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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
28/42

年長者

 「びーくん?」

 最初僕は、その言葉が一体誰に投げかけられたのかが分からなかった。しかし、僕の隣に座る少年が、弁天に向かってそれまでよりもさらに鋭い瞳を向け忌々しげに舌打ちしたため、その相手を察した。

 だが、いまいち状況が理解できない。一度整理してみよう。弁天は少年のことを知っていて、びーくんと呼んでいる。少年もどうやら弁天を知っているみたいだ。二人は知り合いで、弁天がニックネームで呼んでいるところを見るにかなり深い間柄だということは予想がつく。そして、二人はここで誰かと待ち合わせをしていた。

 ふと、先ほどの少年の台詞が頭をよぎる。

 ――かなりの年寄りだな。

 ――最近そんな感じの服を着始めたんだよ。

 その特徴は僕の前に立つ神さまに合致している。

「まさか、弁天の待ち合わせ相手って、この少年?」

「えっ、今頃気づいたんですか、万さん。ちょっと鈍すぎませんか?」

 弁天から辛辣な言葉を受けるが納得いかない。そもそも、弁天は待ち合わせ相手について一切の情報を僕によこさなかった。そして、少年から入ってきた情報はパーカーを着た老人。そこから弁天まで漕ぎつけるのは不可能だ。僕の横知った風な顔で頷いている少年だって全然気づいてなかっただろうし。

「さては、びーくん。万さんに嘘の情報でも吹き込みましたか?」

「いや、俺は年増と待ち合わせしてるって正直に答えたぞ」

 途端その言葉を聞いて弁天の表情が固まる。そして、少年の肩をその小さな手で掴む。

「あのですね、もっと伝えるべきところがあるでしょうが。たしかに三百歳ですよ。ええ、私は三百歳です。でも、ほら、見た目の話でしたら十五歳くらいですし。それに、ピンクの服を着ているとかだっていいじゃないですか」

 弁天が正論を突きつけるが、少年はそれにちっと小さく舌打ちをして顔を背けた。僕は少年の味方ではないけれど、弁天がそういうのであれば僕も言わせてもらいたい。

「なら、そもそも弁天が待ち合わせ相手の特徴を僕に伝えれば良かったんじゃないか?」

「いや、さすがにここで待ち合わせするなんて私ぐらいのものかと思って……」 

 たしかにその通りだ。どうやら弁天にもここがそういう場所だという自覚はあったみたいだ。

「ほんと、センスのねー場所だぜ」

 と、それまで黙っていた少年が悪態をついた。

「いや、そんなダサい服を着てぶらついている人に言われたくないですよ」

 売り言葉に買い言葉。弁天はそれを華麗に受け流すとカウンターを打ち込む。

「ああっ?さっき、そいつは格好いいって言ったぞ」

 僕を指差して凄んで見せる少年。だが、弁天はそれもまた即座に切り捨てる。

「普段パーカーしか着ないおしゃれに無頓着な万さんの言葉で偉そうにされても……。それに、どうせびーくんの高圧的な態度で無理矢理言わせたんでしょうし」

 適格な推理を披露する弁天。流れ弾がこちらにもくる。別に僕だって、おしゃれについて全く無頓着ってわけじゃない。服は自分で買いに行っている。その上でパーカーを買っているだけだ。むしろそのこだわりは翻っておしゃれにつながるんじゃないか。きっと、そうだ。

「どこも高圧的じゃねえだろ」

 と、そんな僕を置いて二人の口論は続く。

「いや、威圧感向きだしでそう言われても……。ああ、びーくんも小さいころはあんなに目がキラキラしていて可愛かったのに……。諸行無常を感じますね」

「外見は変わんねーんだからずっとこの目だよ」

 少年は弁天の言葉に呆れたようにそう小さくこぼした。

「それもそうですね……」 

 弁天はぽんと手を打って頷く。少年の外見は変わっていないということか。

「じゃあ、その少年も神さまってことか?」

「はい、そうですよ」

 僕は少年の顔をまじまじと見つめる。この少年が神さま。自分の思い描く神さまのイメージと合致しない。

「なんだよ、じろじろ見やがって」

 訝しげな少年の視線にぱっと顔を逸らした。その前には弁天の顔。見た目は十五歳、実年齢三百歳の神さま。その瞬間、すっと胸にあったわだかまりが消えた。

「なるほどなあ」

 ついつい頷いてしまう。きっと、神さまというのは、そういうものなのだ。何も突っ込むまい。

「なんだかとても失礼なことを考えていそうですが、まあ、いいでしょう。それで、なんで万さんとびーくんを呼んだかというと、びーくんが万さんに言いたいことがあるそうで……」

 弁天はそう言って、少年の方を向く。僕に話したいこと。それも、この少年から。なんだろうか。疑問に渦巻く僕の頭。しかし、それ以上にいま気になることがあって僕は思わず口を挟んだ。

「なあ、弁天。びーくんって本名はなんていうんだ?」

 先ほどまでの質問でこの少年が神さまだということは分かった。だが、びーくんとは一体何の神さまなのだろうか。それが気になって話に集中ができない。

「びーくんは、毘沙門天です」

「毘沙門天?」 

「そうだよ、戦いの神だよ。なんか文句あるか?」

 少年が攻撃的な姿勢を僕に向ける。僕は勢いよく首を横に振った。別に文句はないが、僕の思い浮かべていた筋骨隆々の戦神であるその姿とはとても乖離した出で立ちには驚きを隠せない。でもよくよく考えると、それっぽい特徴は見受けられる。十二、三歳くらいの見た目から出される威圧感とか、背中に書かれた戦の文字とか。

「毘沙門天だからびーくんっていうわけなんですよ。まあ、そんなことより、びーくん、ほら。万さんに伝えたいことがあるんですよね」

 にこにこと笑みを浮かべて毘沙門天の背中を押す。そういえば、そんな話の途中だった。一体何の話なのか。僕は毘沙門天が何を言ってくるかに内心ドキドキしながら、待ち構えた。しかし、とうの毘沙門天はといえば僕から目線を逸らしてなにも喋ろうとしない。弁天はそんな毘沙門天を見かねてため息を一つ。

「相変わらず、びーくんは恥ずかしがり屋さんですねえ……」

「えっ、恥ずかしがってるの?」

 たしかに全く視線は合わないし、心なしかもじもじしているようにも見えるが……。

「しょうがないですね。私が代わりに言って差し上げましょう」

 しかし、その先の言葉は言わせまいと、毘沙門天は瞬時に弁天の口を塞いだ。

「むぐー、むぐー」

 弁天が振り払おうと暴れるがびくともしない。流石、戦神だ。

 毘沙門天は小さく息をこぼすと意を決したように口を開いた。

「おい、お前。まあ、その、なんだ。すまなかったな。それと、まあ、助かった。俺以外のやつもそう伝えてくれって」

「つまり、負因子の件で迷惑をかけた。それから、いろいろと動いてくれて助かったってことですね。俺以外というのは、他の七福神ということです」

 いつの間にか毘沙門天から逃れた弁天の解説が横から入る。とどのつまりお礼ということか。毘沙門天と、それから他の七福神から感謝されたというわけだ。

それにしても、やはり毘沙門天は口下手なようだ。弁天の通訳がなかったら全く意味が分からなかった。

「いや、待て。負因子の件で謝ったんじゃねえ。お前が迷惑をかけたからだ」

 だが、どうやら毘沙門天はそんな弁天の通訳に納得がいかないようである。

「またまた、素直じゃないんですから」

 弁天があおり口調でその背中を叩く。

「ごまかすな。そもそも、あれはお前がテレビを見ながら負因子を込めていたことが発端だろ。あー、あの人ごっつ幸せそうやわ、とかわけの分からないことを抜かして負因子を大量に込めたから」

 僕はその言葉を聞き逃さなかった。

「弁天、どういうことだ……」

「えっ、あー、えーっと、その。ちょっと、ここの見回りでもしてきますね」

 そう言って、弁天は走り去り、僕と毘沙門天が残されることとなった。


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