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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
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二人の物語

 清水さんをなんとか制止して弁天のところへ戻ると、いかにも機嫌が悪いというオーラを纏わせて不平不満をぶつけてきた。

「万さんがちまちましていたせいで二人を見失ってしまいましたよ。せっかく恋の逃避行を見ようと思っていたのに……。どうしてくれるんですか」

「いや、逃避行じゃないから。それじゃ誰かに追われているみたいじゃん」

 仮に逃避行だとしたら、僕らが追う側なのだろう。自分で行かせて自分で追う。なんとも支離滅裂な行動だ。

「それに、あの二人が行く場所なら分かるから別に問題はないよ」

「えっ、そうなんですか……。たしかに、幸さんが知っているなら万さんも知ってそうですけど」 

 弁天はそれに納得したようだ。

「それじゃあ、案内してください」

 偉そうな弁天の物言いに苦笑を浮かべながら頷いて、弁天を先導するようにゆっくりと歩き出す。弁天はその後ろをペタペタと足音を鳴らしてついてくる。

 そういえば、幸とあの場所に行くときも、そんな感じで僕が先頭、その後ろを幸がついてくるというかたちだった。祭の人混みに沿って、適度に後ろを確認しながら歩く。そして、お面屋のところで左に曲がり脇道に出る。ここにはなぜか毎年同じようにお面屋がある。道標としては非常に分かりやすくありがたい。

脇道へ入ると、まるで別世界に来たように一気に暗くなる。常夜灯の明かりによってほのかに照らされる細い道をゆっくりと歩いて行く。そこは人波から離れた空間。喧騒は次第に遠ざかり、先ほどまでの興奮が冷めていき日常に戻っていく。

 その狭い道を抜けると、道幅が広がり、左右に畑が現れる。

「へー、こんなところがあったんですね」

「うん。ここは十字路になっていて、そこを畑が囲んでいるから結構開けていて、絶好の場所なんだよ」 

 町の開発が進んでいき、畑はどんどん少なくなってしまっているが、ここはなくならいで欲しい。僕らの憩いの場所なのだから。

「おっ、二人はあそこにいますねえ。でも、これだとあまり近づけないんじゃないですか」

 たしかに、ここは開けすぎていてお互いを見つけやすい場所だ。いくら夜で暗いといっても外灯もいくつかあるわけだし、顔を見られないようにするのは至難の業だ。

そこで僕はふと妙案を思いつく。先ほどあったお面屋。あそこでお面を購入してかぶればばれずに接近できるんじゃないか。そのことを提案すると、弁天の反応は芳しくなかったが、一応は頷いてくれて、僕らはお面屋に向かった。

「さて、どのお面にしたものか……」

 お面屋の前に立って、僕は頭を悩ませる。子供たちに人気のラケモンから能で使われていそうな般若のお面まで幅広く置かれている。ただあまり奇抜だとむしろ注目されてしまう。無難なものがいいだろう。ふと、あるお面が目にとまる。狐のお面だ。

「おっ、兄ちゃん。なかなか渋いチョイスだねえ」

 お面屋のおじさんにそんなことを投げかけられる。たしかに、お面屋で普通買うような種類のものではなさそうだ。ただ、なんとなく気に入ってしまった。つけてみると両目の位置が丁度いいかんじに僕に合っている。さて、弁天の方はと左を向くとお財布と睨めっこをしていた。名前に財を冠しているくせにお金に悩むとはなんとも名前負けした神さまだ。しょうがない。お面は一つ三百円とそんなに高くないし買ってあげるとしよう。

「弁天、お金は僕が出すから好きに選んでいいよ」

「えっ、本当ですか万さん。どうしたんですか、今日は。熱でもあるんですか?」

「いや、ないから。そんなこと言ってると買わないよ」

「嫌だなあ、万さん。冗談ですよ、冗談」

 僕の身体をべしべしとはたいて笑う弁天。それからこれにします、と言ってひょっとこのお面を僕の前に差し出した。僕は弁天とそのお面を何度か交互に見て、それからそのお面を購入した。毘沙門天にセンスがないと言っていたが、自分も大概なのではないかと、笑顔でひょっとこをつける弁天を見ながら思った。


 お面を購入して、元の場所に戻る。時計は七時五十五分を指していて、花火の打ち上げ五分前になっていた。遠目から畑の方へ視線を向けると、僕らの姿を捉えようとしている須佐さんと僕らを探すふりをしながらも緊張を押さえるために胸に手を置いている幸が見つかる。

「よし、ここからはお面をつけていこうか」

「そうですね。気づかれたら一巻の終りですから」

僕と弁天は体制を低くして、ゆっくりと二人の声が聞こえるくらいのところまで近づき、それから畑の柵を背もたれにして地べたに腰掛けた。

ちょうど角を曲がったところに二人はいて、姿は見えないが声はよく聞こえる。僕は星のうっすらと見える空をぼんやりと眺めながら耳を澄ました。

「あの二人、どうしたんだろう?」

 須佐さんが僕らを心配する声が聞こえる。ちょうどいま二、三メートル先で体育座りをしているところだ。

「どうしたんだろうね。もしかしたら射的に熱中しちゃってるのかも。でも万はこのお祭りに何回も来ているから大丈夫だと思うよ」

 清々しいくらい適当にうそぶく幸。むしろ、幸的には僕らがいない方が嬉しいだろう。ただ、須佐さんはあまりその言葉に納得がいってないようだ。

「やっぱり、私は二人のことが心配だな。探しに行こう」

「いや、でも」

 歯切りの悪い返答をする幸。こちらへ須佐さんが近づいてくる足音がする。かなりまずい事態だ。ここで須佐さんが僕らを探しに行ってしまったら作戦はすべて水の泡になってしまう。思わず隣の弁天に視線を向けるが何も作戦はないとでも言うように苦々しい顔で首を左右に振った。

 万事休すか。変に須佐さんたちが僕らを探し回るよりも、まだ、ここで合流した方がいいだろう。僕が膝に手を当てて立ち上がろうとした、そのとき。

「待ってくれ」

 幸の声が響いた。その手は須佐さんの肩を掴む。須佐さんは驚きを顔に貼り付け、次の足を踏み出すことなく止まった。幸はそれを確認してゆっくりと話し出す。

「その、実は、俺が二人に頼んだんだ。二人きりにして欲しいって。だから、あの二人は来ない」

 痛切な声で真実を告げる。その瞬間、花火が号砲のように打ち上がる。それは、彼の二回目の勝負を告げる狼煙のように空を鮮やかに彩る。

「それはどうしてか、聞いていいかな?」

 須佐さんは毅然とした態度でそう問いかける。きっと須佐さんは分かっていてこの質問をしている。ただ、改めて聞き直したのにはきっと彼女なりのなにかしらの意味があるはずだ。

「それは、俺が須佐さんのことが好きだから。好きだから一緒にいたいんだ」

 凜々しい声が僕の耳にも届く。幸の覚悟が、思いが伝わる。

 そして、二人の間に沈黙が訪れる。幸はただ静かに須佐さんの答えを待つ。しばらくして、須佐さんがふっと小さく息を漏らした。

「実は、私、この間失恋したばかりで、まだ心の整理ができていない状況なの。でも、これから幸くんと向き合ってみようと思う。いまはこれで、いいかな?」

「うん。ありがとう」

 僕はそこまで聞いて、膝に手を置いた。ここまでだろう。これ以上は、二人の物語だ。僕らがいては、蛇足になってしまう。

 弁天に行こうかと目で合図を送る。弁天の方はもう少し聞いていたかったみたいだが、渋々僕のいうことを聞いてくれた。そうして、僕らはそこを去った。


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