公園での一幕
夕暮れ時の公園。
小学生くらいの二人の少年がキャッチボールをしている。僕はブランコの柵に座りながら、その様子を眺める。
「呆けているだけなら帰るわよ」
隣に座る須佐さんが、僕の脇腹をつつく。ひゃっと声が裏返ってしまうが、それに気にした様子もなく淡々と僕を見つめている。
「そうだね。じゃあ、これから反省会をしようか」
僕らは現在、幸の家の近くにある松の木公園に来ている。幸の家を出たあと、このまま帰っていいものかという話になって、僕と須佐さん、それに清水さんで反省会を開こうということになったのだ。
ちなみに、ここの公園を選んだのは、僕が小学生のころに良く幸と遊んだ公園で、人も少なく座って話せると思ったからだ。
しかし、いざ反省会をしようにも、僕らはろくに話すらできなかったわけで、その解決策もなかなか出てこず、沈黙が訪れる。
そんな中、ふと、僕はあることを思いだした。
「そういえばさ、この間美術室で会ったとき、須佐さん何か言おうとしてなかった?」
僕が強引に遮ってしまった覚えがある。須佐さんはそれにあー、と頷いた。
「私に告白しようとした相手が、鳥居くんっていう話ね」
「えっ、いまなんて」
「だから、私に告白しようとした相手が鳥居くん」
なんだか頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。そんな僕の反応に須佐さんと清水さんもなぜか目を点にしていた。
いままで僕の頭の中で噛み合わなかった歯車が急速に回り、一本の道を示す。
「つまり、幸はあのとき近くにいて、僕らを目撃していたってことか」
「いや、それはないと思う。私と鳥居くんは校舎前で会う約束をしていたんだけど、鳥居くんは校舎裏の方で待っていたから。私はてっきり校庭の方だと思ってたんだけどね。ただ、あのとき私は着替えるために、その話はまた今度っていうかたちにしたから、私に何があったかについてきっととても関心があったと思う」
なるほど。だからあのときあそこに須佐さんがいたと。そして、あのとき幸は校舎を挟んで向こう側にいたということか。清水さんがその姿を見ていないのも納得できる。
つまり、あの時点では、まだ告白が終わっていなかったと。
「それで、別の日に済ませたわけか」
「いえ、実はまだなの。あれから鳥居くんの方からの音沙汰がなくて」
僕は天を仰いだ。
なんということだ。もう、開いた口がふさがらない。
つまり、幸はまだ告白を済ませていなくて、そんな状況で今日、須佐さんが訪ねてきたと。舞い上がったのも束の間、僕が現れて須佐さんが来た目的が自分の思うものと全然違うことが分かったと。
「そりゃあ、怒るわけだ」
正直予想以上の激怒に驚いたけれど、いまの話を聞いて全て納得した。どうしようもなくややこしい展開を僕がさらにややこしくしたわけだ。
そうなると、以前須佐さんと話しているときに幸が教室に入ってきたのは、告白をしようとしてのことだったのかもしれない。あのときはタイミングが悪いだけだと思っていたけど、そう考えるとつじつまがあう。
「でも、じゃあなんで今日須佐さんは僕についてきてくれたの?」
今日の僕らの行動は火に油を注ぐものであることは明白である。
須佐さんはそれに言いにくそうに口を開く。
「正直、私は天部くんがそのあたりのこともある程度把握した上で鳥居くんの家に行く話を持ちかけてくれていたと思っていたの」
それは意外な話だ。僕は今回のことに関しては何も分かっていなかった。
「この間の美術室でも僕は大分とんちんかんなことを言ってたと思うけど」
「それはたしかに変だと思っていたけど、冗談かと思ったから」
それには清水さんもうなずく。たしかにいきなり女の子からの告白、なんて聞かれたら冗談だと思っても仕方ない。それに、須佐さんは女子からもてるタイプとはとても思えない。それとは真逆の、男子にもてすぎて嫉妬されて嫌われるタイプだ。
「ごめん。なんだか、むしろ私がことを荒立ててる感じだよね」
須佐さんが謝罪を口にする。清水さんもそれに合わせて私もごめんと続ける。
「いや、今回は別に二人は悪くないよ。むしろ、僕の方こそごめん」
頭を下げる。結局、事前に意思疎通を全くしなかったのが今回の原因だ。あと、ことを荒立てたのは須佐さんではなく、弁天だろう。だからこの話をこれ以上掘り下げてもしょうがない。
「でも、そうなってくると、本格的に二人の間での和解は難しくなりそうだね」
しゅんとした顔で清水さんがぽつりとこぼす。その通りだ。この二人をしても、僕と幸との間の話はタブーになってしまっていて、切り出すことができない。僕が直接なんてもっての外だ。
「時間が経って落ち着いてくるまでは、この話題はしまっておいたほうがいいのかもなあ」
世の中、時間が解決してくれることもある。それに任せるのはとても不本意だが、僕らの間を取り持ってくれるものは、それくらいしかないのかもしれない。
三人の間にどんよりとした空気が流れる。いつもなら大きくため息をつくところだけれど、この二人の前でそんな姿を見せてしまうと、より酷い空気になりそうで、僕は空を見上げる。こういうときは上を向くのが一番いい。下を向くとより一層暗くなる。
空には、薄ら赤い雲がゆっくりとたゆたう。夜の訪れが近いことを感じる。女の子二人は、そろそろ帰った方が良さそうな時間だ。暗くなると危ない。
ブランコの手すりに手をかけ立ち上がろうとすると、突然危ない、という叫び声が聞こえる。
とっさにかがもうとするも時すでに遅く、こめかみに衝撃が走る。一瞬間して、鈍い痛みを感じて、頭を押さえる。足下には、ゴムボールが転々としていた。
「あの、大丈夫ですか」
「すいませんでした」
二人の少年がいつの間にか僕のそばに来て頭を下げていた。二人のどちらかが投げたボールが僕に当たったのだろう。
「お前がカーブとか投げようとするからそうなるんだぞ」
「お前だってこいよって笑ってただろ」
二人の少年は言い合いを始める。なんだかその様子が、昔の自分と幸の姿と重なるところあった。そういえば、昔僕らもこうやってしょっちゅうくだらないことで喧嘩をしていたものだ。そして、決まってそういうときに月夜さんや幸恵さんが仲裁してくれたっけ。
だから僕は、二人の頭にそっと手を置く。
「僕は大丈夫だから喧嘩するなって。ただ、次からは気をつけるんだぞ」
二人の少年はぽかんとして、僕の方を見る。それに、笑顔で返す。すると、少年の一人が、もじもじしながら言う。
「あ、あのさ、ごめん。俺がカーブ投げようとしたから」
「いや、俺の方こそ、なにも考えずにこいよなんて言ったから」
「じゃあ、二人とも謝ったことだし、仲直りの握手だ」
そう言って二人の手を取る。少年たちは、少し照れくさそうにしながら、手を握り合った。
満足そうにうなずく僕の横で、二人の少女は驚いた表情を浮かべていた。
「えっ、どうしたの。二人とも。そんなに顔して」
はっと二人は我に返る。
「いや、なんというか、意外だなと思って」
「うん。私もびっくりしちゃった」
僕を見る目がおかしい。一体どうしたというのだ。
「いや、なんというか、ねっ」
「うん、意外と優しいというか、温かいというか」
二人は顔を見合わせて驚きを共有している。そんなに僕があんなことをするのは意外だったのだろうか。なんだか、そう改めて言われるとちょっと恥ずかしくなってきた。
「まあ、天部くんが情深いことは分かったし、そろそろ帰ろうか」
くすりと僕を見て笑う須佐さんを見て、頭を掻く。恥ずかしいからやめて欲しい。だから僕は二人に背を向け、わざとらしく大きな声で、暗くなってきたからねと呟いて、荷物を持って立ち上がる。
「にーちゃん、帰るのか」
「じゃあなー」
その言葉に手を振り返す。それに、微笑ましいものでも見るような眼差しを須佐さんと清水さんが向けてくる。あー、恥ずかしい。僕はそれから逃れるように足を早める。
結局、帰っている間ずっと二人は僕をからかってきた。