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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
30/42

夏の始まり

 蝉の鳴く声が響き渡る。

 七月の初頭。毘沙門天と出会ってからかれこれ一ヶ月が経過していた。あれから僕たちは場所を変えて負因子をばらまいていき、少しずつではあるが順調に空を覆う莫大な因子は減少していっていた。

 そういうこともあって、少し浮かれた心持ちではあったが、しかし、梅雨明けからの突然の暑さに活力が根こそぎ持っていかれてしまう。現在の僕は溶けたアイスみたいにへたっていた。隣を歩く幸もまた天を仰いで何やらぶつぶつと唱えている。

 ようやく学校に着き、日差しが遮断されて幾分かましになる。すると、先ほどまで暑さに唸っていた幸が口を開いた。

「なあ、万。俺たちには足りないものがあると思うんだ」

 足りないものという部分に強めのアクセントを込めて幸がそんなことを言う。はて、足りないものとはなんなのだろう。わりかし真剣な表情で言うのだから、真面目な話ではありそうだが。僕はいまの自分と幸の状況を鑑みて一つの答えを導き出した。

「勉強時間だな」

「違う」 

 すぱんと、僕の肩がはたかれる。漫才みたいなノリだ。

「てんで見当がつかないなあ」

 それに幸は、はあとわざとらしく大きなため息をついた。

「ずばり、俺たちに足りないものは思い出だ。せっかくこれから夏休みになるのにやれ受験勉強だなんだと遊べなくなる。だから、俺たちはその前に遊ばなければならない。というわけで万、今度の日曜日に花火大会に行こう」

「いや、それ毎年行ってるだろ……」

 去年も、一昨年も、その前も幸と二人で行っていたはずだ。無論今年も幸と行くつもりであった。そんなことも分からない幸ではないと思うのだが、一体どうしてしまったというのだろう。暑さにでもやられてしまったのか。

「……なんとかして大人数にして須佐さんと花火大会に行けないものだろうか」

 幸の心の声が漏れ聞こえてきた。なるほど、そういうことか。一対一だと来てくれないかもしれないから、僕意外にも他の誰かを誘おうという魂胆なのだろう。ただ、この間の一件を経て、須佐さんもわりかし相手に対して心を開くようになったと思うし、いまならそのまま誘っても上手くいきそうな気もする。

「須佐さんと花火大会に行きたいのは分かったから」

 すると、幸は驚いてぱっと口を押さえる。無意識のうちに口に出ていたのだろう。僕以外誰も聞いてないからと伝えるとほっと胸をなで下ろす。

「それでさ、万。相談があるんだ」

 キリッとした顔つきになる幸。

「なに?」

「どうやって須佐さんを誘えばいいだろう?」

 僕は呆れてしまう。どうもこうもない。普通に誘えばいいだろう、普通に。

「いや、でもさ、この間振られてまたってちょっとうっとうしがられたりしないかな」

 女々しい男である。先ほどまでの勢いはどこへ行ってしまったのだろうか。

「いや、大丈夫だって。僕が保証するよ」

 僕はそう強く言い放ったが、幸はいまいち自信を持てないようである。しかし、この手の話は僕の手に余るところがある。あとで、誰か別の人に話してみようと、そう考えて幸と別れて教室へ入った。


「私も行きます」

 河川敷にそびえ立つ大木の下で、弁天はそう高らかに宣言した。

「花火大会に実は私も行ってみたいと思っていたんですよ。須佐さんを誘うのも任せてください」 

 弁天に今朝の出来事を相談してみたはいいが、まさかこうなるとは思ってもみなかった。アドバイスが欲しかっただけで、別に弁天の参戦を望んでいるわけではなかった。ただ、須佐さんを誘ってくれるわけだし、男女二人ずつの四人で行くというのは割とバランスがいいので、これはこれでいいのかもしれない。仮に、万が一にも須佐さんと幸と三人で花火大会に行った場合、サポートに徹することとなり、どう転んでも僕が楽しめる時間は訪れないだろう。だからそういう意味では弁天は二人とも面識があるわけだし、最善かは分からないが、いい手ではあると思う。

「久しぶりに私も和服を身に纏えるわけですね」

 弁天は僕の隣でそんなことを言いながらはしゃいでいた。たしかに、和服でも変人扱いされない数少ない催しだが、もしやそれが花火大会に行きたい理由の一番最初に来ていたりするのだろうか。その野望を叶えたいのなら、京都に行く方が早い気がするが。

「それで、お祭りって何か作法があったりするんですか」

「いや、特にはないと思うけど、なんでそんなことを聞くの?」

「この人、お祭り初めてなのかなって思われたくないじゃないですか」

 謎のプライドを持っている弁天。でも、とくにそういう作法はないんじゃないだろうか。

「まあ、楽しむ心かなあ」

 だから僕は精神論的な回答をするにとどめた。ただ、弁天はそれに納得したようでふむ、と頷くと今日はこのあと用事が出来たので中止にしましょうと口にした。このあと須佐さんを誘うのかもしれない。

そのまま河川敷で別れて、僕も家に帰って勉強をすることにした。ふっと空を見上げると、晴天。お祭りが楽しみだ。


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