満塁ホームラン
蝉の声が鳴り響く朝。
太陽は真上から照りつけ、額からは汗がこぼれる。
「暑いなあ」
思わず、そうこぼすと、隣を歩く幸もそうだな、と返す。ただ、その表情はその言葉とは裏腹に余裕がある。
きっと、幸にとって喜ばしいことがあったのだろう。でも、なにかあったのか、とは聞かない。なんとなく想像がつくし。
「なあ、万。実はさ、今度須佐さんと野球を見に行くことになったんだよ」
「お前から言うのかい」
思わず渾身のツッコミが飛び出してしまう。くっ、いまので体温が余計に上昇した気がする。こいつ、許すまじと恨みがましい視線を送るが、幸はどこ吹く風、話を続ける。
「ほら、今年のWBCって日本でやってるじゃん。それでさ、今度決勝戦があるんだけどたまたま知人がチケットを二枚くれてさ。それで誘ったらオーケーが出たんだよ」
興奮した表情でまくし立てる幸。言わんとしていることはなんとなく分かったが、一つ知らない単語がある。
「WBCってなに?」
すると、幸は呆気にとられた表情をする。
「なにって、そりゃあ野球の世界大会のことだよ」
さも当然そうに言う。記憶をたぐり寄せてみると、たしか最近、月夜さんが野球の試合をテレビ中継で見ていたような気もする。僕は別に興味がなくて、勉強をしていた。
「っていうか、須佐さんは野球に興味があるのかなあ?」
「ああ、それがさ、幼馴染のお兄さんが野球をやっていたらしくて結構見るらしいよ」
八坂さんの登場である。思わず、吹き出しそうになる。この感じだと、須佐さんはもう八坂さんやお姉さんのことを幸に話しているらしいが、果たしてどこまで深く幸は知っているのか。ただ、これについて僕が口を出すのは野暮なようで、そこは適当に流すだけに留める。それに、案外須佐さんは全て話しているかもしれないし。
「それで、いつ告白するんだ?」
「えっ……」
途端にそわそわと肩を揺らし、それから辺りを大げさに見渡し、僕の背中をバンバンと叩く幸。痛いから止めて欲しい。
「どうするんだ?」
苦笑を漏らしながら、僕は再度聞いてみた。僕の見立てでは、先日の花火大会によって二人は急接近したわけで、そこから一週間くらい経過している。一緒にいる二人を見る限り、普通に上手くいくと思う。
「えーっと、結構距離は近づいてきたんだけど、どうなんだろうと思ってさ」
もじもじと煮え切らない態度を取る幸。この間の花火大会の格好いい姿はどこへやらである。ここは僕が一つ活を入れてあげようじゃないか。僕は暑いのを我慢して、幸の肩を掴んだ。
「幸、決めてこい」
僕の心身ともにあつい思いが届いたのか、幸は大きく頷いた。
「ああ、あの子のハートに満塁ホームラン、決めてくるぜ」
いや、そんなことは言ってないと突っ込もうと思ったが、やる気を削いでしまうのは申し訳ない気がして、僕は笑顔を浮かべて頷く。
幸は、僕の肩に手を回してきて、俺の勇姿、見えてやると息巻く。暑苦しくてたまらないが、たまにはこういうのもいいのかもしれない。頑張れよ、幸と心の中でそっと呟いた。




