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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
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少女の正体

 翌日の昼休み。美術室の扉を開く。

 そこには、須佐さんがいた。実は登校したとき、下駄箱に美術室に来て欲しいという旨の須佐さん宛の手紙が入っていたのだ。開く前はもしや不幸の手紙かと悪い意味でドキドキしていたが、違ったみたいでほっとしたという朝の一幕があった。

 接触を控えようと思った手前どうしようか迷ったが、場所や時間帯を加味して問題なさそうだと判断して応じることにした。

「ああいった呼び出し方になってごめんなさい。それから、昨日の今日で来てくれてありがとう」

 僕は扉を閉めると椅子に腰を下ろす。

 朝の手紙の差出人は須佐さんだった。話の内容はおそらく昨日言いかけていたこと。これ以上の接触は避けようと思った矢先の出来事で少し迷ったが、場所としてはそこまで危険性もないのではないかと考え、応じることにした。

「それで、本題に入りたいんだけど、昨日のことは改めてごめん。私が腕をつかまなければあんなことにはならなかったから……」

「それは別にいいよ。話はそれだけじゃないよね」

「うん。実はそれを昨日話そうとしていたの」

 やはり予想通り。それで、と話を促す。

「私の友達が先週の木曜日の一件を見ていたみたいで、それをクラス中に触れ回ったらしいの。それでそのことを謝りたいって言ってて」

 触れ回った子、というと先日屋上で土下座をしてきた和服姿の女の子のことだろう。

「謝罪はもうされてるからいいよ」

「えっ、いや、そんなことはないと思うけど。その子の頼みでこの場を設けているわけだし」

 須佐さんは首を傾げる。お互いの言い分には矛盾が生じている。不思議な話だ。

「えーっと、良く分からないけど取りあえず出てきてもらうってかたちでいいかな」

 どうやらその僕に謝りたい子はこの美術室のどこかで待っているようだ。僕はそれに頷く。

「入ってきていいよ」

 須佐さんが美術準備室の方へ声をかける。その呼びかけに応じるようにガチャリとドアが開く。

 以前あったときは和服姿だったけど、今日は制服姿なのだろうか、なんてどうでもいいことを考えてしまう。

 美術準備室から出てきたのは、知らない女の子だった。

「えっ、誰?」

 思わずそう呟いてしまう。背が低くかわいらしい丸顔を想定していたが、出てきたのは平均くらいの背丈で卵形の顔の女の子だった。

「わっ、私、清水由良って言うんだけど。あのっ、本当にごめんなさい」

 清水さんとやらはそう言って思いっきり頭を下げる。どうやら、以前僕謝ってきた少女とは違う子みたいだ。その証拠に土下座をしていない。いや、それ以前に顔やらなんやらが全然違うが。

 僕は顎に手を当てて考える。そして、一つの仮説を思いついた。

 あの事件を目撃していた子は何人もいるのかもしれないという仮説を。それはなんだかとてもあり得そうなもので、自然と納得した。

「あ、あの」

 清水さんが遠慮がちに声を出す。

「あ、えーっと、うん、大丈夫。大丈夫だから気にしなくていいよ」

 僕の中の謎が解決してわだかまりが無くなったこともあって、自然と怒りは湧いてこなかった。むしろ、少し充足感がある。

「どういうことか説明してくれる、天部くん」

 満足そうに頷く僕に訝しげな視線を送る須佐さん。

「ああ、人違いだったらしい。他にも見ていた人がいたんだと思う」

 あの日は雨上がりだったから校庭に出ている人はいる人はいないと思っていたけど、きっと誰かが外にいたのだろう。

「あ、あの、それはないと思う」

 おずおずと清水さんが口を挟む。

「どういうこと、由良?」

「えーっとね、私は美術室にいたからたまたま二人が見えたんだけど、多分あの場所は美術室か昇降口からしか見えないと思うの。あのとき下駄箱の辺りには誰もいなかったって常世が言ってたし、私も外に出て行く人は天部(てんぶ)くんと常世以外見てないからそれはないと思う」

 窓の方へ視線を向けて確認する。たしかに、ここからは昇降口も花壇の周りも見渡すことができる。すると、外に誰かが出ていった線は考えにくいか。

 上の階から覗いたという可能性もなくはないが、うちの学校は不思議なことに教室の窓の先にベランダみたいに通路があるという構造になっていて、そこまで出ないと校庭を一望できない。雨上がりで水が溜まっている通路へ上履きで出て行く変人は流石にいないはずだ。

「ちなみに、そのとき美術室には清水さんだけだったの?」

「うん、私一人だったよ」

 思わず首を傾げる。

だとすると、僕の会った少女は何者だったんだろう。いや、それ以前に、一つ疑問が生まれる。

「なんであのとき須佐さんはあの場所にいたの」

 いまの話から、あのときあの場所にいる理由が全然分からない。

「私?校舎裏に呼び出されていたからよ」

「それってどんな用で?」

「告白よ」

 なるほど、告白。

「その相手って、女の子だったりする」

「そんなわけないでしょ」

 そりゃそうだ。しかしそうすると、あの少女の正体が本当に分からなくなる。なんだか、やけに心に引っかかる。

「というか――」 

「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 須佐さんが何か言おうとして言葉が重なる。ただ、いまは自分の質問を優先させる。

「この学校に和服を扱っている部活ってあるかな」

「えっ、突然なに?そんな部活、演劇部くらいだと思うけど……」

 考え込むようにして、須佐さんが答える。

普通に考えればそうか。演劇部といえば、たしか体育館でたまに練習していたはずだ。あとで出向いてみるとしよう。

 ふと、校庭の方から騒ぎ声が聞こえる。時間は昼休み。当然と言えば当然だ。

「って、あれっ?」

 ちょっと待って欲しい。ここから校庭が見えるということは、校庭からもここが見えるということだ。外にはたくさんの生徒たちの姿。なんだか悪寒がしてくる。これ以上ここにいてはまずいと頭の中で警報が鳴る。

「ごめん、ちょっと用事ができた」

 適当な言い訳を作り、教室を出る。ちょっと待って、と須佐さんの僕を止める声が聞こえたが、また今度聞けばいいだろう。

 結局、美術室にいたことは誰も見ていなかったようで、とくに不幸な出来事は起こらなかった。


 放課後。

 僕は体育館に向かうことにした。

 今日は演劇部の活動日だからである。部活動紹介の紙がまだ貼ってあって助かった。あれがなかったら活動日が分からないところだった。

 ただ、部員でもない人間がそのまま入っていくことはできない。

 そこで、僕は一つ仕掛けを施した。

 六限の体育の時間に、タオルを置いておいたのだ。こうすれば、体育館へ入るのにもなんら不自然な点はないはずだ。

 体育館に入ると、演劇部員がこちらに顔を向ける。みな、不審そうな表情だ。当然である。

 僕は気まずさに押し殺されそうになりながらも、演劇部員の一人で、一年生のときにクラスが同じであったであろう女子生徒に話しかける。名前はたしか八幡(やはた)だったはずだ。

「なあ、八幡。このへんにタオルが落ちてなかったか。実はさっきの体育の時間に忘れちゃったんだ」

「あー、あの赤いタオルね。ちょっと待ってて」 

 それだけ言うと、少女は舞台の方へ小走りに駆けていき、その上に乗っている赤いタオルを手に取って渡してくれた。

「別にまだ劇が始まってなかったから良かったけど、劇中に入って来られると困るから気をつけてね」

「あー、悪い。気をつけるよ」

 もしかしたら、講演が近いのかもしれない。入ってきたときに感じた冷たい視線の原因にはそれもありそうだ。本番近くになると緊張やらなんやらでピリピリすることはよくある。もうこの時間に体育館に行くことはないだろうから気をつける必要はないだろうけど。

 僕は改めて、演劇部員一人一人を確認する。この間屋上で見た少女はいないようだ。

「なあ、これで部員は全員か」

「うん、そうだけど。ってそんなこと聞いてどうするの?」

 不思議そうな視線を向ける。

「いや、ちょっと人探しをしていてな。この間、屋上――、に続く階段で女の子に会ったんだけどさ。白い羽織に赤い袴を着ていたから演劇部なのかと思って」

 危うく屋上と言いかけてしまう。ただ、八幡はそこに気にした様子はなく、しばし手を顎に当て沈黙する。それから、ちょっと待っててと言って、近くにいた眼鏡の男子部員となにやら一言二言交わし、それから戻ってきた。

「うーん。そんな小道具うちにはないと思うよ。うちの部員じゃないんじゃないかな」

「そうか。じゃあ茶道部とか」

「いや、それもないと思う。あそこの和服は借りることが多いからどんなのがあるのか把握してるけど、二つに分かれている和服はないはず」

 聞けば聞くほど謎が深まる。でも、屋上にいたわけだし、うちの生徒以外有りえないと思う。あんな目立つ格好で不法侵入なんて考えにくいし。

「それにしても、天部も大変だね」

 不意に八幡がそんなことを言う。一瞬間置いて、何のことだか理解する。

「あー、知ってるのか」

「うん。嫌でも入ってくるよ。もう三年生中に広まっているだろうし。まあ、そもそも三クラスしかないからっていうのもあるんだろうけどね」

 なるほど、僕は一躍有名人になったわけか。全然嬉しくないが。

「まあ、不幸中の幸いにも一、二年生には浸透していないらしいけど」

「そうなのか」

 それは意外だった。もう学校に居場所がほとんどなくなってしまっているということを想定していたのだが。

「当然でしょ。天部のことを知っている下級生はほとんどいないんだから。部活も入ってないんだし」

 たしかにそうだ。部活に入っていないんだから下級生との関わりはない。

 それに加え僕は学区のぎりぎりのところからこの学校に通っているため、同じ小学校出身なのは幸だけだ。おそらく下級生でも、僕の小学校出身の生徒はほぼいない。

「というか、その話しぶりだと八幡は僕が悪いと思っていないのか」

 八幡の視線は教室で感じる冷たい視線とは異なる。

「まあ、何があったのかは知らないけど、理由もなく人に水をかけるやつじゃないとは思ってるよ。私、人は自分の目で見て判断するタイプだから」

 その瞳は真っ直ぐに僕を捉えていた。本心から来た言葉だということが分かる。だから、それはすごい心に響いた。

「えーっと、ありがとな」

「別に。それよりそろそろ練習が始まるから悪いけど」

「あー、そうだな、ごめん」

 そう言えば、部活中だった。僕は八幡にお礼を言って体育館を出る。

 しかし、そうか。ちゃんと僕のことを分かってくれる人間が月夜さん以外にもいたのか。それだけで気持ちが楽になる。

 ただ、肝心なところは良く分からなかった。あの少女の正体についてだ。

 ここまでの話をまとめると、あの少女は僕と須佐さんのことを知っている。そして、じょうろの件を広めたというところか。

 八幡の話を聞いたところから判断するに、あの少女は三年生だと思う。しかし、この学校は三クラスしかないわけで、果たして僕が全く見たことのない三年生の生徒なんているだろうか。もしかしたらまだ知らない生徒もいるかもしれないが、和服で学校を歩き回るようなきてれつな生徒がいたら、知っていそうなものである。

 こうなると、うちの学校の人間かという点がかなり怪しくなってくる。ただ、部外者が僕や須佐さんのことを知っているとは到底思えない。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか河川敷の前に着いていた。

 なんだか、このまま歩きながら考えていても頭の中がまとまらない気がして、どすんと腰を下ろす。

 川はそんな僕の気持ちなんて知ったこっちゃないとでもいうように、緩やかに、日の光を反射しながら流れている。空を見上げると、青空が広がり、ゆらりと雲が流れている。とてもいい天気だ。

 でも、土曜日はあんなにいい天気だったのに、急に夕立にあった。今日も、このあと一雨来るかもしれない。一応折りたたみ傘はリュックに常備してあるが、激しい雨の中だと全く役に立たない。それに、最近の僕はとても不幸なんだ。いつ、何があってもおかしくない。

 そうだ。不幸といえば、たしかあの和服の女の子はこんなことを言っていた。

 ――あれだけ不幸にさいなまれながらそんな応対ができるなんて、あなたは神さまみたいな人ですね。

 僕はその言葉を反芻する。彼女からは僕が不幸に見えたのだろう。他人に不幸だって言われるなんて、相当だ。

「本当、どうしてこんなに不幸なんだろうな……」 

 そう呟いて、ふと気づく。彼女の言葉の違和感に。

 なんで、彼女は僕がいくつもの不幸な出来事にあっていることを知っていたのだろう。冷静に考えてみれば明らかにおかしい。僕のことをよく見かけていたのだろうか。

 いや、流石にそれは無理があるか。ストーカーでもしない限り僕の内情に詳しくなんてならないだろう。あの少女がそんなことをしているとも思えないし。

 ただ、僕の身に起こる災難を知っていたというのは事実みたいだ。

 うちの学校の屋上にいた、僕の不幸を知る少女。

 屋上、というところにも引っかかりを覚える。

 僕は屋上に仰向けになって倒れていて、そのときにあの少女は屋上に入って来たのだろう。しかしいまになって考えてみると、屋上に誰かが入ってきた気配や音なんてなかった。あのときは、僕が単純に気づかなかっただけだと思ったけど、あの扉は古びていて絶対に開けるときに何かしらの音がするはずだ。そんなの、聞き漏らすはずがない。

 それに、少女はなぜかあのとき僕よりも扉から離れた場所にいた。あの短時間で僕に気づかれずあそこまで行けるはずがない。

 やはりおかしい。何かがおかしい。

 いや、落ち着け。きっと、何か僕は盛大な勘違いでもしているんだ。

 だって、それらを満たす人間はとても人間とは思えない。

 まるで、怪異か魔法使いか、それに相応する類いの存在にしか思えない。

 背筋が寒くなる。日が傾きはじめ、辺りが少しずつ暗くなるのを感じる。

 そろそろ帰ろうかと芝に手をつくと、不意に肩を叩かれる。

 その相手になんとなく確信があった。最近、こういった予感は本当に良く当たる。僕はゆっくり振り返り、尋ねる。

「君は何者なんだ」

 和服の少女は、その問いにかわいらしく微笑んだ。

「私は神さまです」


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