想像することが出来ない。
「……おめでとぉ。この勇者ミネルヴァが君たちの新しい門出を祝福しようじゃないかぁ」
ミネルヴァはおどけてみせて、俺達四人は互いに笑顔を向けあう。
だが、俺は見逃さなかった。
テーブルの下で、ミネルヴァが拳を握りしめているのを。
鬱血し、壊れてしまうんじゃないかと思うほど、強く。
「しかしよお。まさか俺達の方が早えとはな?」
ハンネスが俺にちらちらと視線を送りながら、からかうような調子で言った。
「ん、どういうこと?」
繕った笑顔を張り付けたままのミネルヴァが尋ねる。
「はぐらかすなよ!」ハンネスが笑い飛ばした後、
「テメエらもすんだろ? 結婚」
「……ええ!?」
唐突過ぎて、大きな声が出た。
「そ、そんな約束してないよぉ!?」
ミネルヴァも顔を真っ赤にして慌てている。
ミネルヴァの言う通り、俺達にそんな約束はないどころか、そういう仲でもない。
……まぁ、好きだが。
「嘘おっしゃい! お姉さんの目は誤魔化せないんだから!」
得意げにしたライザが追い打ちをかけ、ミネルヴァはどんどん赤く小さくなっていく。
「ハンネスはどうしてそう思ってたんだよ?」
ミネルヴァへの助け舟と照れ隠しを兼ねて聞いた。
「そりゃあお前らが両想いだからに決まってんだろうがよ?」
当然とばかりにそう言ったハンネスは、ある思い出を語り始めた。
冒険者になったばかりの頃。
まだミネルヴァが、強くなかった時の話だ。




