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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
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準決勝

「あぢいですねえ」

 大樹に背を預け、弁天が上を見上げたまま呻く。時計は十七時を指しているが、暑さはなかなか消えてくれない。僕もその隣に腰掛け、額を拭って、ペットボトルの中の温くなった水を口に含んだ。

「神さまも、暑さには弱いんだね」

 へたりこんだ弁天を横目にみやる。暑さにへたっている弁天の姿を見ると、少し余裕が生まれる。

「神さまもですね、人間と同じような感覚を持っているんですよ。そうじゃないと、適切な気温とかが分からないですからね……。それにしても、本当にここ最近は暑くなりましたねえ」

 前はもっと涼しかったのにとブツブツ唱える弁天。たしかに、地球温暖化によっていまや世界中で気温が上がったり、海面上昇が起こっているわけで、三百年も生きている弁天にしてみたら信じられない変化だろう。そして、この異常な気候には負因子の影響も大きいのだろう。ああ、そうだ、負因子と言えば、

「なあ、弁天。なんか今日はほんの少しだけどいつもより負因子が増えた感じがしなかったか」

 僕はまだ明るい空を指さしてそう尋ねる。

「うーん。そうでしたかねえ。今日は入道雲なんかが空にありますから、それでちょっと多く見えたんじゃないですかね。それにこんな暑い中で一体誰が幸せになっているのかって話ですよ」

「それはまあ、涼しい部屋にいる人たちなんじゃないかなあ」

「まあ、そうですねえ」

 僕の導き出した答えに弁天も納得したように頷く。この時間帯に外にいる人なんて、公園で無邪気に遊ぶ子供たちと部活動にいそしむ中高生くらいなのではないか。大体の人は家や職場なんかで冷房の下過ごしている。

「私たち以外の尽力もあって、少しずつ順調に負因子は減ってきていますし、そんなに心配はしなくても大丈夫だとは思いますよ」

 その楽観的な弁天の言葉に、僕もそれ以上負因子の話を出すことはしなかった。不安も少しあったが、神さまが言うのだから、きっと大丈夫なはずだと心に言い聞かせて。


 明くる日の夜。

休憩しようと冷蔵庫からお茶を取りだして飲んでいると、ふと、野球を見ている月夜さんの姿が目にとまる。いつもならまだ、勉強を続ける時間だが、途中で切り上げ野球を見ている月夜さんの横に座ることにした。月夜さんはシャツと短パンでうちわを仰ぎながら扇風機の風を浴びていた。その視線はテレビの画面に釘付けになっていたが、僕に気づくと顔を上げる。

「おっ、万も一緒に野球見るか?」

「うん、ちょっと気分転換を兼ねてね。たまにはこういうのもいいかなって思って」

 一応気分転換以外のところで別に気になることがあったのだが、取りあえずそう答えてテレビの画面に視線を向ける。

「珍しいなあ。ところで、万は野球のルールは分かるか?」

「うん、授業でソフトボールをするからだいだいは。ところで、この試合って何回戦なの?」

 これが本当に尋ねてみたかったことだ。幸たちは決勝を見に行くと言っていたが、もし日本代表が敗退して出なかったらどうするのだろうか。流石の幸でもむこうの選手にはあまり詳しくないだろうし、須佐さんだってきっと同じはずだ。沈黙が二人を包みそうである。

「いまは準決勝だな」

 なるほど。今日の試合に勝てば決勝だが、果たして勝てるのか。現在のスコアを確認すると九対四で日本がリードしていて九回表、相手チームであるアメリカの攻撃だった。心配は杞憂に終わりそうな展開だ。

僕の予想通り、結局そのまま日本が試合に勝利した。

「ああ、ビールが上手いなあ」

 隣ではご満悦な様子の月夜さんがビールを飲んでいた。すでに机には空き缶が数本置いてある。

「明日仕事なんだから飲み過ぎないようにね」

「はいはい。分かってますよー。万はお母さんかっての」

 いや、母親は月夜さんの方だろう。酔っ払いに突っ込んでもしょうがないからそれは受け流すが。

「あー、私も決勝を球場で見に行きたいなあ」

 試合のダイジェスト映像を見ながら月夜さんはそうぽつりと呟く。テレビでは満足できないみたいだ。月夜さんが球場に行ったら、間違いなく、ビールを飲みながら野球観戦をするのだろう。

「あのチケットを取るのって大変なんだよね?」

「そうだなあ。私も申し込んだんだがだめだったんだよなあ……」

「えっ、そうだったの?」 

 いつの間に申し込んでいたのだろうか。まあ、別に全然構わないが、もし当たっていたら一人で見に行っていたのだろうか。それとも、誰か友達と行くのだろうか。もしかしたら僕が連れて行かれていたかもしれない。

しかし、今日が準決勝ということは、決勝はいつなのだろう。月夜さんに聞いてみると

明日だぞと端的な答えが返ってきた。

 幸の話しぶりからもっと先だと思っていたが、案外近かったようだ。そうだとすると、明日の朝は緊張してあまり寝付けなくて眠そうな幸が見られるかもしれない。それは少し楽しみだ。

「次のニュースです。先ほど日本代表がアメリカ代表を九対四で破り、決勝戦へ駒を進めました」

 野球中継が終わり、月夜さんがチャンネルを変えたのだろう。ちょうどニュースでは先ほどの試合結果が放送されている。そこでは、球場を取り巻くファンや居酒屋で観戦していた人々の歓喜が順々に映し出される。

「こんなに盛り上がってたんだね。全然知らなかったよ」

 いつの間にか日本は治安が悪化していたみたいだ。あんなに飲んで叫ぶ人たちがわんさかいるとは驚きだ。

「そうか……?結構前から注目されていたけどな。万は最近勉強が忙しそうであまりニュースとか見てないから気づかなかったのかもしれないけど」

「あー、そうかもしれないね」

 たしかに、最近あまりニュースを見なくなった。勉強時間は間違いなくその理由の一つだ。あと他で言えば、あれだろうか。例のハガキ事件。あれから、ちょっとニュースは見たくなくなってしまった。

 それにしても、日本をここまで熱狂に包むなんて野球にはとてつもない影響力があるなと感じる。流行りに便乗するのが得意な日本人の特性もそれを手伝っているのだろうけど。きっと、騒いでいる人の中には野球なんて全然分からないけど飲みたいみたいな人もいるはずだ。ただまあ、これで幸と須佐さんはデートを楽しめるのだからなんにせよ日本が勝ってよかった。もしかしたらテレビ中継で二人の姿が映し出されるかもしれないから、決勝戦は最初から見ようかな、なんて思った。


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