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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
27/42

威圧的な少年

 僕は弁天の話を聞いて、この間の須佐さんに言った言葉の重みを理解した。あのときの弁天の言葉は過去の弁天に突き刺さるものだ。そんな弁天に僕はどんな言葉をかければいいんだろうか。考えても、考えても、言葉を紡ぐことはできない。

「別に慰めの言葉なんていりませんよ、万さん」

 弁天は顔を上げてあっけらかんとした態度でそう言い放った。僕は驚きで言葉を失ってしまう。弁天はそんな僕を見ていいですか、と前置きをしてからこう続けた。

「これは、私の犯した過ちであり、一生私が背負っていくものです。ですから、慰めとかそういうのはいりません。というか、このことは万さんが聞いてきたから話しただけですし」

「たしかに、そうだな……」 

 先ほどの真剣な表情から一転、いつもの調子に戻っている。拍子抜けもいいところだ。僕はなんだか力が抜けて頭を垂らす。

「まあ、そういうわけですから、私は大丈夫です。というか、万さんは私が三百年近くそのことをずっとうじうじ悩んでいたとでも思ったんですか?」

 ああ、そうだ。弁天は楽観的なやつだ。分かっていたことじゃないか。三百年も悩んでいてるなんてキャラじゃない。だから僕は笑顔で答えた。

「ああ、知ってたよ、弁天はそんなやつじゃないってこと」

「いえいえ、こう見えて、実は見えないところで人知れず悩んでいたりしますよ」

「いや、どっちだよ」

 冗談ですととぼけてみせる弁天。最近、弁天と一緒にいる時間が増えてきて思うのだが、この神さま、意外とユーモアがある。ボケもツッコミもお手のものである。神さまのくせになれなれしいやつだ。僕はすっかりそれに馴染んでしまったけど、知らない人が話したらうっとうしがるのではないだろうか。

「ところで実は、今日はもう一つ用事があったりするんですよ」

「弁天の過去を話すだけなのかと思ってたけど違うのか」

「はい。ある方とここで会う約束をしていましてね」

 きっとそれは弁天の知り合いの人なのだろう。流石に、僕の知り合いではないはずだ。

「そうか。じゃあ、僕は帰った方がいいか?」

「いえいえ、万さんもいてください。そのある方も万さんと会いたがっていますし」

 予想外なことに引き留められてしまう。しかも、僕に会いたがっていると……。

「でもそれって、僕とは面識がない人だろ」

「ふっふっふ。もしかしたら知り合いかもしれませんよ」

 その反応。つまりは僕の知り合いなのだろうか。僕と弁天の共通の知り合いを頭に浮かべてみる。幸、須佐さん、須佐さんのお姉さん、その彼氏。片手で事足りてしまう数だ。しかし、この四人の中の誰かがここに来るなんて到底考えられない。いや、それとも裏で弁天と繋がっている人がいるのだろうか。

「まあ、冗談ですけど」

「冗談なのかい」

 真剣に考えて損した気分だ。まあ普通に考えればそうだろうけど。

「それって一体どんな人なんだ?」

 僕に会いたがっているということは、管理者に関係する人かあるい神さまか。単なる弁天の友達という説もなくはないが、以前友達はいないと言っていたからそれはないだろう。

「うーん、そうですねえ。万さんの四倍くらい長く生きている方ですね」

四倍。となると五十歳くらいか。弁天とはかなり年の離れた相手である。性別は不明だが、おじさん、おばさんくらいの年齢だ。

「もしかしたらもう来ているかもしれないので探してきますね。ここで待っていてください」

僕がどんな人が来るのかをあれこれ考えていると、弁天はそれだけ言い残して行ってしまう。集合場所を決めていなかったのだろうか。流石にそんな初歩的なミスはしないだろうと思うが、弁天ならやりかねない。

 一人になった僕は、青空を眺めながら考えるのを止め、ゆったりと空をたゆたう雲のようにベンチに座って羽を伸ばすことにした。折角の休日だ。受験勉強もあるけど、たまにはこう何もしない日があったって構わないだろう。

 と、不意に目の前からパシャッと水が跳ねるような音がする。昨日の雨でできた水たまりに誰かが足を踏み入れたようだ。僕は視線をその音が聞こえてきた先に向ける。そこには金と黒のジャージを着た中学生くらいの不良っぽい少年が立っていた。その鋭い瞳は僕を捉えている。少年はしばらく僕の方を見ていたが、それからおもむろにこちらに向かってくる。僕はそんな少年から目を離せずにいた。威圧的なオーラを纏いこちらに歩を進める少年。本能がここから離れろと僕に訴えかける。

 僕は急いで立ち上がろうとするが、先ほどの坂道を果敢に切り抜けた僕の下肢はいまになって反動を感じているようで、言うことを聞いてくれない。僕は足に手を置いて、それから目線を少年から外した。まるで銃を持った相手に降伏の意を込めて両腕を上げるドラマの登場人物のように僕は脱力して、無抵抗の意思を示す。

 しかし、少年はそんなことは知ったこっちゃないとでも言うように僕の真ん前まで来て立ち止まった。

 これは喧嘩を売られるというやつだろうか。抵抗の意思がない僕はこれから数分後にはボコボコにされて泣いちゃうのだろうか。そうだ、こういうときは神さまに祈ろう。僕は心の中で弁天様、お助けくださいと念じてみるが何も起こらない。僕に残された手はなくなった。僕が何をしたのか分からないけれど、甘んじて、その喧嘩を受け入れようじゃないか。軽く身構える。

 少年は、立ったまま前屈みになって僕に顔を近づけ、そしてこう言った。

「隣、座っていいか?」

「あっ、はい。どうぞ」

 勘違いによる恥ずかしさから叫びだしそうになったのは内緒だ。


 穏やかな陽気の下で、しかし僕は穏やかではない心持ちだった。

 その原因は隣に座る不良少年。先ほどからずっと、何やら考え込むような表情を浮かべて虚空を睨み付けている。時折舌打ちが混ざるのが怖い。

 この少年、見た目は十二、三歳ほどに見えるが、年不相応の卓越した覇気を纏っているように見える。もちろん、一概に見た目だけで年齢を判断することはできない。とある神さまは見た目は十五歳だが、実年齢は三百歳だったりするし。

 まあ、それはさておき、この少年である。さきほどからその横顔を盗み見ていて察するに、誰かと待ち合わせをしているようだ。弁天以外にもここを待ち合わせ場所に使う人がいるとは驚きだ。弁天は神ではあるが。

 と、不意に少年がこちらに顔を向ける。驚いた僕は、反射的に目を逸らす。しかし、少年は尚も僕の方を向いているようで、視線が背中に刺さるのを感じる。これはもしや、眼を飛ばすというやつか。僕が先ほどからチラチラ見ていたことを咎めようしているのだろうか。少年に背を向けたまま状況が好転するのを待つが、一向に変化はない。どころか、少年が少しずつ僕に近づいてきている気がする。そして、少年の手が僕の肩に置かれる。

「なあ、ちょっといいか」

「な、なんでしょうか……」

 僕はロボットみたいなぎこちなさで首を反転させて少年を伺う。予想通り、鋭い双眸が僕を捉えている。悲鳴を上げそうなのを我慢して、僕はその瞳をじっと見つめて、次の言葉を待った。

「実はあるやつとここで待ち合わせをしているんだが」

 肩から手が離されたことで瞬時に防御姿勢を取った僕の手がストンと膝に落ちた。

「待ち合わせ、ですか……」

 いちいち動きが紛らわしい。殴られるかと思って全力でガードしてしまったではないか。さては、口下手だな、なんて思いながら、内心ほっとする。

「それって、どんな人なんですか?」

 僕はここにきてからまだ誰とも会ってはいないけれど、もしかしたらいまこの辺りを散策している弁天が見かけたなんてこともあるかもしれない。

「特徴か……。そうだな。かなりの年寄りだな」

 少年は顎に手を当てながらそうゆっくりと答える。あまり、特徴が見当たらないのだろうか、いまいち要領を得ない答えだ。が、ご老人ということだろう。しかし、こんな坂道をご老体に登らせるなんて無茶をさせる。ああいや、下ってくる可能性もあるわけだが、それにしてもこの坂は急だ。

「ところでお前は何をしているんだ」

「実は、ここに、えーっと友人と来ているんですけど、その友人が紹介したい人がいるとかでその人を探しに行っちゃいましてね。それでここで待っているんですよ」

 弁天が神様だという所は伏せて話す。友人というのはあまりしっくり来ないが、まあ取りあえずはそれでいいだろう。少年はというと、そうか、と依然僕に鋭い目を向けながら僕の言葉を反芻していた。先ほどからの会話で気づいたのだが、この少年、ただ目つきが鋭いだけなのかもしれない。いまも僕を睨んでいるのではなく、しっかりとこちらの話しに耳を傾けてくれているように見える。そう考えると、先ほどまでの恐怖が嘘のように消えて、自然体で臨むことができる。足がガタガタと震えているのはきっと気のせいだ。そうに違いない。

「お前の友人とやらは、待ち合わせ場所を選ぶのが下手みたいだな」

「いや、ほんとおっしゃるとおりで」

 苦笑いがこみ上げてくる。本当にその通りだ。弁天がここを紹介したいにしても、集合場所としてもっといいところは無かったのだろうか。なんなら河川敷に戻ってそこでのご対面でも良かったではないか。

 しかし、それはブーメランでもある。この少年だってここで待ち合わせをしているんだから。

「いま、お前も同じだろって思っただろ」

 ギロリと鋭い視線が向けられる。

「や、やだなあ。そんなわけないじゃないですかあ」

 身体が恐怖のあまり震える。まさに蛇睨まれた蛙。目力だけで食べられてしまいそうである。

「まあ、その通りなんだがな」

 ふっと、わずかに表情を緩める少年。肩の力を抜いてほっとする。本当に心臓に悪い少年である。本気なのか冗談なのかがその目からは全く読み取れない。

「ただ、俺の場合はここに集まった方が好都合だからな」

「好都合?」

「ああ、いや、こっちの話だ」

 そう言って話を切り上げる少年。どうやら独り言だったようだ。僕もそれ以上追求することはしない。また変なことを言って睨まれたらたまったもんじゃないし。ただ、やはりそれなりに少年の言った都合という言葉が気になるわけで、僕は少し考えてみることにした。

 この場所を選んだということは、この場所に何か特別なことがあるのだろう。弁天はここを思い入れのある場所だと言っていたが、そんな感じだろうか。ご老人と小さいころによく遊んだ場所、とか。こんな鋭い目つきをした威圧的な少年にも、可愛らしいころがあったに違いない。まさか、生まれてこの方冷たい目を持っていたなんてことはあるまい。

「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが、お前の着ている服はなんて言うんだ?」

 少年が僕に問うてくる。

「えっと、これですよね。パーカーですけど」

 僕は自分の身に纏っている黒パーカーを指さして恐る恐る確認する。少年はそれに大きくうなずいた。どうやら、冗談でも何でもなく、真剣に聞いているらしい。

「パーカーっていうのか。いやな、俺の待ち人も最近そんな感じの服を着始めたんだが、なんていうのかと思ってな」

 少年はそう言いながら僕のパーカーをまじまじと見つめてくる。いろいろとツッコミどころ満載な台詞だが、一番言いたいのはパーカーを着るご老人って珍しいなってことだ。おそらく僕は生まれてこの方、老人×パーカーという組み合わせは見たことがないと思う。だから、それはとても斬新に感じる。

 しかし、パーカーを知らない少年とパーカーを着る老人。二人の中身が入れ替わっちゃったのだろうか。最近見た映画にも似たような展開があったが。

「まあ、俺には縁がなさそうな服だな」

 少年はパーカーの観察を終えて、それから自分の着ているジャージに目を通してそう結論づけた。僕的には、むしろカジュアルなパーカーを着れば威圧感が中和されるような気がしていたが、取りあえず頷いておいた。

「なあ、お前的にはこの服、どう思うよ」

 少年は何を思ったのか自分のジャージの評価を求めてくる。私服の引き出しがパーカーとシャツしかない僕には非常に酷な質問だが、聞かれた以上は答えるべきだろう。

僕は考える。少年は僕に服装を褒めて欲しいのか。はたまた、純粋な感想が聞きたいのか。何も考えないで答えるのだとすれば、少年のその格好はいかついという印象だが。

「格好いいと思います」

 僕は、いかついを出来るだけ柔和な表現に落とし込む。少年はその言葉にやっぱそうだよなあ、と嬉しそうに頷いた。どうやら、僕の解答は正解を引いたようである。

「ここに来る前におらついた変な奴らに絡まれたりしたけど、それも俺の格好良さに嫉妬してのことだったんだな」

 いや、それは違う。と盛大に突っ込もうとするのを押さえて、笑顔を意識しながら頷く。しかし、全く笑えない話だ。おそらく、自分の服が似合っているのかを確認するためこの少年は持ち前の鋭い視線で辺りを見渡していて、それが気に障ったやさぐれ集団との戦いが勃発したのだろう。

「その変な奴らってどうなったんですか」

「ん、ああ、あいつらなあ。時間がなかったし、あんまし騒ぎを起こすわけにもいかないから一瞬で落としたな」

 落とした、という言葉に背筋が凍る。やっぱりこの少年、不良である。それも喧嘩が恐ろしく強い一匹狼だ。もう、さっさとここを離れたくてたまらない。早く弁天が帰ってこないかと僕は必死に願う。

 そんな僕の願いが通じたのだろう。それまで静かだった境内に足音が響く。軽快なステップを踏んでいることから、多分弁天である。少年もまた、それに気づいたようで顔を上げて音の方へ向いた。音は入り口に連なる鳥居の方から鳴っていて、まだこちらからは見えない。足音はどんどんと近づき、僕と少年の注視するところにその音の主、弁天が現れた。弁天はこちらを確認して、それからこう叫んだ。

「久しぶり、びーくん」


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