再びの諍い
チャイムが鳴り、六限の授業が終わる。
生徒たちの脱力した様子とはうらはらに、僕は焦っていた。
日曜日、一日中考えていたが、どうすれば幸との話し合いの場を自分の理想の状態で設けられるかが思いつかなかった。
このあと教室に行くのが一番簡単な方法かもしれないが、須佐さんも幸と同じクラスで、もし二人とも教室に残っていたら、なんだかおそろしい展開が起こる気がしてならない。
とすると、幸の家に出向くという方法もあるが、果たして話し合いに応じてくれるかどうか。部屋に立てこもられたらおしまいだ。
ただ、こればかりは考えていてもしょうがない。当たって砕けろだ。
ホームルームが終わって、僕は幸の教室である三組に出向くことにした。まだ生徒がたくさん残っている状況だと話がややこしくなりかねないので、少し時間を調整して出向くことにする。
五分ほどでほとんどの生徒が教室から去って行く。
そろそろ頃合いだろう。僕は教室を出て、三組へ向かう。廊下もすでに人はまばらだった。
三組の教室の前に来て、半開きになった扉の隙間から中を覗く。すでに幸は帰ってしまっているようでその姿は見当たらない。
もう一度だけ確認のために、目で室内を一周すると、綺麗な瞳と目が合う。
なんとなく、自分の中の何かが危険信号を出したような気がして、気づかないふりをしてその場を去ろうとするも、後ろから待ってと声をかけられた。
そう言われると、流石に止まらないわけにもいかない。
廊下に誰もいないことを確認して、それから瞳の主、須佐さんに向き直る。
「えーっと、何か用かな」
幸い、教室には須佐さん一人で廊下にも誰もいない。ただ、この状況を誰かに見られてしまうと、あらぬ誤解を受ける可能性がある。早々に会話を切り上げてしまうしかないか。
「もう誰もいないし、教室の中で話そう」
そう言って隣の席をポンポンと叩く須佐さん。
僕は一瞬迷ったけど、立ち話もなんだと思い、お言葉に甘えて須佐さんの右隣の席に座る。この向きなら、廊下から僕の顔を判別することはできないはずだ。
「それで、話って」
「うん。あなたに謝らないといけないと思って」
ごめん、と申し訳なさそうに頭を下げる須佐さん。どうやら彼女も僕の現状を知っているようだ。でも、これは須佐さんのせいではない。むしろ僕は加害者だ。
「別に須佐さんのせいじゃないって。気にしないでよ」
「いや、本当にごめん」
「いや、本当に気にしなくていいよ」
「いや」
こんな問答がしばらく続く。
別に僕は須佐さんのことを悪いとは思っていないが、須佐さんは僕に罪悪感を抱いているようだ。
「分かった。それじゃ、許すよ」
僕が許せばそれでこの話は終わりだ。ここに長時間いることは本意ではなく、さっさとこの話を切り上げたい。
「それじゃあ、僕は行くから」
荷物を持って立ち上がり教室の扉へ身体の向きを変える。さて、幸の家に向かうか。
「待って」
ぐいっと右の手を引かれる。突然のことに体勢が反転し、須佐さんの方へ倒れる。
これはまずい。瞬時に左手を出し、机を押さえる。
ぶつかるすんでのところで身体が静止した。少し動けば触れあうくらいの距離に須佐さんの顔がくる。須佐さんはそれに少し頬を赤らめ、身体をのけぞらせる。
なんだか、次の展開が読める気がした。
ガラガラと扉が開いた。僕はゆっくりと首をそちらに向ける。僕の予想通り、そこには幸が立っていた。
「おい、万。そこでなにしてる?」
果たしてこういうときに、なんて答えるのが正解なのだろう。須佐さんに襲いかかるような姿勢の僕はもう既に間違っている気がするが、だからといって弁明しないわけにもいかない。話せば分かってくれるかもしれない。
「話をしていたんだ」
「話?そんな体勢でか」
ごもっともである。僕は身体を起こして幸に正対する。
「幸。今回の件でお前と話したいことがある。僕の話を聞いて欲しい」
多分ここしか言うタイミングはない。
「俺はお前と話すことなんてねえよ。教室で女子に迫ろうとするやつなんかにな」
「待ってくれ。それは誤解なんだ。僕の話を聞いてくれ」
僕は幸の方へ近づき、必死に弁明を試みる。多分、これは前回やるべきことだったんだと悔やみながら。
「二度も言わせるな。お前と話すことはない。さっさとこの教室から出て行け」
あ、あのと須佐さんが弁明を測ろうとするがそれを目で制止する。これ以上は無理だ。きっと、話が通じない。
僕は無言で教室を出た。
廊下を歩きながら失望感と同時に驚きを覚える。
まさか、あんなドンピシャなタイミングで幸が来るなんて思わなかった。改めて、自分の不幸さを認識する。次からはそれを加味して動かないといけないか。
それにしても、あのとき須佐さんはなぜ僕の腕をつかんだのだろう。あれがなければこんなことにはならなかった。ただ、終わったことをうだうだ考えても仕方ない。今後は須佐さんとの接触は避けるべきだろう。
大きなため息をつく。頑張れば頑張るほど空回りだ。幸と仲直りする未来が全く見えない。ただ、それでもここでやめるわけにはいかない。僕は自分を鼓舞するように上を向いた。