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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
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昔話

「私は幼少期、ずっとここで過ごしていたんです」

 そうしんみりとした口調で語る三百歳の少女。感慨深げなその述懐は、見た目とは全く相容れないもので、突っ込みたい気持ちを抑えて僕は曖昧な笑みで頷くこととなる。 

「それで、よくここに遊びに来る子がいたんです」

 いた、という言葉に重みを感じる。弁天にとって、その存在はとても大きなものだったに違いない。

「その子の名前は、門太と言います。毘沙門天から一字取って門太」

 その子を思いだしてか、ふっと顔を緩める弁天。

きっとその子は強くなるようにと名づけられたのだろう。それは当時の時代背景を詳しく知らない僕にもなんとなく分かる。名とは願いから来る。万という僕の名は、八百万の神から愛されるようにと両親が願ってつけた名前だ。いまも昔も親が子の幸ある行く末を願うことは変わりない。

「門太の両親は早くに亡くなり、彼は親戚の家で暮らしていました。それで、彼はあまり家に居場所が無かったんでしょう。毎日のように、それこそ朝から日が暮れるまでここに来ては私と遊んでいました。あっ、私はもちろん神さまですから、まだその頃は見習いみたいなものでしたけど、困っている子がいたからしょうがなく遊んであげていたみたいな感じですけど」

 本気か冗談か弁天は神さまぶって茶化す。ただまあ、弁天のことだからきっと本当に心の底から楽しんで遊んでいたに違いない。そういうやつだということを僕はよく知っている。僕の笑みに決まりの悪さをごまかすように咳払いして、弁天は続ける。

「しかし、そんな日は長くは続きませんでした。門太と会って半年くらいのことです。たしかあれは、これくらいの季節のことだったと思います。ちょうど梅雨にさしかかったくらいのことでした。門太はその日もここに来ました。しかし、なんだかいつもと様子が違うんです。戸惑ったような、苦しそうなそんな表情を浮かべていました。いま思えば、私がそこで声をかけるべきでした。ですが、私はそうしなかった。気づかないふりをしていつもと同じように遊んだんです。なぜ声をかけなかったのかと考えると、きっとそれは大したことのない問題だと高をくくっていたからだと思います。いまの私はそのときの私をぶっ飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいですけどね」

 弁天は一度そこで言葉を切って、自虐的な笑みを浮かべる。そこが分岐点で、そこから先はもう引き返せなかったのだろう。

「案の定とでも言いますか、その日の終わりに事件が起きます。彼の保護者である女性が迎えに来ました。しかし、門太は一向に帰ろうとしない。恨みがましい視線を女性に向けているのです。私には何が起こっているのか分かりませんでした。いつも二人は一緒に帰っていくので、喧嘩でもしているのかと思いましたが、門太の顔に浮かんでいる表情が喧嘩したときの怒りだとはどうも思えませんでした。というのも、私はそれまで門太としょっちゅう喧嘩していましたからね。それとは明らかに異質のものだったんです。私が二人の動向を見守っていると、門太が意を決したように口を開きました。僕は、奉公になんか行きたくない、と。私はそれで得心しました。女性はそんな門太に冷たい目を向けて言い放ちました。じゃあ、一人で生きていきますか、と。まだ十歳の門太にはどうしようもないことで、彼はそれに口を閉ざしました。女性は小さく息を吐くと、門太の小さな手を取って行ってしまう。門太はこの鳥居をくぐり抜けるとき、弁天ちゃんと私の名前を呼びました。その叫びは助けを求めるもの。私には神の力があります。彼一人助けることなんて造作もないことだった。でも、神さまの決まりを破るわけにはいかない。その板挟みの中で私は、門太に背を向けました。私はそこで逃げたんです。神さまの決まりを後ろ盾にして。これで私の話はおしまいです。めでたくもない、オチもないそんなお話です」

 弁天はそれだけ言って、視線を落とした。


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